教会
PiPi、PiPiと言う電子音で目が覚めた。
アラームの音は遠い。と、言うことは自分のアラームではないのだろう。
――どっかの馬鹿が寝過ごしたな?
冷たいモルタルの白い廊下に段ボールを引いて持ち込んだ毛布にくるまっていたケイジはそんなことを考えながら、音から逃げる様に身体を丸めた。
同じ様に目を覚ましたのだろう。
同じ様に周囲でミノムシになって居る
「……ヘイ」
途中、アラームの主が周りからの舌打ちにも目を覚まさず、丸くなっていたので爪先で蹴っ飛ばす。「……起きてます、ねてませぇん……」。そんな回答が返って来た後、アラームが消えて毛布の中に潜って行った。二度寝だ。起こしてやる義理も無いので、放置してケイジは階段を登った。
「暫くは造んなくて良いと思ったのになぁ――」
はぁ、やれやれ。
欠伸をしながら頭をガリガリとケイジ。
だが対象を目視しないと使用できない。精神力切れだってある。
そうなると回復薬の需要は無くなるはずも無く……。
相も変わらずケイジは回復薬を造らなければならないと言う訳だ。
「……早く買って済ませれる程に稼ぎてぇもんだ」
そう言って、欠伸を一回。
調合室がある階の廊下は人気が無い。裸足で歩くケイジのぺたぺたと言う足音が何処かマヌケに響いていた。
「四十三番借りてるモンだ」
言いながら見張りに札を見せる。
見張りは
命の危険が少なく、その割に給料は結構良いので人気の仕事だ。
「――確認だけか?」
「や、水捨てて氷も代える」
「分かった」
部屋の中の見張りを担当していた蛮賊の少年に一声かけ、暗黒騎士の少年がケイジの後ろに付く。こうして監視されるのを嫌って錬金術師などは個人の工房を持ちたがるのだそうだが、生憎とそう言った繊細な部分が無いケイジはさして気にしない。
そんなわけで大きな欠伸をしながら四十三番の机に向かう。調合室の空気はお世辞にも体に良くなさそうだ。たっぷりと吸った空気には薬品の匂いが混じっていた。
磁石の攪拌棒が磁力の力でフラスコの中で回っている。首を固定されたフラスコと磁力式撹拌機の間には氷が入ったタライが有った。回復薬の合成に使われる薬品が常温だと気体になってしまうので、液体で居て貰う為の措置だ。
ケイジはフラスコの中を見て、特に意味もなく「ふむ」と頷く。
手順通りにやってるだけなので、中でどういう変化が起こっているかはさっぱり分からない。もう止めても良い様な気すらしているが、一応、六時間の攪拌が手順だ。完成するのは朝の六時。まだまだ冷やして回し続けなければいけない。
「――なぁ、器具どうするん?」
「? そりゃ、テメェ洗って返すに決まってんだろ?」
そんな訳で撹拌機を止め、フラスコを氷水から隔離してタライを持ち上げて水を捨て、新しい氷を――と、作業を進めるケイジに暗黒騎士の少年が話しかけて来た。
それなりにケガをするので回復薬の消費が激しく、消費した分だけを補充しているケイジはこの施設の常連だ。同じ様にここの警備を良く受けるこの暗黒騎士とは顔見知りだった。……名前は知らないが。
「おれが代わりに洗ってやろうか?」
「……何枚だ?」
「五。勿論、銅貨な」
「いや、たけぇよ。廃酸バケツにぶち込んでから水ですすぐだけじゃねぇか。……二」
「漬け洗いの二十分って言う半端な時間が無くなるんだぞ? 四」
「……二とこのコーヒーショップの割引券で」
「うわ、セコイ! しかもここカップル多い店じゃん! お前とあのリザードマン出来てんの?」
「んな訳ねぇーだろうがよ。普通にウチの新メンバーの女と行ったんだよ」
