第3話 ファンタジー? お断りします

 そんなこんなで、顔の良い男に誘拐されたリーマンが、俺です。


 情けないわ、悲しいわ、降り立った地面が完全にファンタジー空間だったわ、当然圏外だわで、俺は相当荒れた。道行くファンタジー世界の人たちがどん引きするくらい荒れた。

 俺より背の高い優男の肩を叩きながら、仕事がどうの、取引き先がどうの、引継ぎだってしてねーんだぞと泣きじゃくりながら荒れた。


 相当な恐怖心と極度の混乱から、発狂ロールを決めていたようだ。冷静になった今、物凄く恥ずかしく思う。優男には落ち着いたあとで謝っておいた。



 さて、そんなわけで俺の周りには、6人の顔の良い男がいる。奇しくも俺がガチャで引き当てたキャラクターと全く同じ彼等は、何故だか俺のことを主呼ばわりして敬ってくる。正直に言って、非常にこわい。

 ソシャゲの自由なプレイヤー名に合わせた共通語なのだろうけれど、俺は勇者になった覚えも、姫になった覚えもない。お前らの雇い主じゃないんだ。散れ。


「主くん、またそんな捻くれたこと言ってるの?」

「うるっせ。俺はお前らの顔の良さを活用して、一山当てようとしてんだよ」

「具体的に?」

「ホストクラブ」


 俺の膝でごろごろしているのは、俺が女の子だと一縷の望みをかけて開いた、身長178センチの男だ。何が楽しいのか、しょっちゅう膝枕を求められる。断っても言い包められて敗北したため、最早諦めている。

 ルーカスという名の彼が、ふうんと唸った。


「どんなことするの?」

「主に女性客をターゲットに、酒と会話で持て成して貢がせる」

「おれ、主くん以外には媚びないよ~?」

「うるっせ。いい加減下りろ。痺れる」


 俺の不機嫌な声に、不貞腐れながらルーカスが起き上がる。長い髪をぼさぼさしている彼と俺の間に、ひとりの小柄が割り込んだ。


「あるじさま! お絵かきですか?」

「うんにゃ。企画立案書」

「へー……よくわかりませんけど、お手伝いします!」

「あー、うん、……ノアはいい、かな。教育に悪いし」


 ノアと呼んだ黒髪の彼は、あざとい感じの美少年だ。言葉を濁した俺に、ノアが大きな目を丸くする。即座に潤んだそれに、反射的に咳払いをしてしまった。


「ぼくは、お役に立てませんか……?」

「えーっと、……ノアは俺と留守番していよう」

「そういうことでしたら、是非!!」

「はー? ルーカスくん納得出来ないんですけどぉー? 主くんはもっと危機感を養うべきだとおもいまーす」


 にっこり、満面の笑顔を見せたノアに反して、半眼で体感温度を下げだしたルーカスが文句を口にする。何が危機感だ。いたいけな少年の方が危ないだろう。俺は立派な成人男性だ!


「どうしたの? また主の取り合いかな?」


 ひょこりと顔を覗かせた好青年が、ひまわりのような笑みを見せる。ロビン、名前を呼ぶと、やわりと目許が緩んだ。


「お前、給仕とか得意そうだよな」

「主、飲みものをご所望かな?」

「そのくらい自分でする。喋りも物腰もオッケーだもんな。お前は良物件だなあ」

「ありがとうございます??」

「あるじさま、ノアは?」

「そのままピュアでいてくれ」

「わかりました!」


 きょときょと疑問符を飛ばすロビンが、困ったような笑顔でこちらを見下ろす。ノアはルーカスを下ろしたばかりの膝に座り出し、先ほどまでそこを占拠していた男が不機嫌そうに舌打ちした。


「また訳のわからんことを考えているのか、貴様は」

「ジル先生、性格アレですけど顔腹立つほどいいんで、こっちっすね」

「私と話をするときは、顔を見るように」


 企画書から離さなかった視線が、無理矢理顎を持ち上げられたことにより、引き剥がされる。目の前にいた驚くほど端整な顔立ちに、やっぱり腹立つと半眼になった。ノアが静かに殺気を放つ中、皮肉気に笑ったジルが顔をこちらへ近付ける。


「お前が呼んだことに、わざわざ出向いてあげたんだ。その顔は何だね?」

「へーへー。失礼しました」

「全く、気に食わない子だ」


 ぱっと離された手により、上向きだった顔が解放される。伸ばされた喉を擦りながら、愉快げな顔をじと目で睨んだ。


「本当、性格悪いっすよね」

「そこにいる奴等も、充分捻くれているがな」

「ジル、喧嘩なら買うよ?」


 ルーカスが口火を切り、ロビンが笑顔で圧をかける。ノアは変わらず殺気を飛ばしていた。……何でこいつら、こんなに仲が悪いんだ。


「主君、こちらにいらっしゃいましたか……あなた方は、主君の前で、何をなさっているのですか?」


 俺を見つけた声は明るかったはずなのに、辺りの様子にレオンハルトの声が剣呑に変わってしまう。舌打ちしたジルが他所へ行き、ころっと殺気をしまったノアが俺に抱き着いた。……お前等、変わり身早いな。


「なあ、レオンハルト。ここにホストクラブ建てるから、その顔活かしてきてくれ」

「ええっと……よくはわかりませんが、定住なさると仰るのでしたら、主君の体質では難しいかと存じます」

「……あー」


 困惑したようなレオンハルトの微笑みに、ここへ来ることになった切っ掛けを思い返した。

 そうだった。あの黒いのに何でか知らないが、俺は狙われているんだった。……こんな平凡な成人男性を狙って、何が楽しいんだよ……。


「はあああ? じゃあお前等、その作画コストの高い顔を無為に使うってのか? 無駄遣いか!?」

「ええっと!? も、申し訳ございません??」

「くそ、定住出来ないばかりに、固定客を掴めない……! 他に何かないか!?」

「主くん、どうしてそんなに必死なの?」


 不思議そうなルーカスを含めた、他三人の顔を見回す。より取り見取り、別方面に整った造形に、バインダーに挟んだ紙を握り潰した。


「うるっせーわ! お前等みたいな顔のキラキラキラキラした連中に四六時中取り囲まれてる、平凡なサラリーマンの気持ち考えたことあるのかよ!?」

「何を騒いでいる、主。飯が出来たぞ」

「食べる……」

「主君……」


 背後から顔を覗かせた、切れ長の目をした体格も顔も良い男が、家庭科室にありそうなエプロンをつけて俺を呼ぶ。

 キサラギという名の彼は、ファンタジーの和食文化圏の人らしく、社食ではない久しぶりの温かな手料理に、俺は敗北していた。独り身にあったかい肉じゃがは中毒だろう!!

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脇役なんかいないというけれど、こんな主人公はお断りだ ちとせ @hizanoue

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