単に闇をぶん殴っただけの話
@Tack_
単に闇をぶん殴っただけの話
黒百合の呪いは、世界を覆ってしまおうとしていた。
私は、平和な、でもどこか憂鬱な日常のなかで、山の中腹にある自分の家を通り過ぎて、尚緩やかな坂を登り続け、道を右に曲がっていった。そしてその上り坂の途中に、街灯と月にだけ照らされた、白い息をばかり眺めて突っ立っていた。
そこに、見知った顔の大人たち、子供たちが坂の下の方から、死に物狂いというような顔をして走ってきた。続けてやってきたのは、全身を黒い布で覆った女の子。(その服装は、お洒落を感じられるゴシック調とも言えたのかも知れないが、生憎私には、それを理解できるだけの余裕も、衣服についての知識も無かった。)身長から考えるに、あの女の子は10歳くらいだったか。私もあの女の子から逃げなければならない、そう直感した。だから私も、坂道を死に物狂いで駆け上がり始めた。
私は足を動かし初めて3秒も経たない内に他の知り合いたちに追い抜かれ、女の子のターゲットとなった。
女の子は私に抱きつくようにして私を押し倒し、私の背中の上で灰色の顔に可愛げな笑顔を浮かべた。その笑顔は嬉しそうだったのに、悲しそうだった。
ぐにゅ、とでも書けようか、どう書いてよいか分からない鈍い音が聞こえたと同時に、目の前が真っ暗になった。
自分でも目を閉じている感覚はあったが、目を開けても真っ暗かも知れないと思って、怖くて目を開けられなかった。手も動かす気にならなかった。…それから、寒かった。
次の瞬間、私はさっきの坂道に面している知り合いの家の中にいた。インターホンが鳴ったので、(他人の家なのに)私が出た。扉を開けると、さっきの女の子と同じ格好──但し、全体的に少し服が縒れている──をした、50歳前後の女性と、同じ格好をした男の子(こちらはおそらくさっきの女の子と同じくらいの歳)が居た。私はそれを見て、すぐさま扉を閉めて後ろを向いて走り出し、家の中にいるはずの知り合いに逃げろと警告しようとしたが、大人の方が異常な速さで私に近づいてきて、後ろから私の首に腕を回して、私に体を寄せつつ、手を私の胸に置いた。そうしてまた、ぐにゅ、という変な音が聞こえたと思うと、目の前が真っ暗になった。
目を開けてみるとやっぱり真っ暗だったので、目が開いているのか閉じているのか、正直よく分からなかったが、まあ、多分開いていた。手足を動かそうとしてみて分かったが、どうやら私は立っていなかった。何も掴めないし、何も見えない。…それから、寒い。冷たい。自分の体も冷たい。
……生きてたら温かいものじゃなかったっけ。ああ、生き物の温かさが欲しい。血の流れが欲しい…………
あぁ。そうか。分かった。これが…
黒百合の呪いか。
因みに、今名づけた。
次の瞬間、私はまたさっきの坂道に。私にはまだ呪いが、少なくも残っていた。今度は高校生くらいの少女が、坂を少し登ったところで倒れていた。服装は、見慣れないが、多分高校の制服。でもこの少女も、恐らくは黒百合の呪いにアテられていた。少女の顔は灰色だったから、きっとそうだ。少女はゆっくりと立ち上がろうとする。この動作の途中から、私のすることは、私の中では決まっていた。
私は少女の方へ全力で駆けて行って、最後の一歩でブレーキをかけ、少女を正面から抱き締める。
私は、多分攻撃されたということもなく、変な音も聞こえなかったが、目の前が真っ暗になった。
その時私はふと、思う。私はこの「暗闇」を観測することに、3度も成功している。視界が明瞭になって、私には視界を覆っていた「闇」が見えた。私は「闇」を踏みつけ、「闇」に全方位を囲まれて、立っていた。私は、鍛えてもいない弱々しい拳を、目の前の闇の概念そのものに一発ぶち込んでやった。
ダメージを与えたかどうかは分からないが、私は確かに一発、日頃の鬱憤を込めてあの闇をぶん殴ってやったのだ。
単に闇をぶん殴っただけの話 @Tack_
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