続編第七章 カワイイ俺のカワイイ影響力
第103話カワイイ俺のカワイイ影響力①
俺は目を開けたまま、夢でも見ているだろうか。
それか、知らず知らずのうちに、パラレルワールドに迷い込んだとか。
あり得る。
だってここ東京駅はダンジョンのごとく入り組んだ構造をしているし、国も目的も年齢も様々な人の喧騒に紛れて、うっかりトリップしていても全く気が付かないだろう。
そんな馬鹿げた空想に本気で可能性を見出してしまうのは、目の前の事件を未だ現実として受け止め切れていないからだ。
事件。そう、これは事件だ。
肩の辺りがちょこんと開いた白いオフショルカットソーに、柔らかなペールブルーのロングスカート。手にしているのは装飾代わりに網目の凝ったかごバッグで、夏らしく爽やかだ。
ローヒールのサンダルに、上品な小ぶりのイヤリング。
可愛いというより、綺麗なお姉さん風に纏められたコーディネートには、いつもより色味の強いリップがよく似合う。
ただ一つ、勘違いしてはいけないのが、この一式を纏っているのは俺ではないという点だ。
目の前の"彼女"の首元には、良く知るシルバーチェーンのネックレス。ペンダントトップは言わずもがな、波型のモチーフに囲まれたアクアマリンだ。
「……えーと、ユウ、ちゃん」
心許なげに視線をさ迷わせた彼女が、硬直する俺の名前を呼ぶ。
「……ごめん、驚いたよね」
探るような苦笑を浮かべるカイさん。
俺は混乱からろくに働かない脳みそのまま、「……驚きました」と首肯した。
(……え? まってくれカイさん……カイさんだよな? いや俺が間違える筈ないし。うん、カイさんだ。あー似合う。やっぱりこーゆースタイルもすんげー似合う。ってか綺麗。いや当たり前なんだけど、え? スカート? 初めて見た。というか)
肩。出ちゃってるんですけど。
「――っ!?」
意識した途端、何だか妙に艶めかしく見えて、俺は即座に視線を逸らす。
――落ち着け。
別に、彼女の肩を見るのはこれが初めてじゃないだろうが。
ノースリーブのシャツで会った時もあった。
そう、何度も見ている……はずなんだけども。
(……オフショルはさあ、なんか、違うじゃん?)
流行りだし、デザインによっては肩も虚者に見えるしで、この夏は特に好んで着用している俺が言うのもなんだが……。
がっつり出ているノースリーブとは違い、そこだけ生身の肌が覗いているというのがまた、何というか……色っぽいのだ。
「……変、かな?」
「!? 全然! 変じゃないです!」
むしろめちゃくちゃ好きです! なんて言えるわけがなくて、飛び出しそうな下心は必死に喉元で押し込んだ。
思いっきり視線を逸らしてしまっていたが故に、彼女の不安を煽ってしまったのだろう。
慌てて「すみません。ちょっと、あっちに知り合いに似ている人がいた気がして……」と下手な嘘をついてしまったが、彼女はホッとしたように頬を緩めて「よかった」と微笑んだ。
……すみません。
その顔も、今はちょっと、刺激が強いです。
俺はそっと両手で顔を覆う。
フー……と細く息を吐きだしてから、そろりと顔を覗かせ、
「……色々と聞きたいことはあるんですけど、とりあえず、まずはお店に移動しましょうか」
「うん、そうだね」
彼女が横に並ぶ。
むき出しの肌がいっそう近づいて、俺は努めて視線を前に固定した。
脳内では意味もなく、うろ覚えの英語の曲を流しておく。
なんでもいい。とにかく少しでも気を紛らわせたいだけだ。
昼前という事もあり、ひしめく人々はこれから向かうどこかへの興奮が色濃い。
今日はカイさんの休日で、俺は夕方からシフトが入っている。
カイさんとのお茶会を終えた後、そのまま店に向かうつもりだ。なので俺は半そでのレーストップスに、膝丈のタイトスカートと"お馴染み"のスタイルだ。
まあ、前回が男の恰好だったので、今度は元に戻してのギャップ効果を……なんて思惑もあったのだが、彼女の服装で綺麗さっぱり吹き飛んだ。
まさかギャップ効果をくらうのが、自分だなんて。
「……わ、やっぱり並んでるね」
視界に入った目的地を見つめながら、彼女が呟いた。
たどり着いたのは東京駅構内にあるフルーツパーラーだ。デザートは勿論、フードメニューのどれにも旬のフルーツがたっぷりと使用されていて、SNSを賑わせている。
この店の話題に出したのは俺で、一緒に行こうと提案してくれたのは彼女だ。
ここのところ、入り浸っていた早織さんのカフェではなく、別の場所へと連れ出そうと調べては話題に出す理由には、マンネリ化する前に少しでも新鮮味を……なんて焦りが隠れていたり。
「平日ならさくっと入れるんじゃって思ってましたけど、さすが人気店ですね……」
店の外まで伸びた列は、ざっと六人。全て女性だ。
いちおう、カフェタイムより少し早く来たんだけど……甘かった。
「……並んで大丈夫ですか?」
「うん、私は平気。ユウちゃんは?」
「時間はまだまだ先なんで、大丈夫です」
じゃあ、と俺達はいそいそと最後尾に並ぶ。と、気づいた店員のお姉さんが笑顔でやってきた。
人数を確認し、それなりに待つ旨を告げると、メニュー表を一部手渡して戻っていく。
ちょっと頬を染めていたのは、カイさんが綺麗だからなのだろうけど……それでも、並ぶ女性達の視線がいつもより控えめなのは、彼女が一目で女性とわかる姿だからだろう。
(……そろそろ訊いてもいいかな)
メニュー表を開きながら、ちらりと彼女の表情を伺う。
と、俺の視線に気づいた彼女は、「どうかした? ユウちゃん」と柔らかく目元を緩め、小首を傾げた。
ぐっと息を詰めた俺は、恨めし気な双眸を返す。
「……いったい、どうしたっていうんですか」
「気に入らない?」
「めちゃくちゃ綺麗で戸惑ってます」
「御眼鏡にかなったようで、良かった」
クスクスと笑う彼女は、紛れもない俺の本音を、冗談交じりの言葉遊びだと思っているのだろう。
「カ――いえ、なつきさん」
ここは秋葉原ではない。
いつもの癖で呼びそうになった名を打ち消して、咎めるような声色で暗に"こちらは真面目なのだ"と伝えると、彼女はちょっと驚いたように数秒の静止を挟んでから、「ああ……えっとね」と肩を竦めた。
「この間、ユウちゃんが"違う"恰好で来たでしょ? だから」
(……え? それだけ?)
僅かな照れを含んではにかむ彼女からは、嘘の気配を感じない。
拍子抜け。いや、狼狽と言ったほうがしっくりくるだろうか。
ともかく、いまいち消化不良でまじまじと見返す俺に気づいた彼女は、「えと、だってね」と少しだけ慌てたように、
「本当にね、びっくりしたんだよ。この間の。だから、私も同じことしたら、びっくりしてくれるかなぁって思って」
つまり、云わばコレは、一種の"仕返し"ってことか。
すっかり忘れていたが、"カイ"さんは本来、こちらが仕掛ければ倍返しで返り討ちにしてくる、好戦的な性分だ。
"だから"、か。やっと納得がいった。
でもアレは、ただ驚かせるための作戦ではなくて、ポイントアップのためだったのだけど――。
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