続編第八章 カワイイ俺のカワイイ追求
第108話カワイイ俺のカワイイ追求①
時成の突拍子のなさは、今に始まったことじゃない。
付き合いの長さからすっかり慣れている……つもりだったのだが、さすがにここまで思い切ってくるとは思わなかった。
勝手知ったるバックヤード。
目の前には本来いる筈のない、コウの姿。しかも店のメイド服をきちんと纏い、メイクもバッチリの"勤務前"の状態だ。
その横で得意げに胸を張っているのは、俺の驚愕の元凶である時成。こちらもバッチリ、"あいら"の姿である。
「という訳でー、今日の先輩のシフト帯はコウのモノなのでー」
「待て。なにが"という訳"だ。俺は全然納得してないぞ!」
「す、すみませんユウ先輩……っ!」
「コウが謝る必要はないだろ。仕組んだのは時成なんだから」
「仕組んだなんて、人聞きが悪いですねー。おれはただ、ユウちゃん先輩とコウの為を思って連絡しただけですー」
時成が言うには、こうだ。
コウと千佳ちゃんの勝負の決着日は明後日。人気ランキングには、当然、チェキなどの個人売り上げも反映される。
だからバイトに入れるだけ、入った方がいい、と。
理屈はまあ……わかる。けれども。
「だからって、なんで俺のシフトなんだよ。時成のシフトだっていいだろーが」
「えー、だっておれはガシガシ稼ぎたいですしー」
「おい、俺の都合」
「それにー、いちおうコウの直属の教育担当は"あいら"じゃないですかー」
「……」
くそ、それを言われたら反論しにくい。
初めは時成の設定した"キャラ付け"による相関性でしかなかったが、こうして時成が"先輩"と主張してくれるのは、俺にとっても喜ばしい成長だからだ。
「……コウ、本当に大丈夫か? 休みの所を、呼びつけられたんだろ?」
時成に振り回されてるんじゃ、と視線を遣ると、コウは「大丈夫ですっ!」と胸前で拳を握り、
「その……っ、実のところ、あいら先輩にはおれからお願いしたんです! この勝負は絶対勝ちたいので、もし誰かお休みの方がいたら出させてくださいって……!」
(……嘘ではなさそう、だな)
コウにまでそう言われてしまったら、仕方がない。
俺はため息交じりに「わかったわかった」と手を振って、
「コウ、俺の代わりに頼むな。時成はしっかりフォローすること」
「さっすがユウちゃん先輩ー。優しさの塊ですねー」
「す、すみませんユウ先輩……。おれ、しっかり頑張りますっ!」
意気込むコウに「ああ、しっかりな」と頷いて、俺は次の行動に思考を巡らせた。
降って湧いた突然の休息。
俊哉を呼び出すでもいいが……。ここはコウと同じく決着間近で張り切っているだろう、千佳ちゃんの様子を見に行ってみるのも一つの手だ。
(確か、追い込みで連勤するって言ってたもんな)
「ユーウちゃんーせーんぱいー」
妙に弾んだ時成の声が、俺の思案をブツリと切る。
なんだよ、と眉を顰め怪訝な視線を投げると、時成は自身のスマホ画面を俺に向けてニンマリと笑み、
「晴れて身体の空いた先輩にー、拓さんから伝言ですー。本日十五時、早織さんのお店に来てほしいそうですよー」
……やられた。
なんだかんだと理由付けしといて、結局のところ、俺はハメられたんじゃないか。
俺がそう苦言を呈する前に、時成は「じゃ、頑張ってくださいねー」と俺の背を押し、バックヤードから追い出した。
***
「……ふう。まったく、手がかかって仕方がないですねー」
追い出された、と理解しているであろう先輩が戻ってくる可能性は低い。
おれはやれやれと首を振って、コウへと振り返る。
「助かりましたよーコウ。ないすアドリブですー。おかげで計画通り、先輩をフリーにできましたー」
「すっごく緊張しました……っ。おれ、演技下手ですし、いつ見破られるかと……」
「なーに言ってるんですかー。お客様の前では"演技"もサービス。いつもそう教えているでしょー?」
咎めるように腕を組むと、素直なコウは「そうですねっ、もっと精進します!」と真面目な顔で両手を組む。
壁際に置かれた椅子まで歩を進めたおれはふう、と腰かけ、机上に置いていたオレンジジュースを吸い込みながら、手にしたスマホを操作した。
開いた画面の宛先は、拓さんと俊さんだ。
