シオミコーポレーション・ヴィレッジ

「燃え残ったり、溶け残ったモノが好きなの」


 助手席から聞こえる甘い、甘い声。

 蕩ける様な瞳。

 褐色の肌に興奮からくる朱を指しながら、情事のさなかの様な声で、瞳で、仕草で彼女が手の平の上の白いモノを転がす。

 ソレはまるで宝石を愛でる様な手つきだった。


「だって、それはその人がわたしに残してくれたモノなの。死んでも残してくれた部位なの。そう考えると――ねぇ、素敵なことだとは思わない、ケイジくん?」


 ただしソレは獲ったばかりの歯だった。

 焼け焦げ、燃え焦げ、炭の様になった死体から、乙女が花を摘むような優し気な手付きで採集された人だったモノの歯だった。


「理解は全く出来ねぇけどよ、取り敢えずは良い趣味だと言っといてやるぜ、サイコパス」


 風よけのゴーグルをつけたケイジが風船ガムを、ぷー、と膨らませながら。


「エヘヘ、良く言われマス」


 ぺろっ、と舌を出す仕草は可愛らしい。可愛らしいが、前後の発言と行動を考えると薄ら寒いが正解だろう。


「いや、褒めちゃいねぇぜ、異常者アブノーマル?」

「あ、それも良く言われるね。だから誰とも組めないの」

「だろうよ」


 言いながらバックミラーを確認する。

 退屈そうなガララとは違い、ベイブ達は青い顔で荷台の後ろの方に固まっていた。まぁ、気持ちは分からねぇでもねぇな。それがケイジの感想だ。

 同族の死体の匂いは、残るのだ。

 一度嗅ぎ、匂いを脳が覚えると暫くはどうしてもその匂いを追ってしまう。もう匂わないはずだ。それが分かっても、脳が理解してくれず幻の匂いを嗅ぎ続けてしまう。

 ケイジですらフロントガラスが全部吹き飛び、空気の入れ替えが激しい今の状況を感謝しているのだ。良い育ちをしてきたベイブ達には中々キツイだろう。


「ダークエルフの信仰とやらじゃねぇのか? ほら、あの混沌の神とか言う――」

「あぁ、オルドムング様? あんなの造り物だよ、本当に存在しない神様。今の世代だと信仰してる子はいないんじゃないかな?」

「アレに捧げる為に世に混沌をー、って言うのがテメェらの信仰じゃねぇのかよ……」

「アハハ、そんなわけないじゃん。あれ、エルフとの土地の取り合いの時に生まれた宗教だよ? 戦いにあんま向いてないダークエルフ全体を戦わせる為の理由付けだって。教育と比べると信仰は理屈が無くても広がるからねー」

「……まぁ、宗教も所詮は人が造ったモンだしなぁ。便利に使う為のモンってことか?」

「そう言うもんです」


 ぱちぱちぱち、正解でぇーす。

 嬉しそうに、楽しそうに言われるが、ちっとも嬉しく無いし、楽しくも無い。


「それだとテメェは生粋の異常者ってことになるが良いのか?」

「わたし、自己紹介の時に“普通の子”です、なんて言ってないよ?」

「……自覚がある様で素敵だな、惚れそうだぜ」


 言いながら、成程、と横目でケイジは少女を見る。

 肉食獣のように鍛えられ、それでいて女を残した艶やかなダークエルフ。

 彼女は根本的に暗黒騎士ヴェノムに向いているのだろう。

 リコ曰く、暗黒騎士はガスや火炎放射などを武器に戦う職業だと言う。

 錬金術師アルケミストから枝分かれした彼等は化学をとても凶悪に使う。その死体は殺し殺されが日常となった開拓者でも引くことがある『壊れ方』をする。そして、範囲の調整が効き難いことからチームを組む職業を選ぶことになる。

 教義的に神官、戦乙女、銃士などとは相性が悪く。

 戦闘方法的に騎士とは噛み合わない。

 そして成り立ちから錬金術師とは仲が悪い。


「……」


 だが、遊撃を主体とする蛮賊と盗賊はそこまで相性が悪いわけではなかった。


「ヘイ、リコ。テメェ、煙幕スモークの技能もってるかよ?」

煙幕スモーク? 取ってないよ。ペッパー取っちゃったから」

「んじゃ取んな」

「? 何で?」

「俺がもう持ってんだよ、煙幕スモーク

「ん? ケイジくんが持ってると何で取らなくても良いの?」


 小首を傾げての不思議そうな声に苦笑い。コレでも噛んで頭を働かせろ、と板ガムを差し出して言う。


「組もうぜ。俺と、ガララと、テメェでよ」







 坂の上に造られたオフィスビルだった。

 大理石を削って文字を彫った看板には『汐海』と書かれている。地図によれば、出入り口は二つ。何れも坂の下から昇り、途中にある守衛室の前を通らなければならない。

 徒歩であれば、別に周囲の金網を超えて侵入できそうにも見えるが、普通に住改のバトル・オートマタが巡回しているし、金網自体にも変異生物対策として、或いは賊の足を遅らせる為に電流が流れている。

 元は工業製品を造っていたことがうかがえる広大な工場部分では、今は薬水を用いての水耕栽培が行われており、ヴァッヘンへ輸出されている。


「止まれ」


 守衛室から飛び出て来た男のAR構えながらの言葉に車を止め、持たされた証明書類を片手に降りる。


 ――ケツが痛ぇ。


 そんなことを考えながら尻をモミモミ。考えてみりゃ、どうして俺がずっと運転してたんだ? ケイジの記憶が確かならば、ガララとベイブ、それとトモちゃんは運転が出来ると言う話だったのに……。


「ヴァッヘンからだ。アンタらのボスが注文してた腕を持って来た」

「――了解、直ぐに確認を取る。……そのフロントガラスはどうした?」

「流行ってんだよ。知らねぇのかロートル? ――と、言いてぇ所だが、賊にやられた」


 まぁ、正確に言えば、賊に襲われたので『ケイジが』やった、が正しい。


「場所は?」

「こっから百キロは離れてる。規模も小さかったから、ここには来ねぇと思うぜ、オフィサー?」


 地図あんなら教えるぜ、とケイジが言うと、「頼む」と言葉が返って来てしまった。ケイジは露骨に嫌そうな顔をしながら、腕時計を見る。午後の五時。もう良い時間だ。今夜の寝床を決めたい。

 当初は渡したら運転手を後退して、直ぐに帰る予定だったのだが、賊の襲撃もあり、随分と時間がずれ込んだ。更に、ここから賊襲撃に関する情報提供の予定が入るとなると――


「……だとさ」


 軽く、肩を竦めて、トラックを振り返れば、荷台からガララが下りて来てハンドルを握ろうとしていた。どうやらガララはケイジと同じ考えらしい。


「ケイジ、ガソリンも少ないよ。今日はここでお世話になろう」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る