顔合わせ

 或いは都市から。或いはギルドから。或いは個人から。

 開拓局を通して開拓者に下ろされる強制力の緩い・・・・・・指令オーダー。それがクエストだ。

 何らかの報酬が付いているのがあるので、普段の仕事のついでに……と受ける者も居るが、稀に名指し、或いは人材を指定してと言うのが一般的だ。

 今回、開拓局からアリアーヌへ、アリアーヌから見習い開拓者へ下ろされたのもそんな依頼の一つだ。

 ヴァッヘンから人の領域の側で最も近い位置にある村への届け物。

 それが今回発注されたクエストの内容だった。

 運ぶのは村の護衛を務める開拓者の新しい腕でそれなりに高級品の為、それなり程度の金で動かせる護衛を付けておこうと言うことで見習いの開拓者に運ばせることにしたのだ。


「何であんたたち二日連続で来てんのよ? 仕事しなさいよ」


 その事前ミーティングがあるので来いと言われたので、依頼を受けた翌日にアリアーヌの酒場を訪れたケイジを出迎えたのは、態度の悪いウェイトレスだった。


「……ンだよ『君の顔を見る為だよ』とでも言って欲しいのか、お姫様ジュリエット?」


 ――ヘイ、良いからコーラ。


 だからケイジも態度悪く応じてカウンター席に座る。ガララがその横に座り、指を一つ立てて「同じモノを」と追加で注文。アリアーヌが苦笑い気味にその用意をしようとしたらウェイトレスが「ママ、わたしがやるわ」と言って準備をし出した。


「あらあら」


 青春の気配を感じるアリアーヌ。


「おまたせしましたっ! シネ!」

「……あらあら」


 グラスに入れず、瓶のまま叩きつける様にして出しているので、青春は無いと判断した。

 が、そんな雑な扱いも男性陣は左程気に成らないらしい。SGとSMGをそれぞれ手の届くところに置いて、呑気にコーラを飲んでゲップをしていた。


「まだ来てない子がいるから話は全員揃ってからにするわ」

「構わねぇよ。時間までは好きにやるさ」

「それも良いんだけどね、もう来てる子だけは紹介しておくわぁ」

「ガララ達以外にも、もう来ている人も居るの?」

「えぇ。――リコちゃん、ちょっとこっち来てぇ!」


 アリアーヌが野太い声を上げると、忙しそうに店内をクルクルと走り回っていたウェイトレスの一人がやって来た。


「はぁーい、どしたのママさん?」


 緑を基調としたディアンドルを纏ったダークエルフの少女だ。月光の様に淡く光る銀の髪と、金色の瞳。どこか神秘的な褐色の肌をした彼女は人好きのする笑顔を浮かべて仔犬の様に寄って来た。女性らしい曲線を描くボディラインは来ている服も相まって『男』を刺激するには十分だ。


「アレだな、ガララ。エルフはハイでもウッドでもノーマルでも『薄くて』そそられねぇけどダークだけは別だな。良いな」

「……リザードマンであるガララはノーコメントで良い?」


 そんな訳でケイジが割と最低な発言をしたが、無事にスルーされた。


「つーかよ、店の子にやらせんのか?」

「安心して、リコちゃんはアンタ達と同じ見習い開拓者よ。ウチで部屋取ってるから、その関係でお店を手伝ってくれてるだけよぅ」

「部屋ってことは……何、指名とかできるのかよ?」

「寮よ。アタシが経営する女子寮のことよ。言っとくけどぉー……手ぇ出したら殺すぞ、ジャリ」

「オーケイ。肝に銘じとくよ、ミスター・・・・


 低い声の恫喝に、ケイジがヒラヒラと手を振って答える。


「んもう! 本当にわかってるの? そう言う遊びがしたければケイジちゃんの場合は自分のギルドのお店で遊びなさぁい」

「はっはー……やなこった。速攻でキティとルイ先輩にネタにされる未来しか見えねぇ」


 ヴァッヘンの娼館の元締めは蛮賊バンデットギルドだ。

 ギルド本部でもあるストリップバーでも指名すれば二階の個室で相手をして貰えると言う話だが、ケイジは今のところ利用する気は無い。


「ママさん?」

「あぁん! ごめんなさいね、リコちゃん! 呼んだのに放置しちゃって! リコちゃん、この子達が次の仕事を一緒にやる予定のケイジちゃんとガララちゃん。蛮賊バンデット盗賊シーフよ」

