アリアーヌ

 お嬢さんディアンドルとはよく言ったモノだ。襟の深いディアンドルを着込んだ女性は可愛らしさと艶っぽさが良い感じに混ざり、男なら見ているだけでそれなりに楽しめるだろう。

 そんな訳でディアンドルをウェイトレスの衣装に採用したアリアーヌの酒場は今日も開拓者で溢れている。

 残念ながらリザードマンのウェイトレスの良さはケイジには分からないが、美形が多いエルフのウェイトレスなどは見ていてとても楽しい。店内の男共の思考は大体、そんなものだ、

 勿論、ソレだけが理由ではない。

 事故でを二つ潰した元開拓者のアリアーヌが店主を務める酒場は、彼女・・からの後輩達への支援としてパーティの募集やクエストなどの依頼が貼られた掲示板があるからだ。

 ケイジとガララもそんな掲示板目当てで少しばかり割高なその店に来ていた。

 エール一杯で銅貨三枚。

 銅貨五枚でエールとツマミが楽しめる魚介所ベッソと比べてみるとその差が分かる。

 ……まぁ、量も質もアリアーヌの酒場の方が良いので、その差かもしれない。

 隅の卓でエールを飲み、ピザの上に載っていたサラミをチップ代わりにしてカードに興じるケイジとガララの目的は仲間探しだった。

 休日だからだろう。ズボンだけは何時もの野戦服だが上は黒いタンクトップ。足元に至ってはサンダルと言う気の抜け具合だ。

 それでもタンクトップから覗く呪印や、テーブルの上に置かれたガララのサブマシンガン、壁際に立てかけられたケイジのショットガンなどが二人が見習いから抜け始めた開拓者であることを告げていた。

 装備が良く、呪印の種類が多いのだ。

 理由は簡単で、ゴブリンアパートは中々の稼ぎ場所だったと言うだけの話だ。

 最近ではケイジとガララの襲撃を警戒してか装備が良いゴブリンが巡回していることが多いので、下手に部屋に押し込まずともそう言った巡回ゴブを相手にするだけで稼ぎが一人頭で銀貨十枚行くこともあったのだ。

 その稼ぎでケイジは箱型弾倉のポンプアクションへ変え、ガララもサプレッサー付きのサブマシンガンへと変えていた。

 勿論、呪印の方も増えケイジは新しく煙幕スモーク呪文スペルを、ガララはトラップ呪文スペルを新しく覚えている。

 技能が五つで見習い開拓者から『見習い』を取る試験が受けられることを考えると、一ヵ月足らずで一つ増やして見せた彼等は有望株と言う奴なのだろう。

 だが、そのせいで仲間の勧誘が上手く行っていないと言う部分もある。


「レイズ」


 既にやる気をなくしているケイジが言いながら、サラミを、ぺと、っと二枚重ねる。


「ケイジがレイズしたと言うことは……役はブタ?」

「おー良く分かったな」

「ずっと相手してるからね。……何でブタでレイズするの?」

「別に金賭けてるわけでもねぇしな、ブタで勝つと何かギャンブル強そうじゃね?」

「いや、そうでも無いよ」

「そうか?」

「そうだよ」

「そうかよ」


 それでどうすんだ? とガララに訊いてみれば、オープンされたのはジャックのフォーカードでキッカーはクイーン。ブタに対しては随分と過剰な攻撃だ。負けました、と重ねたサラミを差し出してみれば、既にケイジのピザには一枚もサラミが残って居なかった。


「今日も無理かな?」


 ガララがサラミたっぷりの豪華なピザを食べながら言えば――


「まァ、無理だろうなぁ」


 具がめっきり少なくなったピザを食べながらケイジが応じた。

 同期の中で言えば、相も変わらずケイジとガララの需要はそれなりにある。だが、彼等の中でケイジ達を除いて優秀とされる者達でも漸くゴブリンを相手にし出した位であり、ゴブリンアパートへの遠征などは出来ない。つまり組んでも稼ぎが減るだけ。

 戦闘に問題があれば稼ぎに目を瞑って組んだかもしれないが、それも無い。

 よって組まない。

 では同期では無く少し先に開拓者となって居た、つまりは見習いを脱していない位の先輩達はどうか? ケイジやガララと同じく、技能を一つか二つ増やした層。これならばどうか?

