強盗

 旧時代に造られたコンクリートの外廊下はひび割れ、細かい砂礫があるせいで隠密行動には向かない。

 だから近づいてくる足音は随分と分かりやすい。ざりざり言う足音と共に近づいてくるゴブは見張りの為にこの一棟二階建て四室のアパートの周りを歩いていた。だが、ケイジには、どうにもその歩みは弛んでいる様に思える。

 多産多死のゴブリンでありながら、そこそこ良い家に生まれたこのゴブは、もしかしたら戦闘経験が無いのかもしれない。

 そんなことを考えながら。ケイジは壁を背負う様にして立つ。

 ジャングル迷彩のタクティカルジベストと、ワンショルダーバッグはこの場所にはそぐわない。これからやることには目立つ格好と言うのは好ましくないが仕方ない。

 やることは単純だ。襲い掛かり、声を上げさせること無く――殺す。

 ショットガンは足元に転がしておいた。

 右手に鉄棒を握り込み、左手には五十口径弾が使える様に改造したゴブルガン。

 経験で知ったことの一つだが、銃弾の威力は呪印の深度にも影響されるし、弾の数にも影響される。

 呪印の深度が深ければ弾の威力は上がる。

 一度に放つ弾丸の数が少なければその分、弾に呪印からの力が乗りやすい。

 五十口径ゴブルガンは、今のケイジの呪印深度なら当てる場所に当てればきちんとゴブを殺し切れる。


『カウントテン』


 アパート正面の土手に腹這いになって隠れ、目視でゴブを監視しているガララからの報告に、神経を尖らせる。


『5、4、3――』


 ――2、1……


『今ッ――!』「――強襲アングリフッ!」


 一気に飛び出す。目を驚きで丸くしたゴブが見えた。ゴブが現状を理解する前に、先ずは一発。踏み込み、ゴブに足を掛け、鉄棒を握り込んだ拳を顔面に叩き込み、ゴブを転ばせる。ぎゅみ!? みたいな潰れた悲鳴を上げてゴブが転んだ。更に間を詰める。マウントを取る。両足でゴブの腕を抑えながら、右腕全体でゴブの喉を潰す様にして体重をかける。――。ぱくぱくぱく。酸素を求めて陸に上がった魚の様に動く口の中に、左の銃口を突っ込み、更に押し込み、引き金を引く。銃声は少しだけくぐもっていた。

 それでも確かに鳴ってしまった。

 ここからは時間の勝負だ。


「階段、クリア」


 土手から飛び出したガララがSMGを構えながらそう言うのを聞き、回収したショットガンを右手に、左肩でゴブの死体を担ぎながらケイジも後を追う。

 一棟二階建て四室のこのアパートは中央に階段がある構造になっている。

 朝方、何匹かのゴブが銃を持って狩りに行ったのは確認しているが、まだアパートに残っているのも居るかもしれない。

 一度の銃声で出てくるだろうか? 作業の音で出てくるだろうか? そんな様々な不安はあるが、さっさと仕事をするべきだ。

 ケイジとガララはなるべく足音を殺して階段を登って二階へ上った。「……」。やはりガララは盗賊だ。足音無く、蜥蜴の癖に蛇の様にするすると進んで行く。


「二部屋とも施錠されてる。予想通り外付け錠だ」

「……電気通ってないから仕方がないとは言え、アホみてぇだな」

「仕方が無いよ。これがゴブの、精一杯」


 旧時代の遺跡の施錠で一番多いのは電子錠だ。指紋、瞳孔などを登録してそれが無ければ開かないようになっている。いや、いた。文明の断絶に合わせ、電力の供給が無くなった施設では力任せにこじ開けられ、その後はそこを占拠したモノの手により鍵が付けられている。

 そしてゴブリンは簡易的な外付け錠を好む。

 タンブラー錠位の頑張りは見せて欲しかったぜ。それがケイジの感想だが、仕事をする側としては有り難い。

 時にマスターキーとも呼ばれる銃器、ショットガンを持ってはいるが、音がデカいので使うのは控えたいのだ。


「オーケイ。んじゃ、予定通りに向かって右だ。どんだけかかる?」

「一分も要らないよ」


 ガララがしゃがみ込み、ヘアピンを取り出すのを見ながら、ケイジも次の仕事に移る。ゴブを廊下に転がし、両手でショットガンを持つ。作業するガララの邪魔にならない様に壁を背に、扉の横に立つ。

「――開いた」ガララの言葉と同時に、ガチャン、と言う音。そして「ゴッ」低く、小さな声。それでも確かに力強いガララの言葉と共に、ドアが開けられる。ケイジは扉と入れ替わる様にショットガンを構えて中に入る。

