反省会

 ヴァッヘンでは他の多くの街やシェルターと同じ様に、貨幣経済が成り立っている。

 流通しているのは三種類の硬貨で、それらは旧時代の遺跡などから掘り出される。貨幣経済をやる程度には文明的であっても、その貨幣を造り出す技術が無いと言うのが今の世界の現状だからだ。算出量と流通量のコントロールが出来ないという点では危ない綱渡りの様だが、まぁ、誰にも偽造が出来ないという点では貨幣経済の体を造るにあたっては中々に優秀な部分だろう。

 それに旧文明が滅んでン百年。発掘される貨幣の量も落ち着いており、不意に現れる発掘長者もそこまで経済に混乱を与えることはない。

 そんな分けでヴァッヘンでは革袋にじゃらじゃらと硬貨を詰めてのお買い物と言う分けだ。

 余りに額が大きいと小切手の出番となるが、それは『ど』が付くようなデカい商店の話だ。開拓者は基本、金貨、銀貨、銅貨を使用している。

 因みに金色っぽくて真ん中に五百の数字があるのが金貨。銀色で百と書いてあるのが銀貨。これだけはちゃんと材質と一致する銅製で十と書かれている物が銅貨だ。

 余談だが、真ん中の数字は全くと言って良いほど当てに成らない。

 金貨には銀貨百枚の価値があり、銀貨は銅貨百枚の価値がある。

 そして銅貨一枚でパンが一つ買える以上、銅貨一枚でも多く儲けようとするのが開拓者の作法だった。そんな訳で――


「ヘイヘイ、色男ロメオ! こいつは何の冗談だよ、笑えねぇぜ?」


 ケイジは血と機械油の匂いが詰まった解体屋ばらしやのカウンターをがんがんとぶっ叩きながら身を乗り出し、交渉していた。


「ヤンキー、そこの買取表通りだよ。大ネズミは――」

「一匹で銅貨、三十! なのにアンタが出したのは十五! 半額じゃねーかよ」

「損傷が激しい場合は差っ引くって書いてあんだろ? 大ネズミにSG撃ち込むとか……馬鹿かお前は?」


 対応する従業員は酷く迷惑そうだ。巨漢の人間種の男は、先程まで肉の解体でもやっていたのか、全身から湯気と血の匂いを立ち昇らせていた。半袖から覗く太い腕まで這う様にして伸びている呪印は、この男が過っては開拓者だった証だろう。

 荒事上等の開拓者でも下手な衝突を避ける様な相手だが、元の仕事場の雰囲気に当てられたケイジは逆にテンションが上がり、ルーキーにあるまじき値段交渉と洒落込んでいた。


「いやいや、所詮は大ネズミだぜ? 臭くてまんまじゃ食えねぇ。肉はミンチが基本だろ? だったら損傷なんて関係ねぇだろーがよ?」

「弾の入ったハンバーグが食いたいのか? ビビりなお前が大袈裟に大ネズミに撃ち込んだ弾丸を取り出すのに金が掛かるって言ってるんだよ、ルーキー」

「へぇ? つまりは弾抜くのに手間が掛かるから安くなるってことでケー?」

「ケーだ、ケー。分かったらさっさと――」


 あっち行け。

 犬でも追い払うような仕草の従業員。

 それに対し『その言葉を待って居た』と悪い笑顔を浮かべるケイジ。


「ヘイヘイ、だったら良く見てくれよジェントルマン。弾はねぇぜ?」


 トントントン、と人差し指でカウンターを叩く。

 その自信ありげな表情に従業員が大ネズミに目を走らせ――


「……同業か?」

「元だけどな」

「――二十。どっちみち肉が吹き飛んでる。それに本当に入ってないかを確認する手間が掛かるのはお前も知ってるだろ?」

「二十五。損傷はデケぇがよ、碌に見ないで弾丸が入りっぱなしだと判断したのは……ミスター。テメェのミスだ。そうだろ?」

「……二十三、いや、四で行ってやる」

「ヤァ! 良い男っぷりだぜ色男ロメオ!」


 バン、と叩きつける様にして追加された銅貨を掻っ攫って、ケイジは満面の笑顔を浮かべた。






「ケイジとガララのー……はーんせいかぁーい」


 ヴァッヘン中央部に幾つかある開拓者向けの酒場のテーブルの一つに、そんな気の抜けたエールの様な言葉が落ちた。

 ぱちぱちぱち……。

 相方――ガララの拍手もやや控えめだった。


「ま、先に良いことから行こうぜ。大ネズミが銅貨二十四、ARが弾含め銀貨三、ゴブルガンは……俺が欲しいから売らねぇ。まぁ、駆け出しの一日の稼ぎにしたら悪くねぇんじゃねーか?」

