第110話カワイイ俺のカワイイ追求③

「好きなモン頼んでいいよ。オレの奢り」

「え、そんな大丈夫です」

「いそがしーいユウちゃんを捕まえる為とはいえ、結構強引なコトしちゃったからね。そのお詫びもかねて」

「……」


 なるほど、繋がった。

 一連の騒動の主犯は、拓さんか。


「……そういうことなら、遠慮なく」


 贖罪だというのなら、ありがたく奢ってもらおう。気を変えた俺はメニュー表へと視線を落とし、吟味を始める。

 と、俯いた俺の顔を覗き込むようにして、


「怒った?」

「……怒ってませんよ」

「ほんとに?」

「ほんとです」

「ん、なら良かった」

「っ」


 ふっ、と嬉し気に緩んだ顔が随分と甘くて、突然の不意打ちにうっかり心臓がドキリと跳ねた。

 そうだ、そうだった。

 普段の言動が軽すぎて忘れていたが、この人だって、あの店で上位に君臨し続けている人気ギャルソンだった。


「あ、ユウちゃん今ちょっとオレにときめいたでしょ!」

「ち、違います!」

「えー、結構自信あったんだけどなー。評判いいのよ? この顔」


 拓さんが不満に唇を尖らせた矢先、「はーい、お冷お待たせ!」と明るい声が俺達の間を切り裂いた。


「ありがとうございます、早織さん」


 見上げた俺に、彼女は「注文、決まった?」とオーダー用紙を手にする。


「ひっどいなー、早織ちゃん。せっかく今ユウちゃんをイイ感じに口説いてたのに」

「ありゃ、それは失礼しました」

「またまたー! 白々しいなあーもう。ワザとのくせに」


(……知り合い、だったのか)


 軽快なやり取りに漂う親密さ。

 まあ、プレゼントの件といい、拓さんはカイさんとプライベートでも仲が良いようだし、早織さんと顔見知りでもおかしくはない。


「さぁて、ユウちゃん。そんなことより、オーダーどうする?」

「じゃあ……イチゴのワッフルと、ホットのダージリンティーをお願いできますか」

「ユウちゃんがワッフル頼むの、いつぶりかしら! 了解ー! ちょっと待っててね」


 サラサラと用紙にペンを走らせた早織さんは、銀色のペンを胸ポケットに挟みクルリと踵を返した。

 その背を見送りながら、俺は食べきれるかな……とこっそりお腹を片手でさする。

 ついさっき千佳ちゃんの店でクレープシュゼットを食べてきたばっかりだというのに、奢りと聞いたら思わず欲が出てしまった。


(まあ、時間あいたし、無理そうだったら一枚拓さんにあげればいいか……)


