蛮賊(初心者)と盗賊(初心者)

 ヴァッヘンは開拓の最前線――と言う訳ではない。

 集積地であり、境界線ではあるのだが、更に深い所に楔として何点かの砦が造られている。

 そこは腕利きの開拓者や、都市の正規軍が預かっている。

 深くまで潜ればゴブリンだって大きい国の正規兵が投入され、強くなる。そんな場所にケイジ達の様な新兵は必要ない。

 新兵に求められるのは、ヴァッヘン周辺の安全確保が主だ。

 基本的に、人間側の領域であることから変異生物も、暴走機械も脅威度が高いモノは殆ど間引かれており、ゴブリンも権力争いに負けて都落ちしてきたような連中や、原始的な奴等しかいない。

 ヴルツェ街道。

 縄張り的には人とゴブリンのモノであり、大ネズミを始めとした変異生物もでるが、初心者開拓者が始めの狩場とする場所にケイジとガララは居た。

 街道と呼ばれてはいるが、木の根の様に無数に枝分かれして広がるソレは人が利用するモノではなくゴブリンがヴァッヘン周辺に出てくる際に使う獣道の束だ。なので、この道を辿れば規模の大小の違いはあれど、ゴブリンの集落に行き着く。

 無論、ケイジとガララはコレを遡る気は無い。

 ゴブリンは多産だ。正直、一つの家族がいる一軒家を上手く引き当てても、今のケイジ達では逆に狩られる可能性の方が高い。

 だから、狙うのはヴルツェ街道を通るゴブリンの群れだ。

 ケイジ達がゴブリンを狙い目だと判断している様に、ゴブリンの方も新人の開拓者を狙い目としているし、それでなくてもウサギや鹿などを狩ろうとゴブリンはヴルツェ街道をウロウロとしている。

 それを、狙う。

 わざと街道を外れ、草木の中を行く。

 先を盗賊であるガララが行き、その後をなぞる様にケイジが進む。草木に触れて音を出すのを、或いは動かすのを避けるために丁寧に動いているので、疲労の割に中々進まない。

 だが、その時は来る。


『ゴブ2、大ネズミ1。二時方向。……どうする?』


 頭の中に響くガララの声。職業関係なく覚えさせられる通信コール呪文スペルの効果だ。その言葉にケイジは一瞬だけ顔を出し二時方向を確認する。成程、街道の分かれ道で何やら話し合っているゴブリンが二匹見えた。大ネズミはケイジの位置からは見えなかったが、争っている様子が無いと言うことは飼いネズミなのだろう。


「――ゴブの武装は?」

『……良い知らせと、悪い知らせがあるよ』

「悪い知らせから頼まぁ」

『ゴブルガンは良いとして、ARが居る。因みにARの方はガララ達のよりもモノは良さそうだ』

「そうかよ。そんじゃ、良い知らせってのはアレだろ? ――奪えば俺らのモンだ」

『コレだから蛮賊はイケナイ』

「はっはー、盗賊が何か言ってますわー」


 ワルイコ達が楽し気に笑う。


『――では、やる・・で良い?』

「あぁ、して・・やろうぜ」

『うん。先手はガララが行こう』

「頼む」


 それで会話は終わり。

 するすると音も無くガララが進んで行く。やや大回りしてAKゴブの背後から行くつもりなのだろう。

 リザードマンは騎士ナイト盗賊シーフ狩人ハンター錬金術師アルケミストに対する適正が高い。そう言う話はケイジも知っていたが、こうして実例を見せられると納得する。

 盗賊技能の忍び足スニーク。それを使って居るのだろう。柔らかい歩き方は、音が無く、ゆっくりで、速い。「……」。ガララも人格を否定されまくって覚えたらしい。助言者メンターは口の悪さが必須らしい。育ちがよろしい俺には無理だな。ケイジはそんなことを考え、軽く笑った。緊張を解そうとした。失敗した。仕方がないので深呼吸をした。手の中にはダブルバレルのショットガン。近接でばら撒けば恐ろしい殺傷能力を誇るが装弾数はわずかに、二。