「うん。ガララ達は二人だし、ARが高く売れたのは良かった」

「それだけどよ、AR売って良かったのか?」

「盗賊の戦い方には向かない。取り回しを考えるとSMGの方が良い。ケイジの方こそ良かったの? 二発しか撃てないのは大変だとガララは思うよ」

「こっちも蛮賊の戦い方には合わねぇんだよ。正直迷ったが――瞬間火力で勝負するのが蛮賊のスタイルだからな」


 ケイジもガララも初心者講習が終わった記念にギルドから貰った銃火器が今の武器だ。正直、色々言いたいことはある。他の新兵の様に大ネズミを相手にしている分にはこの問題は暫くの間は出てこなかっただろう。

 だが、ゴブリンを相手にするとなると――


「まぁ、コレが反省点一、『火力が足りねぇ』」

「ガララの不意打ちが決まって居れば、二対一と一匹でかなり楽だったんだけど……反省点二『相手の構成確認不足』。動物は、鋭いからな……」


 狩りで分かってたはずなのに、とガララ。盗賊として忍び足スニークを覚えたのが返って慢心に繋がったのだろう。


「んで、次。俺がやらかした『大ネズミSGぶっぱなし事件』。肉の値段も下がるし、ゴブ仕留められねぇし、弾は無駄になるしでアレだった奴だ」

「うん。アレはお互いに言葉が足りなかった」

「反省点三『コミュニケーション不足』」

「あとは……回復薬。直ぐに打てないのはガララ、困る」

「あれなー、ほんとになー、服の上からだと打てないってのはクソだよなー」


 一応、無針アンプルの先端も尖り気味ではあるのだが『皮膚から薬剤を吸収させる』と言う構造上、服を突き破る程の鋭さは無い。

 ケイジの様にまだ服に手を突っ込んで打てる位置なら良かったが、ガララがケガした太もものような場所だと、途端に戦闘中に打ち込むのが難しくなる。ベルトを緩めて、ズボンに手を突っ込むような暇は無い。

 ガララに至っては鱗で覆われているので、更に打ち難いのだ。


「次に造る分からは針で刺すタイプの容器に変えるわ」

「ガララは……余り、注射は好きではない」

「俺もだよ。ま、慣れようぜ」

「そう言えば、二本使ったけどアレの費用は? AR売る時に市場見たら一本で銀貨一枚だったけど……」


 そうなると儲けの半分以上が吹き飛ぶのでは? と、ガララ。


「あぁ、大丈夫。材料と設備のレンタルで、一本当たり銅貨四十枚で造れるぜ。ただ、材料の分量の関係で一度に六本造らねーと割高になるけどよ」

「それなら稼いだ分を直ぐに等分するのでは無くて、パーティ用に先に引いた方が良くない?」

「そうだな。取り敢えず、今回は銀貨一枚引いとくか」

「うん。それで良いよ」


 ――でも、まだ四本あるから今回は補充無しでケー?

 ――ケー。

 二人そろって、エールを一口。


「でも、ケイジ。あのペースで回復薬を消費するのはきつく無い?」

「……反省点四『防御力の不足』」

「『神官クレリックの不在』では無くて?」

「それでも良いな。つーか、それ言ったら基本的に人数足んねーべさ?」

「そうだべな」


 んだんだ。

 訛って、頷きあって、意味も無くケラケラ笑い合うケイジとガララ。アルコールが回り出したらしい。

 適当にツマミを食べながら、その後もあーだ、こーだと話し合う二人。そんな新人を酒場の常連たちは懐かしいモノを見る様な眼で見ていた。


「んじゃ、今直ぐにやれる対策としては『コミュニケーションを密に』『相手をしっかり確認する』辺りで、今後の方針としては各人、武器と防具の更新、それとメンバーの勧誘で……あぁ、いや、新しい技能も覚えねーと駄目だな」

「うん。やることだらけだな」


 そんなことを呟いたガララに隣の席からヤジが飛ぶ。「それが楽しいんだぜ、ルーキー!」。笑いながらのその言葉に、そうかもしれないな、とケイジも笑った。

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