何か女でもカップルだらけのとこに一人で行くのは嫌らしいぜ? とケイジ。
まぁ、実際に行ったのはケイジとガララとリコとアンナと言う団体様なのだが、ソレを言ってやる気は無い。
「……可愛い?」
「割とな」
「死ね」
「やなこった」
銅貨二枚にコーヒーショップの割引券を押し付けてケイジは面倒な片付けを押し付けることに成功した。
オメルタ。
旧時代の非常な血の掟。
ソレを考え、行って来たマフィアの中にも信仰深い者がいると言うのだから、宗教と言うモノは良く分からない。
必要としない者にはとことん、必要が無い。
それでもそこでの祈りで救われる者は存在し、それにより高潔に生きることが出来る者も確かに存在する。
非道を為したマフィアが十字架に何を祈ったのかはケイジには生憎と分からない。
「はいはーい、皆こっちねーっ!」
もっと言うと、リコが普通に安息日に教会に通っていると言うのが本気で分からない。
神に祈る様な少女が戦場でグリルパーティを開くとか、もう、色々と結びつかないので止めて欲しい。崇めるなら何か適当な邪神でも崇めていて欲しい。
「……」
段ボールと毛布では疲れは抜けない。回復薬の調合を終えてさっさと眠る気でいた所を拉致する様に連れてこれらたケイジの願いは『早く帰って寝たい』。ただそれだけだった。
だが。そんな願いは虚しく、黒のワンピースと白のレースのカーディガンを来たリコがご機嫌で先導する先に教会が見えて来た。普通の教会だった。普通と言うか――
「……割とデケェ教会だな」
「中立地帯だとガララは聞いたよ。
何でこんなモンが天下御免の裏街道、ブラック・バック・ストリートにあるんだ? とケイジが小首を傾げる横で、ガララは呑気に肉の串焼きを齧っていた。
大ネズミのミンチ肉を使われたハンバーグ串は値段の割に中々のボリュームだ。今現在、食欲よりも睡眠欲が強いケイジは二本で満足したが、ガララはかれこれ五本ほどを胃に収め、今は六本目に突入していた。「……」。良い食べっぷりにも見えるが、今は見ているとげんなりすると言うのが本音だった。
「アンナ、俺要らねぇだろ? そこのベンチで寝てて良いか?」
「だ・め」
「ヘイヘイヘイ、下手糞なウィンクとかしてんじゃねーですよ。俺が行く理由はねぇだろ?」
「蛮賊ギルドの紹介であたしは教会の門を叩きます。さて、そこで問題です。ここに居る蛮賊はだーれだ?」
「ガララは盗賊だ」うむ、とガララが言えば。
「暗黒騎士っ!」リコが元気よく。
「……」そんな訳でケイジは不機嫌そうに、せめてもの抵抗に中指を立ててみた。「ヘイ、いてぇ、いてぇ、だからいてぇって! そっちには曲がらねぇよ」。笑顔で折られそうになった。
「はい、良いから早く行くわよ」
ケイジの抗議は何処へやら。アンナは教会の大きな扉に手を掛け――
「……ねぇ、ケイジ。どうしよう、重いわ」
「……」
仕方が無いのでケイジが開けた。
魔女種とは左右で瞳の色が違い、女だけの種族である。
魔法に高い適性を持ち、錬金術師とも違う系統の薬学を伝えている。
教会勢力とは仲が悪く、あまり強くないことから隠れ住む者が多い。
ケイジが知っていたのはこの程度の情報だ。
アンナに言わせると左右で瞳の色が違うのは片方が魔眼であり、その魔眼により魔法に高い適性を持って居る。伝えている薬学もその魔眼由来のモノであり、つまりは魔眼を最大の武器としているとのことだ。
因みにアンナの魔眼は――
――何か変なモンでも見えるのかよ?
――魔力の流れが見える。あと、あたしの場合は魅了ができるわ。……犬とか猫に。凄い懐かれるわよ?
――……人は無理なのかよ?
