キャンプファイヤー

 典型的な『間違った』後衛であり、守られることが当たり前だと思って居るタイプの少女だった。肩程で切り揃えられた癖の無い黒髪は、薄く紅を引いた唇は、どうにも彼女にあどけなさの中にある『黒さ』を強調する様に見えた。

 聖人君子は有り得ない。露骨なまでの善人は開拓稼業を続けられない。で、ある以上、露骨な善人に見える彼女は多分、ケイジやガララよりも性質が悪いのだろう。


「ミコト。無名教の神官クレリックです」


 消え入りそうな小さな声。鈴の音の様なソレも露骨過ぎて、どうにも信用できない。

 ミコトは騎士の少年を支える様に、或いは盾にする様に立ちながらケイジとガララを睨みつけていた。

 惚れられたか? と思える程、ケイジはお目出度くない。頭をがりがり掻いて、溜息を一つ。それでミコトへの興味を捨てて、隣の少女を見る。


「さっきは悪かったな、お嬢ちゃん」

「――っッ、お嬢ちゃんじゃないわッ! あたしの名前はトモエよっ!」


 ラーテルと表現出来れば恰好が付くのだが、明らかな怯えを怒声で隠す様子は、尻尾を丸めながら必死に吠える小型犬の様だった。完全にケイジに『負け』ている。そして『負け』を認めずに、ただ、ただ、反骨していた。

 多分、ケイジの前だと暫くは空回って戦力にはならない。


「……自己紹介ありがとよ、トモちゃん。んで――」


 ミコトに縋られ、トモちゃんに庇われて立つ少年は、さっきからケイジとガララを見ようとしない。体格は良い。足腰の基本は出来ている。『ハジメマシテ』の挨拶に侮辱を選べるだけの地力はある。だが、心が脆い。一度折れたら、もう治らない。元より他の種族を見下すのはその心の脆さ故だろう。『繊細だから』の言葉で片付けてさっさと開拓者からの引退を進めたくなるレベルだ。それが未熟だが一応は開拓者であるケイジの感想だった。

 それでも見られていることから名乗ろうとしたのだろう。

 一歩、トモエの影から出て――


「ぼ、僕の名前は――」

「知ってるぜ。子豚ちゃんベイブだろ」

「よろしく、お願いをする。ベイブ」

「よろしくね、ベイブくん」

「……はい、僕の名前は……ベイブ、です……よろしく、お願いします……」

「おー言葉遣いが綺麗になってお兄さんは嬉しいぜ、ベぇ~イブ」


 半泣きになってまたトモエの影に隠れてしまった。「……ヘイ」。コンコンとカウンターを叩いてアリアーヌの視線を引っ張るケイジ。その目は『本当にコイツ等とやんのか?』と訊いていた。

 アリアーヌはそれに肩を竦めて答える。モヒカンの巨漢の癖にその仕草がどう見ても女にしか見えなくて、ケイジは心底嫌そうな顔をした。


「はいはいはぁーい、コレで自己紹介は済んだわねん! 早速、今回のクエストに関して説明を――」

「ま、待ってよ! い、嫌よ、こっ、こんな奴等と仕事するのっ!」


 三人組の代表として、トモちゃんが叫ぶのを聞きながら、ケイジはその陰で『そうだそうだ』と言う様に頷いているベイブを見ていた。思い出したのは、解体屋ばらしや時代に、ブタの厩舎に出張してやっていた仕事のことだ。肉を柔らかくする為にオスの玉を取っ払うあの作業は嫌だった。何かすげぇ申し訳ない気分になんだよなぁー……。あの子ブタたちもアレみたいに最初から玉がなければ良かったのに。そんなことを思った。


「オーライ、つまりは俺達はお呼びじゃねぇってことだ。そんならお先にご無礼させてもらうぜぇ。――ガララ、ベッソ行こうぜ」

「うん。良いね。ガララは今日、海鮮丼にチャレンジしようと思う」

「おまっ! ――アレ、銅貨二十枚だぞ! 昼飯にどんだけ金掛ける気だよ!?」

「ガララは遣り繰りが上手だから大丈夫だよ」

「へぇへぇ、どうせ俺は遣り繰りが下手ですよ。……あ、一口くれな」

「うん。まぁ、仕方ないね」


 ふぅーん、と鼻からデカい溜息を吐き出すガララ。そんな会話をしながら、立ち去るケイジとガララに後ろから「あ、わたしも行ってみたい!」と仔犬の様な笑顔でリコが手を挙げた。「おーこいこい」とケイジが言い。「リコも一口食べる?」とガララが訊く。そしてリコが「うん、わたしが頼むのも一口あげるね」と続いた。