 装弾し直す隙があるのか無いのか、造れるのか造れないのか、それが分からない以上、この二発、がケイジの命だ。

 耳を澄ます。草むらに隠れた今の状況、開始の合図はガララの初撃だ。敵までの距離は、十メートル。銃声と共に走り出し、飛び出し、撃ち込む。それがケイジの役割だ。

 神経を研ぎ澄ます。何かあれだ。明鏡止水? そんなだ。どんなだよ。


 音、音が――


『ごめん、バレた』


 ――聞こえたッ!


 クラウチングスタートの姿勢を取っていたケイジの銃身が前へ。転がる様にして地面を蹴――らない。


「…………は? いや、え、はぁ? おまっ、はぁ?」

『ゴブにはバレなかったけど、風上に居たせいか大ネズミにバレた。今、隠れている草むらに警戒しながら奴らが向かってきている。ごめん』

「――オーケイ。オーケイで、オーライで、ついでにファックだ。完全にバレる前に走ってこっち戻れ、俺が待ち伏せからのカウンターかますからよ。それで立て直そうぜ」

『ヤァ』


 ガララの返事。そして間もなく、騒がしくなる。連続する銃声。それはARゴブのものだろう。見据える先の草むらの奥が騒がしい。ガララが引っ張って来ている。『ネズ、ゴブルガン、ARだ』。知ってるよ。ソレだけを内心で返す。ガララが通過する。同時、ケイジが飛び出す。草むらに動き。ナニかが飛び出してくると同時に、引き金を引く。ぢゅぃ! と鳴き声、何かは大ネズミだった。「はぁ!?」銃弾を使わずに仕留められる奴に銃弾を使ってしまったことに驚き。次に「あー……」と納得。そうかガララのアレは追って来てる順番か。ってことは次はゴブルガンか。不意打ちで仕留めないと駄目だった奴が無事なのかよ。


「すまん、ガララ! 俺もミスった! 残りゴブ2、AR頼む!」

「ヤァ」


 もう通信コールは使わないでも声が届く距離だ。ガララはその返事と共に、すっ、と影に潜る様にして再度、移動を開始した。追ってくるAKゴブを襲うつもりなのだろう。そっちはもう、任せる。草むらから一撃が来た。的外れだ。だが、出てこない。来ないならこっちから行く。靴裏で木を、草を踏み抜くような一歩、その一歩が何かを蹴った。ぎゃぃ! 声。ゴブルガンゴブだ。残弾、残り一。ゴブルガンに装弾し直したゴブと目が合う。構える相手よりも、構えているケイジの方が早い。引き金を引く。吐き出された散弾がゴブを食い破――らない!

 呪印の効果だろう。練度にもよるが一定ダメージまでは耐えられるのが呪印の効果だ。それでも全くのノーダメージと言う分けではない。ふらふらと下がり、ゴブルガンを落としている。チャンスだ! チャンスか? いや、微妙だ。だってケイジも弾切れだ。


 ――あぁ、クソがっ!


 言葉に成らない悪態一つ。取り回しの悪い、ダブルバレルショットガンを放り投げる。後ろ腰のベルトに仕込んでおいた握り込み用の鉄棒を右手で握る、左手が落ちたゴブルガンを掴み――「強襲アングリフッ!」声に出す。だって未だ声に出さないと上手く行かないから。背中の呪印が鳴動する。心臓がもう一つ出来上がった様な錯覚。脈打つたびに、血ではなく、力が手足に供給される。そんなイメージ。

