タンブラー錠
マンストップに優れた大口径の拳銃弾を背後から連続で叩き込み、一気に呪印を削り切り、命へ噛み付く。
音もなく背後に忍び寄ってのバックアタックは敵に対応を取らせる前に処理を完了させる
アパートの角に隠れていたガララはやって来た三匹の獲物達の注意を引く為に石を投げ、視線を誘導し背後を向かせることに成功した。成功したのならヤルだけだ。
バックアタック。
サプレッサーによる抑えられた発砲音が連続で響く。距離は十メートル無い。それでも弾はばらけてゴブリンの身体を撃つ。衝撃に蹂躙される小柄な亜人は踊っているようだった。
『Aゴブクリア』
『こっちも動くね!』
ガララとリコの報告を聞くよりも早くケイジは動いて居た。
ガララの石による視線誘導、そしてその隙を突いたバックアタック。ゴブリンの視線と意識は草むらから、アパートの影に映る。ガララが射撃を止めていないのだから当然だろう。
だから反対の角には注意は向いていない。
銃声に紛れさせる様に
手入れのされていない植え込みは野性を取り戻し、それなり程度には視線を切ってくれる。中腰でそこをなるべく静かに走り、ゴブに見つかることなくアパートの棟を二つ程パスする。
どういうルートを通ったのか、そこで漸くガララと合流した。
「こんな雑な陽動で引っ掛かるかな?」
「ゴブは馬鹿じゃねぇけど、馬鹿だからな。煙の方に集まってあの辺調べてくれるだろ」
「敵の無能に期待するのはダメだよ……と、言いたいけど。うん。向かっているよ」
「ケー。聞いてたな、リコ、アンナ? こっちはクリア。ゴブの団体さんは本格的なミステリーツアーへ行って貰ったぜ?」
そんじょそこらの旅行会社では真似できない本物殺ゴブ事件付きの奴だ。
『こっちもおーけーだよ』
リコの弾んだ声音にナニが有ったのかを理解して「んじゃ、そっち行く」。それだけ言って騒ぎを起こしたアパートから五棟離れたアパートへ。
リコが加わり、アンナも使えると判断したので一週間程現場で慣らし、その仕上げとして稼ぎは良いが、最近警戒が厳しいゴブリンアパート襲ってみたのだが――
「……飛んで火に入るバカなゴブって感じだったわ」
「あ、二人ともおかえりー!」
戦果は上々と言った所だ。
死角を選んだのだろう。アパートの二階部分。階段を上がって直ぐの短い廊下。落下防止の為の手摺りの影に隠れて嫌なもの見ちゃった……とアンナが凹み、リコはご機嫌だ。「……」。案の定と言うか、何と言うかゴブリン大の炭が二つ転がって居た。
「ガララ」
ケイジは見なかったことにして、次に移ることにした。
「……ケイジ」
ていたら呼ばれた。何だ? 頭に疑問符を浮かべながらガララに近寄って行く。見ろ、と言いたげに顎をしゃくられる。その先に有るのはゴブリンアパートの扉だ。だが、ただの扉ではない。
「中から音はしない。多分無人だよ。……どうする?」
「どうするっってもなぁ……一応、確認だがよ、開けられるか?」
「うん。出来るよ。でも時間が掛かるし、音も出る」
「……ケー。そんじゃ、頼まぁ。――リコ! 俺と一緒に表出て見張りだ! アンナはガララに付け!」
「? 良いけど、どったの?」
小首を傾げながらリコが付いてくる。
「ゴブじゃなくて人の形跡があんだよ。タンブラー錠だ」
『ごめん。時間かかった。でも開いたよ』
「待ってる間に調べてみたけど、このアパート、この部屋以外は普通のゴブ部屋ね。外付け錠だったわ」
「マジかよ。そんじゃ何か? この中にはちょい賢いゴブが居る感じか?」
流石にゴブと人が共存するのは無理だろう。寝ている間に襲われる。住めたものではない。
「だったら良かったんだけどねー」
言いながらアンナが、はい、と手渡してきたのは何かの筒だった。「嗅いでみて」と言われたので鼻を近づけてみる。何か花の様な匂いがした。
「電池式の香炉ね。入ってるリキッドと電池入れ替えて使う奴」
「これを使うから人ってことか?」
「うん。あ、でも文明的だからぁーとかじゃないわよ? その匂いね、ゴブが嫌いな匂いなの。玄関で焚いてたなら多分、この扉には近づこうともしなかったんじゃ無いかしら?」
「んじゃ中には人か、ちょい賢くてマゾいゴブが居るって訳か……」
「多分違う。ケイジ、来て」
先に中の様子を確かめていたガララからの手招き。タクティカルベストから小さい懐中電灯を取り出し、ボタンを押して中を見る。
「……特殊部隊のゴブ」
「ケイジはどうしてそこまでゴブに拘るの? コレは人」
ワイヤートラップに加え、
――まぁ、確かにゴブはここまでやらねぇか。
「解除できるか?」
「無理だね。解除できない様に仕掛けてある」
「いや、そんじゃどうやって入るんだよ?」
まさか罠を仕掛けるだけ仕掛けて態々タンブラー錠に換えた訳じゃねぇだろ? とケイジ。
「うん。その辺はそこの部屋で話さない?」
このアパートは全部屋同じ造りをしている。
ガララが指差したのは罠だらけの廊下を通らずに唯一入ることが出来る廊下沿いの一部屋だった。「……」。もう一度、廊下の奥、リビングの方に視線を向ける人の気配は、無い。
「リコ、アンナ。聞こえたな? 中に来てくれや」
言いながらSGを構える。壁に背を当て、じりじりと進む。覗き込む様にして中を確認。見える範囲には居ないのを確認し、構えたまま部屋へ。「クリア」。誰も居ない。過っての名残――ではないあからさまに最近まで使われていた形跡のある机と椅子が有った。机の上にはノートとボールペン。
ノートには何かを売った際のやり取りが記録されていた。
「……コレなんだと思う?」
俺にはさっぱり分からねぇ。言いながらリコとアンナに手渡す。
「何か単価が高いね……このgってグラム?」
「十グラムで銀貨四枚するみたいね」
「宝石とか?」
「宝石はグラムで取引しないと思うわ」
「そかー」
きゃいきゃいとノートを見ながらあれやこれや。ケイジも、もう少し見たかったが、こうなってしまったら返ってこないだろう。「……ヘイ、何やってんだガララ?」。そんな訳で溜息を吐き出して部屋を見渡したらガララが何やら熱心に床をなぞっていた。
「
「……」
「ケイジ。人は合理的だよ。意味の無いことはしない」
だから――
「……こんなもんか?」
「うん。こんなもんだね」
不自然な接ぎ目をガララの指先が見つけると、一瞬で取れる範囲が選定され、がこっ、と床板が外された。
こぉぉぉ、と外した際の音が暗い空間に響き渡る。
床下。
ここの住人達は態々こんな場所を通ってリビングに向かって居たらしい。控え目に言って――あまり真っ当な方ではなさそうだ。
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