「どうも」

「よろしく、お願いをする」


 ペコリ、と並んでお辞儀をする。


「ケイジちゃんガララちゃん、リコちゃんよ」

「リコです、わたしは暗黒騎士ヴェノムね、よろしく!」


 人懐っこい笑顔で手を掴まれ、ぶんぶんと振り回された。


「因みに、普段はソロか、助っ人ばっかり。ケイジちゃん達と同じ様な理由で仲間が見つからないのよ。どう? 組んじゃわない?」

「……見て良かったらな」

「それはこっちもだから安心してねっ」


 あははっ、と笑いながらも視線鋭く言い返された言葉に「それもそうだな」とガララが頷いていた。


「もしかして、残りのメンバーもそう言う理由で組めていないの?」

「いいえ、残念ながら残りの三人は違うから組むのはお勧めしないわぁ」


 ガララとアリアーヌのそんな言葉を聞いていたわけではないだろう。


「すまない、遅くなった」


 そんなことを言いながら三人組が近寄って来た。

 少年が一人、少女が二人。何れも人間種だ。ケイジ達同様に、休日のラフな格好だ。それでも身体の鍛え方と、持って居る武器から何となく推測できる。少年は騎士ナイトで、少女の一人は戦乙女ワルキューレ、もう一人は神官クレリックだろう。