『計画通り、先輩を追い出しました。お店への誘導も問題なしです。あとは、よろしくお願いします』
送信を押下した数秒後、拓さんからは了解と労いのスタンプが、俊さんからは『ありがとう、お疲れさまでした。コウくんにも、お礼言っておいてね』とメッセージが届く。
(……これでよし、と)
これで、おれの役目は終わり。後は二人に任せて祈るだけだ。
一息ついて安堵を覚えた刹那、入れ替わるようにして、じわじわと申し訳なさがこみ上げてくる。
「……すみませんでした、コウ。休みの所を無理言って引っ張りだしてしまってー」
ユウちゃん先輩の指摘は、つまるところ"図星"だった。
昨夜、拓さんからとある連絡を受けたおれは、話がまとまるなりコウへと相談を持ち掛けた。
目的はただ一つ。ユウちゃん先輩を、今日一日フリーにすること。
『ちょっとワケありで、ユウちゃん先輩をフリーにさせたいんです。身体空いてたら、明日のユウちゃん先輩のシフト、出てくれませんかね?』
そんなおれからのメッセージを受けとったコウは、即座に「わかりました」と引き受けてくれた。
言うまでもなく、コウがユウちゃん先輩に告げた『おれからお願いした』というのは、真っ赤な嘘でありありがたい援護射撃だった。
コウはおれの謝罪に、少しだけ驚いたように目を丸くしてからはにかんだ。
「いえ。丁度予定が空いていましたし、明後日に向けて少しでも多く頑張らないとっていうのは、おれも思ってましたから」
浮かべる柔い笑みには、疑念の欠片もない。
本当、疑うことを知らないというか、真っ白すぎるというか。
「……訊かないんですかー」
「? なにをですか?」
「どうしてユウちゃん先輩を、追い出す必要があったのか」
昨夜も含め、コウは今回の確信にあたるだろう部分に対して、ちっとも知りたがる素振りを見せない。
訊かれたところで言えないくせに、あえて尋ねたおれに、コウは「あ、えと……」と逡巡を挟んでから、
「ユウ先輩も、あいら先輩も、おれをすごく大切にしてくれてるって、わかってます。だから、言わないってことは、言えないってことかなーと思いまして。……言えるような時がきたらきっと、おれが訊かなくとも、教えてくれるような気がして」
「……っ」
「あっ、すみませんそのっ! 絶対知りたいって意味じゃなくて、ユウ先輩にもあいら先輩にもお世話になりっぱなしなので、おれでもお役に立てるようなことがあるならそれだけで嬉しいっていうか!」
「……わかりましたから、もういいですー」
はあ。なんというか、やはりこの子は"逸材"すぎる。
まっさらで、眩しくて、あいらしさと羨望に目が眩んでしまいそうだ。
おれはそっと目元抑えて精神を落ち着かせてから、「そうですねえー」とこの先の"計画"に思いを馳せる。
ぶっちゃけ、運にも頼らざるを得ない計画だ。
うまくいくだろうか。いや、うまくいってくれないと困る。
だって先輩はおれの、大好きで大好きで、何よりも大切な人だから。
「……ぜんぶ終わったら、その時は一緒に問い詰めてやりましょー」
きっと、大丈夫。静かに閉じた瞼の裏には、へらへらと幸せそうに笑む、俺達の望む未来の先輩。
その隣に並び立つのは勿論、ずっとずっと大好きなあの人の、最愛の人。
「さ、こっちはこっちで気合いいれますよー! コウにはこれからもバシバシ働いてもらわないとですし、絶対に勝ってもらわないと困りますー」
立ち上がってぐるりと腕を回せば、コウは「は、はい! 精一杯頑張りますっ!」と頭を下げる。
きっとユウちゃん先輩ならばここで、「俺が勝たせてやるよ」とか、そーゆーカッコいい台詞を投げかけてあげられるのだろう。
けれどもおれには、まだ言えない。そこまでの自信も、責任も、持てないから。
だからおれは柔く笑んで、「おれも頑張りますー」と告げるにとどめるのだ。
(……おれはいつになったら、ユウちゃん先輩に追いつけるんですかね)
予感ではない確信に、ほのかな寂しさが胸中を覆う。
全てを終えて戻ってきたあの人は、きっとまた、遠くなってしまうだろう。
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