第111話カワイイ俺のカワイイ追求④

(……俺が千佳ちゃんの育成に入れ込みすぎて、勝負の優劣に影響が出るんじゃないかと心配している?)


 拓さんはコウのことを気に入っていた。仲の良い時成が目をかけているのも、察しているだろう。

 勝負の件を知ったなら、拓さんはコウの勝利を願うに違いない。コウのためにも、時成のためにも。


(……それでか)


 付き合いの長い俊哉や時成は、俺の性質を理解し、勝負については公平性を保つ人間だと信用してくれているだろうが、拓さんは違う。

 俺が千佳ちゃんに肩入れしすぎるのではと疑念を抱くのは、自然だ。


「……拓さんもお気づきの通り、彼女はもっと結果を出せるだけの力を持っている子です。持前の容姿と雰囲気だけの話じゃなくて、接客での気配りも細やかだし、努力も惜しまない。なんといっても、目的を達成するためには悪役になることも辞さない、意志の強さがある。……彼女のそうした可能性に気づけば気づくほど、放っておけなくて、アドバイザーとして名乗り出たんです」


 けれど。

 俺は背筋をしっかり伸ばして、


「コウは、大切な仲間です。せっかく見つけた居場所を守ってあげたい。ですから誓って、千佳ちゃんを勝たせようと必要以上に手を回すことは――」

「それだよ」

「え?」

「あしげくあの子の店に通い詰めているのも、頻繁に連絡を交わしているのも、"アドバイザーとして"あの子の可能性を伸ばしたいが為だけ?」

「……あの、拓さん」


 重ねられた追及に、俺は困惑を深めて、


「その質問で、いったい何を判断しようとしているんですか? 拓さんは……何を疑っているんですか」

「……疑っている、か。相変わらず、オレ相手には察しがいいね」


 苦笑交じりに肩を竦めた拓さんは、「うん。ここまでしたら、まあいいか」と上体を背もたれに預け、、


「オレとユウちゃんの仲だし、回りくどいことは止めよう。オレが知りたいのは、ユウちゃんがあの子に特別な感情を……恋心を抱いてないかどうかだよ」

「…………はい?」


 しまった。つい、素の声が出てしまった。

 いやでも仕方ないだろう。だって……は? 千佳ちゃんに恋心?

 誰が? 俺が?


(遊ばれてる……ってわけじゃない、のか)


 前方から向けられる顔は真剣そのもので、拓さんのこうした表情はなんとも珍しい……じゃなくて、やっぱり、冗談を飛ばしている雰囲気はない。


「……僕、カイさんとお付き合いしているんですけど」

「もちろん知ってるよ。けれどそれはあくまでそういう"口頭契約を交わした"ってだけで、契約が破棄されるまでお互いだけだっていう証明にはならない。人ってのは常に変わっていく生き物だし、周囲や環境が変わればなおさらね。まあホラ、良くも悪くも、心ってのは自由なモノだからさ。上っ面と心がちぐはぐなんて、よくあることだし」


 ユウちゃんならわかるでしょ、とでも言いたげな笑みに、俺は思わず押し黙る。

 そうだ。心ってのは、移ろうものだ。

 例え"恋人"という称号を得ていようと、永遠にその心が自分だけに向いていると保証されたわけでは――。


「だからね、ユウちゃん」


 拓さんの声が、淀みかけた思考を強制的に引き上げる。


「もし、ユウちゃんがあの子に"特別"を抱いたとしても、なにもおかしいことはないよ。ただ、ね。そーゆーのは、早い方がいいからさ」

「…………」


 拓さんは、どうして俺の心変わりを疑ったのだろう。

 俺が千佳ちゃんの店に出入りしていたから? 俺が、彼女と連絡を取り合っていたから?

 もし、本当にそれが"心変わり"の予兆なら、つまりカイさんは――。


「……ありませんよ」


 丁寧に置いたナイフとフォークが、店内の照明を鈍く反射する。


「確かに千佳ちゃんには、惹かれました。だからこそ、放っておけないと口を出したんです。けれどそれは、恋とか……それこそ、カイさんに抱く感情とは全然違くて、コウやあいらに感じるものと一緒です。拓さんにとっての、カイさんのような存在って言ったら伝わりやすいですかね」

「……オレがカイに"恋心"を抱いていた場合、その例えじゃ白も黒になるわけだけど?」

「またそうやって……茶化さないでください。それこそ僕と拓さんの仲ですから、わかりますよ。拓さんはカイさんを大切にされてますけど、恋とか、それこそ僕みたいな感情は抱いてないってことくらい」


 呆れ顔を向けた俺に、拓さんは慎重ながらもどこか満足げに双眸を細めた。

 この胸を割いて、直接"本当"を確かめてもらうことは出来ない。となると後はもう、拓さんが納得するまで付き合うしかないだろう。

 ヘタに疑惑を残して、カイさんにあらぬ告げ口をされるのは嫌だ。

 どうぞ何でも聞いてくれと言わんばかの心地で次の質問を待っていると、拓さんは精査を終えたのか、瞼を伏せて口角を釣り上げた。


「……ま、オレからすれば、予想通りだけどね」


 "オレからすれば"?

 つまりこれは……初めから、かまをかけられていたってことか?

 俺の不服を悟ったのだろう。拓さんは「ごめんね、ユウちゃん」と苦笑交じりに片手を上げてから、俺に食事を進めるよう促す。


「こんだけ質問攻めしておいてなんだけど、そんなことだろうとは思ってたんだよね。ユウちゃんが原石を放っておけない性格なのも、世話焼きなのもわかってたしさ」

「……だったら、何もこんな手の込んだ"事情聴取"をしなくたって、もっと普通に聞いてくれれば良かったじゃないですか」

「いやあ、ホラ。万が一って可能性も潰さないといけなかったし、なにより、ユウちゃんの"本当"を知りたいってのに嘘はないしね」

「?」


 未だ含みのある物言いに、首を傾げる。そんな俺に拓さんは「うんうん、やっぱりユウちゃんはカワイイね」と上機嫌にコーヒーを楽しんでから、


「悩み事、あるでしょ。カイ関連でさ」

「!」

「あいらちゃんがさ、心配してたよ。ほーんとユウちゃんは愛されてるよね」

「……あいらは、なんて」

「ん? あーいや、詳しい話はしてくれなかったんだよね。今回の『呼び出し大作戦』の相談した時にさ、ユウちゃんが行き詰ってるみたいだから、ついでに相談に乗ってやってくれって頼まれただけ。ああ、そういえば……ユウちゃんは放っておくと、一人でドツボにハマるタイプだってのは言ってたかな」

「…………」


 反論、したいが、その通り過ぎて認めざるを得ない。

 さすがは頼もしい後輩サマと言うべきか……もはや感謝を通り越して、申し訳ないというか。


(……ここまでお膳立てしてもらっておいて、"何もありません"とは言えないな)


 せっかくもらった機会だ。いい加減、俺も向き合うべきなのだろう。

 腹をくくった俺は、背を正し、


「カイさん、なんですけど」

「うん」

「……最近、なんか、変わりました?」

「……ふっ」


 拓さんが小さく噴き出す。

 え? このタイミングで? と非難の目を遣ると、


「ごめんごめん。ユウちゃんにしては随分とアバウトな質問だったからさ。こりゃ本当に、かなり行き詰ってるみたいだね」

「…………」

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