 ――歩き方みる限り、戦力としては問題ねぇな。


 そんなことを思うケイジの前で少年が――


「ん? 何だ、リザードマンとダークエルフが居るのか? ……おい、そいつ等、どうして首輪をしていないんだ? 言葉は通じるのか?」


 どうしてパーティが組めないかを端的に説明してくれた。







 実の所。

 神官クレリックが奉じる神は様々だ。

 だが一番信仰されている神は? と言う利き方をすれば一つの神と、一つの宗教が上がる。

 神は『名の無い神』。宗教は『無名教』。

 最も数が多い人間に都合の良い綺麗な言葉とやらが並んでいる『教え』を広めている宗教だ。

 民間にもそれなりの信奉者がいるので、信者は左程珍しくはない。

 彼等が珍しいのはガチガチの信者だと言うことだ。

 聖書の一説に曰く、人間こそが始まりの種であり、他の種は言わばそこから零れた劣等の種である。

 そんな教義を真に受けている彼等の中ではリザードマン、エルフ、ドワーフ、獣人、魔女種と言った種は、ゴブリンなどの亜人と同じでしかない。

 今の時代、真面目な顔でコレを言えるのは馬鹿か狂信者位だが……彼等は両方らしい。


「……」

「……」


 そんな訳でケイジとガララが動いた。

 席を立ち、軽く肩を回しての準備運動。ケイジはベルトに仕込んでおいた鉄の棒を握り込み、ガララは指の骨をゴキゴキと鳴らす。

 先ずはケイジが行った。


「ん? 何だ、君は? あぁ、こいつ等の飼いぬ――かぁ―――」

「……」


 近づき、踏み込み、無言の――右。

 ケイジが躊躇なく放った拳が少年の腹に突き刺さる。不意打ちにも近いその一撃で少年は身体を『く』の字に折り曲げ、口から叫びに成らない声を上げて倒れて行く。

 少女二人はその突然の強行に固まっていた。


「ケイジ」

「おぅ」


 ケイジの手からガララに鉄の棒が渡る。


「立って」


 低い声はガララから。

 それを落とされた少年は、自分が動物だと思って居るモノからの乱暴な言葉に顔を真っ赤にして立ち上がるが――


「い、っき、なり何をす――――――ぅ」

「……」


 やはり、無言の右。そしてやはり、腹。

 エルフを投げ飛ばすガララの膂力での一撃はその場に少年が留まることすら許さず、吹き飛ばし、壁に叩きつけた。


「ケイジ、駄目だ。コレはガララの手には小さすぎる。握り込みの効果が無いよ」

「ケー。そんじゃ俺が持ちっぱで良いな?」


 再度鉄の棒がケイジの手に。

 受け取ったソレを握り込み、気負った様子も無く歩くケイジの姿に集まり出した野次馬が軽い歓声を上げる。


「ちょ、ちょっと待ちなさいよっ!」


 そんなケイジの前に戦乙女ワルキューレの少女が割り込む。黒髪でショートカットの意思の強そうな少女だ。鍛えられた身体はそこら辺の男なら軽く捻れるだろう。前線で戦うモノ独特の戦いに慣れたモノの匂いがした。


「ん? 何だ、立候補かい・・・・・お嬢ちゃん・・・・・?」


 だがケイジには通用しない。シャツを掴んで引き倒し、ヘッドバットを一つ。額を割り、血を流させながらソレだけ言う。「ぁ、ぅ……」。弱々しい呻きは聞かなかったことに、突き飛ばす様にして脇に追いやって壁際の少年の下へ。


「立て」

「……」

「何だ、テメェ? 言葉が分かんねぇのかよ?」

「……」

「あぁ、そうか。良く見たらゴブじゃねえか、お前。人間サマの真似事してんじゃねぇよ、クソゴブが」

「……違う」

「あぁ、そうかよ。そんじゃぁ、もう一度言ってやるぜ。――立て」

「……」

「ハイハイしてないで立てよ、ボクちゃんベイビー。聞こえてんだろ? 言葉は通じてんだろ? |ママのおっぱい卒業してんだろう?」

「う、っ、うわぁぁぁぁぁぁ!」


 気合いを入れて勢い任せ。それでもしっかりと腹をガードしながら立ち上がる。少年。

 顔が空いてたので、ケイジは先ずはジャブ。鼻を的確に狙って当て、それで怯んで防御が空いた所に――やはり、腹。


「――」


 こぽぉ、と胃液と共に朝食が出て来た。食事処で汚物を見せられたことに野次馬が無責任にブーイングをする中、ケイジが引いて、代わりにガララが前に出た。


「立って」

「……」

「立って」

「……」

「ケイジ、駄目だ。言葉が通じない」

「んー? いや、ンなことないと思うけどなぁ……オラ、立て」

「……」

「立って」

「立て」

「…………」

「立って」「立て」「立って」「立て」「立って」「立て」「立って」「立て」「立って」「立て」「立って」「立て」「立って」「立て」「立って」「立て」「立って」「立て」「立って」「立て」「立って」


 見下ろし、容赦なく叩きつけられる言葉の銃弾。それに耐え切れず、遂に――


「ふっ、ふ、うううううううううううっ―――」

「ヘイ、ヘイヘイヘーイ、どうしたボクちゃん? 泣いてちゃ何もわからねぇぜ? ソフトクリームでも落っことしちまったのかぁ?」

「ゆ、許して……ぇっ!」

「知らねぇよ、良いから立てよ小鹿ちゃんバンビ。お話はそれからだぜ」

「た、立つ! 立つからぁ! も、もう殴るなよぉっ!」

「うん? 『殴るなよ』。ケイジ、何か足りなくない?」

「あァ、ガララ。ソイツなら俺でも知ってるぜ。『礼儀』って奴だ。腹を蹴破ってやれ。ソレでボクちゃんの言葉遣いも良くなるだろうさ」

「ケー」

「ひぅ! なっ、殴らないでっ! 殴らないで下さいっ! お願いします!」


 悲鳴と混じった懇願。腹を庇いながらのソレはまるで土下座の様だった。


「やれば出来るじゃねぇか、アスホール。今後も言葉遣いには気を付けろよ」


 それで漸くケイジは矛を収める気に成ったらしい。







あとがき

シェルター生まれの、解体場育ち

そんな悪そうな奴


あらすじを


 世界は救わない。

 伝説にもならない。

 そんな彼等の『ゆるふわきらら系』冒険譚。


としようと思ったが、この話が有ったのであきらめた。

ゆるふわでもきらら系も無いからね。


尚、「それよりも前の話の時点で既に無理だよ」とか言う苦情は受け付けません。



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