 完全に蛮賊バンデット盗賊シーフ暗黒騎士ヴェノムは仕事する気が無くなっていた。


「ちょっと待って、三人とも! そう言うことならベイブちゃんじゃなくてケイジちゃん達にやって欲しいわ!」

「……ンでだよ、やる気がある奴にやらせてやれよ」

「駄目よぅ。やる気じゃなくてやれる子にやらせるのがアタシの『お仕事』だもの」

「……そうかよ、糞みてえだな」

「やぁん、本当に生意気っ!」


 そう言う訳だから席に戻って、とカウンターを指し示されたケイジ達がUターン。「……海鮮丼」「海鮮丼が……」。そんな呟きが聞こえる時点で盗賊シーフ暗黒騎士ヴェノムのやる気もお察しだ。

 そんな彼等を慮ったわけではないだろうが、瓶コーラが三本追加された。そう、三本だけだ。


「そう言う訳だから、折角来てもらたけど……ごめんなさいね、ベイブちゃん達」


 声は優しい。態度にだってトゲは無い。本当に申し訳ないと心から思って居る。

 それでもアリアーヌが付きつける言葉は残酷だ。

 今、無名教の三人組は『弱い』と断じられたのだから。


「……あの、待って下さい。この仕事の依頼主は無名教、ですよ?」


 それなのにわたしたちを外すんですか? と神官の少女、ミコトが言う。


「そうは言うけどねぇん。一度開拓局は通ってるし……アナタ達とケイジちゃん達だったら成功率が高いのは……ねぇ、解ってミコトちゃん?」

「……神官の居ないパーティに安定感があるとは思えません。回復が出来ないんですよ?」

「はっはー。悪いな、お嬢ちゃん。蛮賊スキルにあるんだわ、回復するやつ」


 そうでなきゃコンビでの活動なんて出来ねぇよ、とケイジが茶々を入れるも、ミコトはソレを冷たい目で一瞥するだけで取り合わない。


「これはわたし達のパーティに箔を付ける為に教会が出したクエストです」

「あら? でもそんなこと書いてないわよ?」

「書いてなくてもっ! 分かってるでしょう!」

「ミコトちゃんも分かってるでしょ? アタシは弱い子には仕事は回さないわ」

「――ッ!」


 親の仇でも見る様な眼でケイジを睨むミコト。そこで俺を睨むからテメェは弱いんだよ。溜息混じりに頭を掻いてトモエを見る。それだけで、びくっ、と大袈裟に怯えらえるが気にしない。


「ヘイ、トモちゃん。さっきの言葉取り消すんなら受け入れるが……どうするよ?」








 ヴァッヘンから車で丸一日走った所に、その村はあるらしい。

 だから今回のクエストに当たり、車が貸し出された。

 だが、旧時代の道をそのまま利用する形で繋がっているアスファルトの道は、ヴァッヘンからの予算である程度は舗装し直して有るとは言え、そこまでの速度を出すことは出来ない。

 そんな訳でケイジはハンドルを握るピックアップトラックを時速四十キロ程で走らせていた。助手席に座っているのがローブ姿のミコトなので、空気は中々に最悪だ。


「……何でわたしが助手席なんですか?」

「テメェらが信用できねぇからだよ、狂信者ファナティク。荷台から襲撃されたら堪まんねぇからな。だから荷台にウチのチームが二人、そっちも二人つー条件をだしたら生贄に差し出されたのがアンタってわけだよ、お嬢ちゃん」


 日頃の行いが悪くて嫌われてるんじゃねぇの? とケイジ。


「貴方があの二人を怖がらせるからでしょう?」

「トモちゃんについては反論しねぇ。けどよ、ベイブが玉をママの腹に残してきたことを咎められても俺は知らねぇよ。ママの股に手でも突っ込んで取り返す様に言っとけや」

「お坊ちゃんなのよ、彼」


 下品な貴方と違ってね。

 ソレだけ言って、ふん、とそっぽを向く。それで二時間ぶり、二度目の会話は終わりを迎えた。手持無沙汰になったケイジは着込んだタクティカルベストのポケットから板ガムを取り出し、噛みだす。四時間の運転でどこか緩やかになっていた頭が苦みでクリアになる。

 バックミラーに視線を走らせてみれば、あちらは多少の盛り上がりを見せている様で、リコとガララが何やらお互いの装備を見せ合いながら楽しそうにしていた。

 ガララは相も変わらずケイジと同じ様な野戦服だ。違いが出て来た点と言えば、ケイジが膝や肘などに革製のプロテクテクターを身に着ける様になったのに対し、ガララはフード付きのマントを新しく用意していた。まぁ、一緒に仕事をするケイジには見慣れたものだ。

 だが、暗黒騎士ヴェノムであるリコはそれとは随分と趣が違っていた。

 漆黒の鎧。見習いで有るせいだろうか? ボディラインに沿ったその鎧は余り物は良くないが、それでも全身をガードする様に覆っていた。

 だが、本当に特徴的なのは、その鎧の右腕だろう。リコの腕と比べると極端に大きい。まるでシオマネキの様だ。機械手甲ロストガントレット機械工メカニックの手により生み出された機械式のソレこそが暗黒騎士の大きな特徴だった。


 ――そういや暗黒騎士の戦闘は見たことねぇな。


 騎士などの有名所はヴルツェ街道などでニアミスし、戦闘を見たことが在る。大楯で防いで戦線を保ちながら、SMGや拳銃などの片手で扱える武器で攻める。そう言う戦い方だ。