 拓さんの前には、まだほとんど減っていないアイスコーヒーのグラスだけが置かれている。

 ガラスの表面には、うっすらとした水滴。運ばれてきてから、そう長くは経っていないようだ。


「……それで、強引だってわかっている手を使ってまで呼び出して、いったいどうしたんですか」

「んー? いやー、最近ユウちゃん、全然店に顔出してくれないし、オレもそっち行けてないしさー。そろそろ会いたいなーって」

「はいはい、そーゆーのはいいですから」


 以前カイさんから、拓さんはあの店の運営にも携わっていると聞いたことがある。

 拓さんだって忙しい身の筈だ。それでも荒業を使ってまで、俺と話す必要があったのだ。

 この人がそこまでするというと……おそらく、カイさん絡みの案件だろう。


「冷たいなー。何割かは本気なんだよ?」


 いけしゃあしゃあと言う口元は、愉し気に吊り上がっている。

 いい加減遊んでないで、早く本題に入ってくれ。そう急かす意図を込めた双眸を向けると、拓さんは観念したように両手を上げた。

「……そうだね」と呟いて、緩慢な仕草で頬杖をつく。


「新しいお弟子ちゃん、随分と可愛がってるみたいだけど、そんなに気に入った?」


 ……カイさんの話、じゃないのか。

 肩透かしを食らいつつも、俺は即座に思考を切り替えて、


「コウですか? あーでも、最近は僕よりもあいらの方が熱心に……」

「いやいや、違うよユウちゃん。あの守ってあげたくなるような天然素材の彼じゃなくて……愛らしいリスみたいな、ちょっと愛の強い"彼女"のほう」

「!」


 千佳ちゃんのことだ。

 カイさんから聞いたのか、時成から聞いたのか。正直そこは、どちらでもいい。

 俺が驚いたのは、拓さんが千佳ちゃんを"リスみたいな"と称したことだ。

 だって俺はカイさんに一度も、千佳ちゃんの容姿について話したことがない。時成が千佳ちゃんを"リスみたいだ"と言っているのも、聞いたことがない。

 ……つまり。


(――会いに行ったのか)


 拓さんが?

 どうして。何のために?


「――はい、おまちどーさま! イチゴのワッフルにダージリンティーです!」

「っ、早織さん」


 不意を突かれたように顔を上げた俺の対面で、コロッと表情を変えた拓さんが「わー、すっごい美味しそうな匂い!」と声を弾ませる。


「いつでも追加注文してくれていいわよー! あ、ユウちゃん。こっそりソース多めにしておいたからね。じゃあ、ごゆっくり!」


 去り行く早織さんにひらひらと手を振った拓さんが、「ワッフルならナイフとフォークかな。はい、ユウちゃんどーぞ」とカトラリーを取り出して、差し出してくれる。

 ……なんだかこれも、懐かしい。

 向けられた"いつも通り"の軽薄な笑みに不信感を滲ませながら「……ありがとうございます」と受け取ると、拓さんは苦笑交じりに「……そんなに警戒しないでよ」と肩を竦めた。


「のえるちゃんだっけ。いいね、あの子。ユウちゃんが伸ばしてあげたくなるのも、よく分かるよ」

「……彼女のことは、あいらから? それとも、カイさんですか」

「んー? そうだなあ……それはまだ、ヒミツ」

「ヒミツ?」


 別に、勝負の件は他言無用というわけでもない。ただ誰も、特別他に告げていないだけだ。

 話の出所に、そんなに重要性があるとは思えないが……。

 眉に怪訝を刻んだ俺に、拓さんが人差し指を立て悪戯っぽく笑む。


「そ。まだ、ヒミツ」

「…………」


 繰り返される『まだ』の言葉から察するに、教えてくれる気はあるらしい。が、今は伏せておかなければ都合が悪いのだろう。

 ワッフルにナイフを入れながら「……わかりました」と嘆息して、ならばと次の疑問をぶつける。


「こうして僕を呼んだのは、"のえる"の情報を引き出す為ですか? 先に言っておきますけど、彼女を引き抜こうと考えているのなら、簡単にはいかないと思いますよ。俺も、協力する気はありません」

「さっすがユウちゃん、情に厚いね。忠告ありがとう。けどね、オレが知りたいのはあの子のことじゃなくってさ」


 すっと細まった双眸が、真っすぐに俺を貫く。

 拓さんさんはトントンと、人差し指で自身の胸元をつつきながら、


「ユウちゃんの、"本当"が知りたいんだよね」

「……? どういう、ことですか」

「言葉の通りだよ。こうしてユウちゃんの意志を無視して無理やり拘束したのも、どうしても"真実"を知る必要があったからってコト。……さて、ユウちゃん。そろそろオレの質問にも答えてもらっていいかな?」


 質問? と首を傾げた俺に、拓さんは両肘を机につき、


「あの子、そんなに気に入った?」


 にっこりと。圧をかけた笑みに、俺はますます眉根を寄せる。

 まるで尋問だ。けれども知りたいと言ったのは俺の本音で、問われたのは、千佳ちゃんへの好意。

 ……好意?

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