 稼ぎは頭割りになる以上、悪くはなるが、そこまでの差は無い。

 だから組む分には問題は無い。問題は、組めないことだ。

 流石にそこまで行くと既にパーティが出来上がっており、入り込む隙が無い。

 無論、ここは開拓都市ヴァッヘン。ころころと人が死ぬので、そう言ったパーティにも空きは出る。だが大抵は一人の欠員であり、二人組は必要とされない。

 そして二人以上が死ぬような状況の場合、三人、四人と削られるのが普通で、そうなるとそのパーティは解散され、生き残ったメンバーはバラけて前述の一人欠員が出たパーティに入って行く。

 後、単純に蛮賊バンデット盗賊シーフは余り需要が無かった。

 そんな訳で一日おきの休日の内の何日かをこうしてアリアーヌの酒場で過ごしているが、仲間の勧誘は上手く行っていない。


「……アンタ達また来たの?」


 進展と言えるかは分からないが、ウェイトレスに顔を覚えられた位の変化しかない。

 人間種の気の強そうな金髪の少女はケイジ達のテーブルにやって来るなり、溜息をついた。


「エール二杯とピザ一枚で粘られると迷惑なんだけど?」

「そうかよ、んじゃスマイル一つ」

「良いけど、金貨取るわよ?」

「君の笑顔が金貨で買えるなら安いものさお嬢ちゃんベイビー


 はっはー。笑いながら適当な戯言を吐き出し、ウェイトレスを追い返すケイジとは違い、ガララは律儀にメニューを眺めてエールのお代わりとオススメの揚げ物を追加した。

 どちらの方が彼女のお気に召したのかは言うまでもない。


「かしこまりましたっ!」


 と、満面の笑顔とスタッカートの利いた声で応じて、去り際にケイジの足を踏んで行った。「うぉ、赤くなってやがる」サンダルだったので地味にダメージが大きかった。

「ケイジ」聞き覚えのある声が聞こえたので、そちらに視線を向けてみれば、カウンター席に狼の獣人が居た。ルイ。蛮賊バンデットの先輩は今日はタキシードでは無く、ケイジと同じ様な野戦服を着ていた。ストリップバーのボーイよりもこちらの方が似合っているな、そんなことを思いながら、ケイジは軽く手を挙げて応じた。「……いや、こっちに来い」。どうやらご指名らしい。

 何だ? 軽く小首を傾げながらも、盗難防止の為、壁に立てかけておいたショットガンを片手にそちらへ向かう。


「ご指名ありがとうございまーす、ケイジでっす。……で、何だよ、ルイ先輩?」


 ルイの隣の席に座ったら横から詰まれた銅貨が差し出されので、ソレを前に出し、エールを頼んだ。


「銃を変えたか。良いな、どこのだ?」

「お? 流石はルイ先輩、お目がたけぇ。B―ラック社のランナーズシリーズの新作だぜ。知り合いの工房から回して貰ったんだがよ、お値段なんと銀貨で六十。稼ぎが全部吹っ飛んだせいで未だに兵舎から抜け出せねぇ」

「お前まだ兵舎暮らしなのか?」

「安いからな。でも、そろそろ出るぜ。いい加減、夜くらいはゆっくり寝てぇ。この前もケツ掘られそうになったしな」


 金の無い開拓者の為の宿泊施設である『兵舎』は大量の二段ベッドが詰め込まれただけのプレハブだ。そして『防犯』なんてモノからは程遠いため、そこで処女バージンを失うは結構いる。