――無理ね。出来るならアンタに使ってるわ
そんな会話から余り役に立たないとケイジは判断した。
そして教会勢力と仲が悪いが、信仰が無い分けでは無いらしい。
「攫われたのが満月の夜だったからねー。月が見てたから家族が迎えに来てくれないと帰れないわ」
家に帰らねぇのか? と訊いたケイジに返された言葉がコレだ。
――やっぱ、宗教って良く分かんねぇな。
そう思ったが、まぁ、言っても仕方がない。自分にはあまり関係ないのでどうでも良い。親がそうだったせいで、ケイジはあまり神に祈る習慣は無い。
最後に祈ったのは、昨日ガララとカードで勝負していた時だ。その前は一昨日、やっぱりガララとカードで勝負している時だった。「……」。結構祈っていた。今、明らかになる驚愕の真実。もしかしたら俺は信心深いのかもしれねぇ。
そんな訳で、ケイジも祈るアンナとリコの後ろで手を合わせてみた。ガララにカードで勝てますように。
そんなケイジの邪念交じりの祈りをディアを象った白い像が受け止める。
多くの宗教に対応する為だろう。教会の中には数多の宗教の為の祭壇が用意されていた。
「……」
宗教に疎いケイジでもわかる。多分、コレは駄目な奴だ。
ふと、横で動く気配。ケイジまでもが祈り出したので、ガララも一応祈ることにしたらしい。リザードマンの祈りは手首と手首を当てて上下に手を伸ばして一本線を造るモノだった。何となく見ていたら、ガララが気がつき、ニヤリと笑う。
「ケイジにカードで負けないように祈ったよ」
「おいおい、仲良しアピールは止めてくれや、ガララ。……俺もだよ」
くくっ、と罰当たりな男性陣が笑い合う間も、女性陣はちゃんと祈っていた。
「はいはい、お祈りのお時間はそこまで! 見えねぇもんは幾ら貰っても役に立たないよ! さっさとコッチに入れな、ガキ共!」
そう言って献金皿を指さすシスターよりはちゃんと祈っていた。
黒髪の魔女種の女だ。年の頃は三十代に届くかどうかという所。メリハリの付いた身体はミリィに勝るとも劣らない。そんな大人の女。つまりは割とケイジのタイプだ。タイプだが、献金を催促するシスターと言う絵面は中々に凄まじい。
「……入れろって言われてもな。アンタじゃ勃たねぇよ」
そんな訳で中指、お空に向けて、びっ、とケイジ。
「言ってんだろ? 見えねぇもんは要らねぇんだよ。その小さな棒はしまっときな、ステッキー!」
シスターも負けずに親指下に向けてのゴートゥーヘル。
教会のある場所がある場所で、紹介したのがキティなので、それなりの教会と言う訳だ。鉛玉にはミサイルを。右の頬を殴られたのならぶっ殺せ。ソレが教義だと言い切れないとブラック・バック・ストリートではやっていけないのだろう。
現にこのシスターも“あがり”だ。細く見える腕でも引き金を引くのには関係ない。戦闘職でないから――と、喧嘩を売る気は無い。
そんな訳で、素直に『参りました』。犬がそうする様に両手を挙げて腹を見せるケイジ。
「で、シスター……あー……?」
「ユーノ。シスター・ユーノだ、ケイジ。アンタのことはミリィから聞いてる。と、言うかアタシとアンタはもう会ってる。思い出しな。そうすりゃそのお口から出るクソも少しは綺麗になるだろう? それとも花を食べないと分からない?」
「……ヤァ。失礼しました、シスター・ユーノ」
びっ、と敬礼。
初めてキティを訪ねた時、キティとキスをしていた魔女を思い出した。
つまりはそう言うことだ。
大人って不潔。
「それで、シスター・ユーノ?
「あぁ、良いよ。引き受けてやる。他でもないキティの頼みだからね」
「助かるぜ、そんじゃ――」
振り返り、アンナを見る。赤と緑の眼がケイジを見ていた。
「……良いのか? 五年以内に完成させねぇと死ぬぞ?」
「しつこい」
「アリアーヌの酒場で給仕しながら家族の迎え待ってみたらどうだ?」
「
「別に家族が迎えに来なくても適当にいい男に会えるかもしれねぇぞ? それで家族に成ればそれでハッピーだろ?」
「……ねぇ、ケイジ。あたし、そろそろ怒るよ?」
頬をぷくっ、と膨らませながらアンナ。
「それでも確認させろや」
苦笑いでソレを受け止めるケイジ。
「呪印を彫ってもテメェが使えない場合、俺はあっさりテメェを切るぞ?」
「……へいへい、寂しいこと言うなよボクちゃん。アンタが『
「……」
「責任、感じなくても良いのよ? ダメならダメで切って貰えば良いし、だって、ねぇ、ケイジ、ガララ、リコ。もしあたしが五年後に死んだとしても、それがアンタ達に切られた結果の野垂れ死にだとしても――ソレはあたしがアンタ達への恩返しを止める理由には成らない」
腕を組み、足を開き、ふふん、と小さなアンナが傲慢に嗤う。
「……」
「……」
その背をガララとリコが無言で押した。
だからケイジは擦れ違う時に、右手を挙げた。
「……」
「……」
無言のハイタッチ。
ぱーん、と教会に小気味良い音を響かせてアンナと擦れ違った。
あとがき
「どこに落ちたい?」に「貴方の胸に」くらい言い返せる系女子、アンナさん。
あけましておめでとうございます。
本年も宜しくお願い致します。
スガ〇ヤ美味しかったです!
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