第104話カワイイ俺のカワイイ影響力②
(……そこまでは気づいてないってコトか)
良かったのか、悪かったのか。
因みに俺は未だに気を抜くと心臓が跳ねるので、彼女は図らずとも、俺に対する"ポイントアップ作戦"に成功した事になる。
「……僕は見るの初めてですけど、普段からそういう恰好もされるんですか?」
「うーん、学生時代はたまにあったかな。最近は、全然。だからちょっと、落ち着かないかな」
はい、可愛い。じゃなくて、新鮮だ。
俺の知る"カイ"さんはどんなに周囲の視線を集めていても、恥じるどころか、むしろ生き生きとしていた。
砂糖増し増しのあまーい台詞も、何食わぬ顔でサラッと口にする。
羞恥心などないのでは。そんな疑惑も持ってたが……どうやらちゃんと装備されていたようだ。
列が進む。
前の背を追うように数歩を進んでから、俺は再び彼女を見上げた。
「買い物、一人で行かれたんですか?」
なつきさんはどこか探るような視線を向けたかと思うと、少しだけ逸らしてから瞳を伏せ、「ううん」と苦笑した。
「早織と、ね。……どーゆーのがいいのか、よくわかんなかったし」
言ってくれれば、一緒に行ったのに。
そう思ったが、それではサプライズにならないのだと気づいて、眉根を寄せる。
なんだか胸がもやもやする。
(……悔しい、のか? いや、なんかちょっと違う気が)
――嫉妬。
ピンときたそれが妙にしっくりとはまって、俺は慌てて脳内で振り払う。
(なに考えてんだ。相手は早織さんだぞ?)
俺達を応援してくれる、彼女の大切な友達。俺も散々、世話になっている。
彼女との付き合いは俺よりも遥かに長いし、一緒に買い物に行くくらい、しょっちゅうだろう。
だというのに、嫉妬? 馬鹿げてる。
「……ちょっと、残念です」
「ん? なにが?」
「早織さん、せっかくならミニスカートとか選んでくれれば良かったのに」
ポーカーフェイスはお手の物。
茶化すように笑ってみせると、なつきさんは「ちょっとそれは……」と困り顔をしたものの、
「……そっちの方が良かった?」
「え?」
「えと、ミニスカート」
しどろもどろに尋ねる彼女は、至って真剣な眼差しだ。
てっきり「それじゃ、今度はそうしようか?」なんて茶化してくるかと……。
予想外の反応に一瞬、面食らってしまったが、即座に笑みを浮かべて「冗談ですよ。なつきさんがどんな格好でも、俺は好きですよ」と返す。
「いつものカッコいい"カイ"さんも、こうして綺麗な"なつき"さんも、俺は、好きです」
告げた俺に、なつきさんはふわりと頬を緩め「……ありがとう」と俯いた。
頬はうっすらと赤い。照れているのだろうか。
胸中がくすぐったい。のに、その奥底で、微かな落胆がうごめいた。
(……やっぱり、"好き"とは言ってくれないか)
私も好き。
流れでそんな言葉が聞けるんじゃないか、なんて……情けない期待。
(……てか、"見たい"て言ったら、着てくれるってことか? ミニスカート)
いや、やめておこう。
彼女に誰かの下心が向くのは嫌だ。
それに、チラリと覗く肩だけで、この破壊力なのだ。
着てもらったところで、直視できない気がする。
「そろそろメニュー、決めましょうか」
スマートに笑んで、俺は彼女にメニュー表を開き見せた。
前方に並ぶ頭は徐々に減ってきていて、ガラス越しに、ライトに照らされたショーケースが望める。
見るからにみずみずしいカットフルーツがたっぷりのケーキ達。
「そうだね。どれも美味しそう」
目を輝かせながら迷う彼女は、やっぱり可愛い。
二人でメニュー表を眺めながら、雑談に興じているうちに、俺達が案内される番になった。
店内には女性客が多いが、デート中だと思われる男女も数組座っている。
(……今の俺達は"デート中"じゃなくて、"女子会中"に見えるんだろなあ)
心なしか、なつきさんも前回よりリラックスしているように思えるのは、やはり俺が"ユウ"の姿だからだろう。
(……もしかしたら、なつきさんもまだ自覚していないだけで、本当は"ユウ"が好きなんじゃあ)
実は、"ユウ"じゃない"俺"の存在に、違和感を覚えている。
だからなかなか、俺に"好き"だって言えない。
(……いや、"言えない"だけなら、まだいい)
もし。
本当はこうして、"ユウ"と友人関係でいた方が楽しいのだと気付いてしまったら……。
「お待たせいたしました」
「!」
薄く肩を跳ね上げると、目の前に通常の2倍ほどのカットケーキが置かれた。
続けて涼やかなアイスティーのグラスが、俺と彼女の双方に置かれる。
(しっかりしろ、俺! 今は"デート中"だぞ!)
そうだ。考えるのは家に帰ってからでいい。
今はとにかく、目の前の彼女との、貴重な時間を堪能しなくては……!
「わあ、フルーツも沢山で、すっごく美味しそうですね」
俺の注文したスリーベリーのズコット(ドーム状になったケーキのことらしい)には、贅沢に一個使いされた苺に加え、みずみずしいラズベリーとブルーベリーが、スポンジ下のクリームにたっぷりと埋まっている。
なつきさんが注文したのは、マンゴーパフェだ。花弁のように盛られたマンゴーに、アクセントとして添えられたカット苺とブルーベリーが愛らしい。
「これは……どこから手をつけたらいいのか、迷っちゃうね」
「パフェってそこが難しいところですよね……。うん、なつきさんのお好きなところから、がっといっちゃってください」
「それじゃあ、失礼して」
小さなフォークでマンゴーをすくったなつきさんが、万が一の落下に備えフォーク下に片手を添えながら、慎重な手つきで口に運ぶ。
ちゅるりと吸い込む、艶めいた唇。
(はっ! 駄目だ駄目だ)
慌てて視線を切った俺は、何でもないような顔をして、彼女に合わせるように一口ぶんのケーキを口に含んだ。
「……おいしい」
あまりの衝撃に、呆然と呟く。
と、なつきさんもまた、驚きに目を丸くして頷いた。
「うん。こんな濃厚なマンゴー、初めて食べた」
「俺も、こんなに甘くてもケーキに合う苺って初めてです。すごい、ちゃんと果実なのに、ジュースみたいというか」
「わあ、それは気になる。私のも一緒かな? ええと、苺は……」
好奇心に輝く瞳でパフェグラスを回すなつきさんに、俺は「あ、それなら」と静止をかけながら皿を差し出す。
「良かったら、一口どうぞ。というか、是非食べてもらいたいです」
「え……いいの?」
「はい。それで、一緒にこの感動を分かち合ってください」
ニコリと笑みながら首を傾げると、なつきさんは「ありがとう」と破顔して、俺のケーキに自身のフォークを伸ばす。
「あ、ちゃんと苺切らないで、まるまる一個持っていってくださいよ。そうじゃないと、同じ感動を味わえませんから」
「……わかった。ユウちゃんは、優しいね」
苦笑交じりの謝礼に、俺は「当然です」と胸を張る。
なつきさんは、未だにいつだって遠慮する。だからこうして、先に手をうっておかないと。
そんな俺の心中を悟ったのだろう。
なつきさんは、敵わないな、とでも言いたげな顔で笑って、俺の指示通りしっかり苺もフォークで掬い取った。
心なしか、いつもよりも小さな口で、はくりと食む。
「……わあ」
「でしょ?」
「うん、すごい」
こくこくと頷くなつきさんは、なんとも愛らしい。
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