 だが数が少ないのか暗黒騎士の戦いは見たことが無かった。


「……」


 まぁ、別に見たくは無い。

 戦闘を見ると言うことは戦うと言うことだ。態々厄介ごとの到来を――


「願う趣味はねぇんだけどなぁっ! ファック!」


 掴まれ! と言うケイジの叫びは助手席に向けたモノか、荷台に向けたモノか。それは本人にも分からない。四輪全てのタイヤが一斉にパンクし、コントロールを奪われる。必死でハンドルを抑え込むが、ぎゅいぎゅい、と蛇行するピックアップトラックは完全にケイジの手から離れていた。そして、そんな獲物を待つように、目の前には土嚢を積んで作った簡易バリケード。それは人の手によるモノで――


「賊だッ!」


 ケイジの叫びと同時にトラックが土嚢に突っ込み、強制停止。それに合わせる様に荷台に四人は飛び降りた。一応の戦闘はこなせるらしい。そんな思考をするケイジの視界に、ニヤついた笑みを貼り付けたドワーフが映る。フロントガラス越しにARを突き付け、勝ち誇っている。「……」。気に入らねぇ。そんな思考。ケイジは容赦なく傍らに置いていたSGでフロントガラスを撃ち抜く。二発目でガラスが完全に吹き飛んだ。勝ち誇っていたドワーフはその凶行に対応できず、驚いた様子で顔面を庇っていた。チャンスだ。

 瞬間的に判断。身体をかがめながら、それでも勢いよく、自身が破ったフロントガラスからケイジは戦場に踊り出た。先ずはARドワーフからだ。相手が不意打ちにビビってる間にさっさと済ませちまおう。箱型弾倉のSGの装弾数は八。まだまだ撃てる。

 バックストックで腕毛が濃い太い腕をぶっ叩き、ARを叩き落とす。「――ッ!」咄嗟にそれを拾おうとするドワーフ。離した時点で最悪だが、それは更に悪手だ。AR目掛けてしゃがみ込むその顔面をケイジの膝が代わりに出迎えた。「ぶぷっ!?」と鼻水垂らしながら仰け反るドワーフを後目に、ケイジは悠々とARを踏んで見せた。


「ヘイ、落とし物はコイツかい? 返して欲しいかよ?」

「――」


 へらっ、と愛想笑いを浮かべるドワーフ。そんな彼にケイジは、にっこり笑って――


嫌だね・・・


 引き金を二回引いた。呪印のガードは既に無かったのだろう。オーバーキルはドックフードを造り出した。


「ヘイヘイヘーイ、先ずはワンキルだ! そっちはどうだい、ガララ、リコ、ついでにベぇ~イブ!」


 足元の戦利品ARをトラックの運転席に蹴り入れながら、大声で。それで賊の注意を引き付ける。どうやら賊は尻からの追い込みを重視した用だ。前にはもういないのに対して、後ろからはぞろぞろと五人程がダッシュして来るのが見えた。「……」。いや、ダッシュしてくんなよ。地の利を生かせよ。横の建物や茂みに隠れろよ。

 ベイブとリコの二人が大楯を構えて壁を造る中、トモちゃんが牽制射撃をしてその歩みを遅くしていた。ガララは見えない。道の横の茂みにでも『溶けた』のだろう。

 敵はソレにも――と、言うか一人減ったことにも気がついていない。


「ガララ」

『左側、背後を取ったよ』

「ケー。流石だ。俺は右から行く……合わせろ」

『ヤァ』

「リコ、走れ」

「え? あ、うん!」


 大楯を構えて突っ込むリコの後をケイジが影の様にぴったりと追う。そのリコをどうにかしようと五人の賊が銃口を向ける。動きが止った。隙だ。ならば遠慮なく突こう。左後方からの銃撃に、足並みを崩される。今。その判断に従い、ケイジがリコを追い越し、ガララの射線と被らない様に、右前方から賊に追い打ちを――「あ、前に出ないでね」。リコの警告。嫌な予感がしたので止める。


「あはっ!」


 そんなケイジの直観が正しいことを示す様に、嬌声にも似た少女の笑い。

 シオマネキの様な右腕が持ち上がる。ウゥゥンと言う唸りは、その腕の稼働音か、それともその中のモノの駆動音か。

 その巨大な右手から、炎が――


「あはっ! あはははっ! あはははははははっ、燃えちゃえーっ!」


 阿鼻叫喚。叫べばその口から炎が入り込み、内側から焼かれる。火だるまになった五つのモノはその苦しみから逃れようと、喉を掻きむしりながら転がり、やがて手足を丸めて動かなくなった。焼死体だ。


「……ヘイ、ガララ。見ろよ、キャンプファイヤーだぜ? マシュマロあるか?」

「……無いな」

「ケー。……聞いといてなんだが、あの火で焼く気にはならねぇな」

「うん。ガララもそれが良いと思うよ」

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