 玄関、廊下、クリア。リビングが見えるが、流石に明かりの無い状況では、しっかりと見通せない。廊下に沿って右に一部屋、左に二部屋ある。ゴブリンには室内のドアを閉める文化が無いのか、開けっ放しだ。ケイジとしては確認がやり易くて有難い。「……」声を出さず、ハンドサインでガララを呼ぶ。ゴブの死体を片手に入って来たガララが、すっ、とドアを閉めた。一応、内側にも鍵を引っ掛ける構造が有ったので、外で使ったモノをそのまま使い、ガララがカギを掛けた。だが、脆いドアだ。異変に気がつかれたら直ぐにでもぶち破られるだろう。

 ガララと手分けして部屋の確認をしていく。ケイジはまず、左の二部屋を担当することにした。ショットガンを突き付け、クリアリング。ベストのポケットに刺しておいたサイリウムを折って放り投げ、簡易的な明かりの代わりにする。左二部屋は風呂とトイレだった。トイレには何もなかった。風呂場も――と、思ったが念のため、バスタブを覗くと、奪ったであろう銃器が乱雑に収められていた。当たりだ。

 ガララと合流し、お互いの死角をカバーしながらリビングへ。クリア。テーブル一つと四つの椅子がある。ゴブたちもここで食事を取っているらしい。テーブルの上の大皿には人間らしきモノの骨があった。「……」。何とも言えない気分になったが、今はそれ所ではない。ケイジはそう判断し、更に探索を進める。

 ダイニングキッチンの方もクリア。冷蔵庫、食器棚も念の為確認した。ケイジやガララには無理だが、ゴブならここにも隠れられるだろう。

 だが、居ない。

 このまま接敵無しで行けるかもしれない。

 そんな甘い期待が出てくる。

 残りは二部屋。ガララとケイジは二手に分かれることにした。「……」ガララは兎も角、ケイジの足音は殺し切れていない。もしも室内にゴブリンが残っているのならば、反撃の為に隠れているのだろう。そう判断し、先に折ったサイリウムを部屋に投げ込み、光源を確保してから覗き込む。子供部屋だったのだろうか? 勉強机とベット、壁にはコミックの詰まった本棚がある。ゴブたちはこの部屋で寝ていたらしい。ぼろ布が敷き詰められている。匂いは中々に酷い。苦情はそれ位で、隠れるところはなさそう。


「クリア」


 ふぅ、と肺の中身を吐き出しながらケイジ。少し油断した。その油断を咎める様に銃声。「ッ!」。残り一部屋。ガララが悪い方の当たりを引いたらしい。

 見れば、壁に身を隠し、覗き込む様にしながら、ガララが室内にSMGを撃ち込んでいた。埒が明かないと判断したのだろう。ガララは椅子の一つを掴むとリザードマンの膂力で部屋に向かってぶん投げた。

 ぶぉん、と離れているケイジにまで聞こえる風切り音。音は威力を物語る。ぎゃわぃ! と言う悲鳴が上がり、部屋からの銃撃が途絶える。ガララはその隙に部屋に入り、直ぐに出て来た。


「大人のゴブが一匹、子供のゴブが七匹居たよ。全部、クリア」

「ケー。そんじゃ、貰うもん貰ってずらかろーぜ」

「うん。先に入り口を塞いでくる」


 ガララがそう言いながら、ひょい、とテーブルを担ぎ、入り口に倒して簡易のバリケードを造り出す。

 それを見ながらケイジは、ぱきぱきぱきとサイリウムを折り、部屋の中にばら撒いて行く。それなりの光量が確保できた。肩に掛けていたワンショルダーバッグから畳んでおいたダッフルバッグを取り出し広げた。


「ガララ。今まで見て来た部屋で何か良いのあったかよ? 俺が見た感じバスタブに鹵獲した銃器があったくれぇだ」

「それなんだけど、ケイジ。寝床はあった?」

「寝床? 寝床なら、さっき俺が見た部屋がそれっぽかったぜ?」


 そこだよ、とケイジが指差すと、ガララは自分のダッフルバッグをケイジに渡してその部屋に入って行った。銃器の詰め込みは任せると言うことだろう。


「……」


 良い感じに雑用を押し付けられたような気がしないでもねぇな。

 そんなことを思うが、何やらガチャガチャとピッキングの音が聞こえて来たので、文句を言うのを止めて風呂場に二つのダッフルバッグを持ち込み、適当にバスタブの中身を詰めて行く。鑑定の知識が無い以上、モノの良し悪しはケイジには分からない。中にはくず鉄にしかならないものもあるだろう。

 そんな雑な作業のせいか、それとも発砲音を聞き届けたせいか、何やら玄関の方から、ぎゃいぎゃい、と鳴き声が聞こえて来た。「……」。ガララの造ったバリゲードでは精々、突入を少し遅らせることくらいしか出来ないだろう。ドアが破られるまでが勝負だ。