 若いと言うだけで狙うモノ好きがいるので、ケイジは勿論、ガララすらも深夜に叩き起こされて、軽いお小遣い稼ぎのストリートファイトをやらされている。


「……三日前か?」

「三日前だな」

「“ロバー”ロブが兵舎から血まみれで運び出されたのもその日だったな」

「そうだっけかな? あぁ、そうかもしれねぇ。短小野郎ポークビッツはその日以来見てねぇしな」


 出て来たエールを喉で楽しんで、うけけ、と笑うケイジ。脳裏には三日前に銀貨三枚をくれた・・・猪の獣人が浮かんでいた。


「……や、言っとくけどマジで俺じゃねぇぜ? 鼻潰したのは俺だがよ、病院行くことになったケガの大半は何かやたらエロいネグリジェ着せられたエルフの仕業だ。すげぇ顔で椅子振り下ろしてた」

「あぁ、自業自得か」

「見てぇだな。『浮気者』とか言ってたし」

「……ソッチなのか」

「世の中は広いみたいだぜ、先輩」

「知りたくなかったよ、後輩」

「んで、マジで何の用だよ、先輩。世間話か? それならとっておきのがあるぜ。この前、俺とガララが歩いてたら道の前からフードを被ったジジィが来て――」

「いや、世間話は良い」

「そうかよ、残念だ。途中にトイレ休憩二回は挟む大作だったんだがな」


 ジョッキが空になった。まだルイから貰った銅貨が余っていたので、エールを追加。ついでにツマミも頼み、ガララの卓へ送り付け『あちらのお客様からです』をやってみる。


「で、ケイジ。呪印も増やしたよな?」

「増やしたな。技能も一個増えた」

「最近の狩場は?」

「? ゴブリンアパートだな。……ヘイヘイ、マジで何の用だよ? 話が読めねぇぜ、先輩」

「まぁ、アレだ。オレの趣味だよ」


 お前は知ってるだろ、後輩? くくっ、と笑い、牙を見せるルイに。「趣味」と口の中だけでケイジは言葉を転がした。


「試験官?」


 思いついた言葉を言ってみれば、ぱちぱちぱち、と拍手。


「正解だ、おめでとうコングラチュレーション。――どうだ、アリア? 蛮賊バンデットギルド一押しのルーキーだ」

「それで相棒は盗賊ギルド一押しのルーキーなんでしょ? いいわぁ」


 甘くて・・・野太い・・・声が上から降って来た。

 巨漢の彼女・・・・・は、ぽかん、とアホ面で見上げるケイジに気がつくと、バチン、とウィンクをかましてくれた。

 筋骨隆々のモヒカン頭。それでも心は乙女ハート。ヴァッヘンで一番男らしい乙女は「サービスよ、かわいこちゃん」と言ってケイジの前にサンドイッチを置いてくれた。食べて良いのか? まぁ、良いや。食べよう。タマゴサンドだった。うまうま。


「ケ・イ・ジちゃんっ!」

「ンーだよ、ミスター・モンスター?」

「ミ・スよ? 間違えちゃだめ。ネ?」

「そいつは悪かった。すまねぇ、ミス・モンスター」

「やぁんっ! なーまーいーきぃー!」

「ヘイっ! ヘイヘイヘイ! お触りは遠慮して頂けませんかねぇ! つーか頬擦りヤメロや、髭が痛ぇんだよ、ファック!」


 ヘッドバットを叩き込んだ。叩き込んだらケイジの頭が逆に割れた。「おぉぅ……?」。くらん、と後ろによろめきながらも、何とか踏ん張る。距離が取れただけで御の字としておこう。もう苦笑いでこっちをみるルイ先輩の隣の席には戻れない。食べかけのサンドイッチだけが惜しかった。


「うん。良いわねぇ、合格よぅ。ねぇ、ケイジちゃん? 合同クエスト、受けてみなぁぃ?」

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