 呪文スペルによる身体強化からの、近接連撃ラッシュ。それが強襲アングリフだ。

 体に無理をさせる。全力で一気に襲い掛かる。後のことなど知るかと言う限界突破。

 ケイジが加速する。ゴブの足を踏み、ヘッドバット。鉢がねでゴブの額を割る。右手の拳で腹を撃ち、のけぞるゴブを無理矢理俯かせ、その顔に左のゴブルガンのグリップを叩きつける。右手で抱き着く様にしながら左での肝臓打ちキドニーブローっぽいモノ。がすがすと、肝臓らへんをグリップで殴りつける「――ッ、のぁ!」。肩を思いっきり噛まれた。痛い。呪印のガードが一瞬で破られるとか卑怯臭い。右で無理矢理突き飛ばす様にして引き離し、そのまま再度、肩を掴んで引き寄せ――ヘッドバット。

 くらん、と酩酊した様に頭を振るゴブリン。その口の中に、ゴブルガンを突っ込んで引き金を引いた。

 頭が弾けるゴブリン。


「だぁっしゃー!」


 それを見て雄叫び、両手を上げての『アイアムチャンピオーン!』。

 因みに特に意味はない。

 さっさとガララを助けに行くのが、ケイジの今のやるべきことだ。

 だが、噛まれた肩が地味に痛い。ケイジは回復薬を取り出し、肩に刺し、刺し、刺――


「……うわ、マジか。刺さんねぇ」


 服が邪魔だ。仕方がないので、首の所から手を突っ込んで、刺した。ヒール程の速度で治りはしないが、傷口がふさがり、動くのに支障は無くなった。

 ぐりん、と調子を確かめる様に腕を一回転。放り投げたショットガンを拾い、装弾を。それから走り出した。

 ARゴブは街道の真ん中に立ち、草むらに向けて乱射していた。

 良い感じに頭に血が上っている。

 それに、ゴブリンの小柄な身体では衝撃を殺し切れておらず、狙いも雑だ。とてもではないが、ガララを仕留めるのは無理だろう。


 ――上手ぇな。


 恐らくガララがあの位置に置いて、自分は隠れたのだろう。その証拠に、時折、ARゴブが狙う草むらからSMGが撃ち込まれている。その狙いは荒い。だが、既に、呪印の防壁は無い。出血していた。


「ガララ」

『雄叫びが聞こえたから、そろそろだと思った。何秒後?』


 通信コールで呼び出せば通信コールで答えが返って来た。


「もう背後にいる」

『では、ガララの射撃の終わりに合わせてくれ』

「オーライ。残った仕事は締めだ、クールに行こうぜ」

『ヤァ』


 ARゴブが撃つ。ガララが撃って注意を引く。その射撃の終わりに合わせて『今ッ!』背中を押すガララの声にケイジが飛び出す。

 びくっ! と固まるARゴブ。ARを傷物にしたくねぇな。そんな欲から、少し狙いをずらして引き金を引いたARゴブの横っ腹に当たる。これで――


「ッ! 逃げるのかよ!」


 ――っーか、何で走れんだよ! しかも微妙に速ぇし!


 あぁ、でもそうか、鹿ですら心臓撃ち抜いたくらいで止まらねぇんだから、それ位は出来るのかもしれない。だが逃がす気は無い。いや、別に逃がしても良いけど、ARは置いてって欲しい。

 幸いにも傷を負ったゴブよりはケイジの方が早かった。射程に捉えなおし、足を撃つ。集弾率が悪戯をして、ゴブの片足が吹き飛んだ。流石にもう走れない。それでも逃げようと、地を這う。「……」。変な情けを掛けても仕方がないので、ケイジは背後からその頭を吹き飛ばした。


「……クリア」

『同じく、クリア』


 言いながら、ガララが草むらから足を引きずりながら出て来た。ガララも呪印の防御を抜けて撃たれたらしい。


「――ま、アレだな。治せばまだ続けられそうだけどよ……」

「戻って反省会をするべきだ」

「ヘイヘーイ、ガララ。やっぱり俺達は仲良しだ」

「……では?」

「俺もそう思う。適当に金になりそうなモン回収したら死体草むらにブン投げて帰ろうぜ」

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