呪印

 ソレは魂に彫り込む呪いである。

 だが、その呪いはイキモノに様々な恩恵を与える。

 銃弾を叩き込まれても死なないだけの生命力。呪文スペルを紋様として刻むことにより、超常を、奇跡を起こすことを許す。

 つまりソレは開拓者をやる上で必須のモノだった。

 一人一人で違う模様。

 職業によっても違う模様。

 開拓者が、そして亜人が背に刻むソレこそが――呪印。

 刻んだが最後、五年以内に完成させなければ死に至る呪いだ。


「……って言われてもなぁー」


 ブラック・バック・ストリートの一角を歩きながら、ケイジは何とも言えずに頭を掻く。

 蛮賊バンデットギルドの一週間の初回講習を終えて、駆け出し蛮賊になった記念に――と、キティから送られた迷彩柄の野戦服と鉢がねを身に着け、中古のショットガンを背負ったケイジは目つきの悪さと、中古の野戦服の良い感じの汚れ具合から歴戦の開拓者に見えなくも無いが、その実は一度の実戦経験も無い新兵であり、後ろ盾も金も無い二等市民だ。

 つまりは五年所か、明日だって分からない。

 だからだろう。五年後に死ぬと言われても余り恐怖は無い。

 なので、呪印を背に彫るのに左程抵抗は無かった。

 赤を主体に、描かれたのは『鬼の髑髏』。それが蛮賊としてのケイジの背に彫られた呪印のメインだった。角が生えた赤い髑髏の周りに様々な紋様を彫り続け、五年以内に完成させなければ――ケイジは死ぬ。

 だが、まぁ、開拓者は一年もてばベテランと言われるらしいので、正直、その前に死ぬ可能性の方が高かった。

 一応、一週間の間、ケイジはマスターキティに扱かれた。

 本人の言っていた『とびっきりの助言者メンター』という言葉に嘘は無かったようで、ケイジは一週間で何度か『死にかけながらも、絶対に死なない』ラインで徹底的に鍛えられた。

 そうして覚えたのは錬金術師アルケミストと共通の回復薬のレシピと、蛮賊バンデットギルドのオリジナルである強襲アングリフの二つだけだ。レシピは精々が施設の使い方の講習を兼ねた一回だけで終わったので、実質、ケイジはこの一週間、只管に強襲アングリフを学んでいたと言う分けだ。

 もう、正直、蛮賊バンデットになりに来たのか、強襲者アングリフマンになりに来たのが分からない位に強襲アングリフ強襲アングリフしていた。


「……」


 色々と辛かった。正直、途中で抜け出そうと思ったのが五回、キティを殺そうと思ったのが十五回、そして実行に移したのが三回だ。

 だが、呪印を完成させているキティは生命力も、そもそも扱う技術も段違いだ。覚えたてのケイジの強襲アングリフを喰らっても鼻歌交じりに全部捌かれ、地面とキスをさせられた。

 技能スキル呪文スペルも覚えただけでは使い物にならない。ソレは型であり、その型は個人に合わせられたモノでは無いからだ。

 これからの実戦でケイジは覚えた蛮賊の技術を磨いて行かなければならない。

 技術は使えば使うほど、身体に馴染む。そうして馴染ませないと次の呪印が彫れないし、技術の練度が低ければ開拓者を続けていくことはできない。

 呪印を完成させる為。

 開拓者として生き残る為。

 二つの理由でケイジは蛮賊として『強く』ならなければいけないと言う分けだ。






「んで、これからどうするよ?」

「駆け出しは大ネズミ、ゴブリン、泥蛇どろへび、この辺りを狙うらしい」


 相も変わらず、ニンニクの匂いが強かった。

 その暴力的な匂いが忘れられなかった――わけではないが、ケイジとガララは前回利用した港区の人足向けの食堂に来ていた。今更ながら名前は『魚介所ベッソ』と言うらしい。ベッソがおっさんの名前かな? そんなことを考えながら、ケイジは素揚げのエビを齧った。髭が偶に反逆の様に突き刺さるが、強い塩味が癖になり手が止まらない。

 前回はチケットで払ったが、開拓者になった今のケイジ達にはヴァッヘンから銀貨三枚を借りることが出来る様になったので、今回はしっかりと現金で支払った。

 占めて銅貨で五枚。まぁ、一食としては安めの部類だ。それでもエールの泡もしっとりとしていて、炭酸も抜けていない。美味い。


「大ネズミは食用、ゴブリンは持ち物狙い、泥蛇は――なぁ、泥蛇ってのは、デカい蛇の変異生物ってことか? 何が売れんだ?」

「む。ケイジも知らないのか……ガララも知らないのだ。見たことが無い」

「……この辺固有の種つーわけか。まぁ、蛇だろ」

「うん。蛇だろうな」


 カレー粉無いと食べる気しねぇ。そんな結論。

 何の確認にもなって居ないが、取り敢えず『何か』を確認したつもりになって、二人は頷きあった。


「まぁ、先ずはヤった経験があるゴブとネズミ狙いで行こうぜ。……で。ガララ、テメェ、何覚えて来たんだ?」


 ケイジが蛮賊になったように、ガララは盗賊になっていた。暗黒騎士も考えたが、現状の二人構成では二人とも遊撃を担当した方が良いと言う結論に達したからだ。

 新人のユニフォームなのか、ケイジと同じ様な野戦服は、それでも盗賊仕様なのか、フードが付いていた。銃はケイジのショットガンとは違い、連射能力で勝負するサブマシンガンを持って居た。

 余談だが、ガララの背中に刻まれた呪印は『影に沈む赤い目のリーザドマン』だ。

 合流して早々、お互いの呪印を見せびらかし合う若い男二人は中々に奇異な目で見られたが、ケイジもガララも余り気にしていない。何故か妙齢の御婦人から「ありがとう……っ」と万感のお礼を言われて銀貨一枚貰ったので、ラッキーだとすら思って居る。


「ガララは鍵開けピッキング忍び足スニークだ」

忍び足スニークは兎も角、鍵開けピッキングって何に使うんだ?」

「ゴブなどは集落に宝箱を隠しているらしい」

「成程。……因みに俺は回復薬のレシピと強襲アングリフだ」


 言いながら、造っておいた回復薬をガララに向かって転がす。六本造ったので、三本だ。血の様に赤いソレは無針アンプルを傷口付近に突き刺すことで使用できる。

 今のケイジの練度では市販品の方が効果が高いが、値段は大分安く抑えられている。今回に限っては初回講習の内と言うことで、全額師匠であるキティが出しているので、タダだった。


「……コレ、本当に大丈夫?」

「……実験したネズミは治ってたな」

「――」


 ガララが何かを言いたそうだったが、何も言わなかったので、ケイジは無視をすることにした。

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