 そう判断し、詰め込み作業を終え、なるべく音を立てない様に銃火器が詰まった二つのダッフルバッグを運び出す。風呂場の出口に引っ掛かってデカい音が鳴った。そして、ぎゃぃ! という叫びが聞こえて来てしまった。……おーぅ。


「ガララぁーわりぃ。バレたわ」

「良いよ。怪しまれた時点で時間の問題だもの」


 合流したガララがそんなことを良いながら、ダッフルバックに石を詰めだした。


「ヘイヘイヘーイ、ガララさんよ。河原に遊びに来たガキじゃねーんだからよ、綺麗な石とか詰め込んでんじゃねぇ」

「石じゃなくて、鉱石」

「鉱石ぃ?」


 この『ちびっ子の宝物箱』に在りそうな石がかよ? と、胡散臭げにケイジ。


「そう。鉱石。多分だけど、呪印の強化にも使える奴だよ。ゴブリンの巣は元々、寝床だけだからね。アイツらは価値のあるモノは本能的に寝床に隠す。これは学習机の鍵の掛かった引き出しにあったよ」

「そんなもん?」

「うん。そんなもんだよ」


 言ってる内に、外から銃声。遅れて扉が開く音。突入部隊のお出でらしい。「やべぇ、ずらかるぞ!」と強盗らしいセリフを言い、ケイジとガララはベランダに向かって走り出す。

 ケイジとガララが二階の部屋を選んだのはこれが理由だ。

 一階だとベランダと玄関からの挟み撃ちをくらう可能性が高くなるが、二階であれば少なくともベランダ側に関してはワンクッション置くことが出来る。だが――

「はっ、流石は家持ち。アパート住まいのゴブだ。対応がはえーな、オイ」

 下を覗き込んでみれば、二匹のゴブがこちらに向かって発砲してきた。オートマチック一丁とSMG一丁。見上げての射撃がやり難いのか、弾は既にボロボロの雨どいを更に破壊したり、屋根を削っている。

 だが、それを指差して笑ってやってる暇は無い。


「ケイジ、フォローする」

「おう、頼まぁ」


 短い会話。ガララが厄介なSMGゴブをベランダから撃ち、ケイジは颯爽と飛び降りる。手にはダブルバレルショットガン。落ちて来たケイジに対応しようとした拳銃ゴブが撃って来た。腹に弾が当たるが、呪印のガードは抜けなかった。お返しに一発、殺し切れなかったので、もう一発。それで弾切れだ。だが、問題ない。SMGゴブは既に弾雨の中でダンスタイムと洒落込んでいた。ミュージック替わりだったガララの射撃の終わりに合わせて糸の切れた人形の様に、バラバラと崩れ落ちるさまは少しばかり滑稽だ。

 ダッフルバック二つに遅れてガララが落ちてくる。周囲のアパートから今の騒ぎでゴブが出てきそうだ。

 普通のゴブの集落と違い、一室毎に簡易的な密室が造れるからゴブリンアパートを狙ったがこうなってしまえば普通のゴブリンの集落と変わりがない。数に押されて開拓者は今晩のおかずに早変わりだ。それは困る。


「急ごう、ケイジ。無事に逃げ切るまでが強盗だ」

「遠足かよ」


 ダッフルバッグを担ぎ、ケイジとガララはヴルツェ街道へと逃げ込んだ。







あとがき


 アナウンサー

「夕方のニュースの時間です。

 閑静な住宅街に悲鳴が響き渡りました。

 本日昼頃、ゴブ町のゴブ山ゴブ太郎さん宅に強盗が侵入しました。

 この強盗によりゴブ山さんの妻、ゴブ美さんと七匹の子供、またアパートの警備を担当していたゴブ山さんの兄弟三匹が無くなりました。

 本件はゴブ太郎さんの留守を狙ったモノとみられております。

 犯人はアパートを見回っていたゴブ三郎さんを殺害後、玄関から侵入し、その後で子供達とゴブ美さんを殺害、金品をバッグに詰めベランダから逃走しました。

 この時、逃走を阻止しようとしたゴブ五郎さんとゴブ次郎さんも殺害されました。

 尚、本事件の犯人ですが、昨今、街道近辺を縄張りとしている二人組と特徴が一致します。

 この二人に対し、王国側は正規軍の投入も考慮に入れた対処を検討しています。

 次のニュースです。動物園にハイエルフの赤ちゃんが生まれ、訪れたゴブリンを楽しませ――」


 そんなゴブリンニュース。

 何て凶悪な主人公たちなんだッ!!


 因みにゴブ太郎さんは、この事件を機に

「駆逐してやるッ!! この世から、一匹残らず……ッ!」

 とか言い出す様になる。

 そしてゴブリン王国の正規兵になって、そこで出会った女性と結婚して昔の妻のことはすっかり忘れて幸せに暮らす。

 なんてゴブリンクオリティ。

 でもその後、普通に開拓者に殺される。

 そんなもんだよ、ゴブリンライフ。

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