第99話カワイイ俺のカワイイ自由②
(……ふうん、なるほど)
察するに、あの二人は"のえる"の客なのだろう。
サンドウィッチを齧りながら様子を伺っていると、おしぼりとお水という所謂"来店セット"をトレーに乗せて戻ってきた千佳ちゃんが、会話をしながらオーダーを取り始めた。
昼に近づき、新たなお客様も増えて、少しずつ活気づいてくる店内。
少しでも会話を拾おうと、俺は必死に耳をそばだてる。
「ホラっ、決まったの?」
「んーと……んじゃ俺、メロンソーダ」
「あたしはアッサムのミルクとぉー、パンケーキ!」
「アッサムはホット? アイス?」
「のえるちゃんに淹れてもらいたいから、ホットがいいー!」
女の子が手を挙げて主張する。
と、千佳ちゃんは「そ、そう……」と面食らったように手元のオーダー用紙を見つめ、
「まあ……それならホットで用意してあげなくもないけど」
嬉しさを押し込んだような呟き。
客がホットをオーダーしているのだから、通常の飲食店なら、"かしこまりました"と二つ返事で注文を受けるのが当然だ。
だがこの"憎まれ口"が、千佳ちゃんの"のえる"なのだろう。
案の定、彼らは、
「のえるちゃん、やばーい。照れてんじゃん」
「えーちょうカワイイんだけどー」
と、盛り上がっている。
「うっ、うるさいわねっ! 用意してくるから、大人しく待ってなさいよ!」
そう言い残し、大股気味に去っていく千佳ちゃん。
残された彼らはスマホを手に、自分たちの会話を始めたようだ。
(……まあ、悪くないかな)
むしろ、よくもまああの短絡的なアドバイスだけで、ここまで"キャラ作り"が出来たもんだ。
感心しながら食べ進め、同時に観察も続ける。
数分を置いて戻ってきた千佳ちゃんは、オーダー通りにメロンソーダと、ティーセットをトレーに乗せていた。
それぞれと会話を紡ぎながらも、提供する手つきはやはり滑らかだ。
途端、千佳ちゃんがこちらを向いた。
ドキッとしたのもつかの間、千佳ちゃんは目の前の二人へ何かを告げると、険しい表情でこちらに向かってくる。
(え、俺なんかしたかな……)
アドバイザーなのだから、こうして接客を観察しているのは、千佳ちゃんも了承している筈だ。
「ど、どうかした……?」
おののきながら訊ねると、千佳ちゃんはフンと鼻を鳴らしながら、
「……ティーカップ、空でしょ」
「あ……ホントだ」
観察に夢中で気が付かなかった。
傾けられたティーポットから、注ぎ立つ紅茶の香り。ティーポットを置いた千佳ちゃんに「ありがとう」と礼を告げると、「別に、これが仕事だし」と視線を逸らして言う。
苦笑を返した俺は、ありがたくティーカップを手にした。うん、まだ温かい。
一口を飲み込んでから、俺はおやと千佳ちゃんを見上げる。ここに来てくれたのが『ティーカップに注ぐ為』なら、もう去ってもいいだろうに。
途端、千佳ちゃんがソワソワと視線をさ迷わせた。
数度目があう。何か言いたげな口元を見つけ小首を傾げると、「……もうっ!」と痺れを切らしたかのようにスカートを握り、
「アドバイス! 何のために来てるのよ!」
「あ、ごめん。後のほうがいいのかと思って」
流石にこの場で告げては失礼かと思ったが、千佳ちゃんはそうは感じてなかったらしい。
俺は声を潜めて、いくつかを告げる。
「すごいよ。まさかこんなに完成度が高いとは思わなかった。キャラ作りもそうだけど、やっぱり所作の綺麗さと、視野の広さが抜群だね。さっきの照れた感じの表情とかも、すごい可愛かったし」
「かっ……!? あ、あんた、よくまあそんな恥ずかしげもなくスラスラ出てくるわね」
「あー……あはは」
脳裏にちらつくカイさんの影。『ストレートな誉め言葉』は、言わずもがな彼女の十八番だ。
俺も『相手を懐柔させる為の技術』として意図的にやることが多いが、気づけばすっかり『普通』として定着してしまったらしい。
移った、ってやつだろう。影響力の大きい相手ほど、言動はよく似る。
俺にとってカイさんは大好きな"恋人"で、同時に尊敬すべき"研究対象"でもある。無意識下で寄っていっても、おかしくはない。
カイさんの前では気を付けよう。敏い彼女は、きっと気づいてしまう筈だ。それはちょっと恥ずかしい。
俺はコホンと咳払いをひとつ。場を仕切りなおしてから、千佳ちゃんを見上げた。
と、双眸をやや細めた、生暖かい瞳とかち合った。
面食らった俺に千佳ちゃんは「ふうーん」と腕を組み、
「女でしょ。あ、アンタの場合は男? 別にどっちでもいいんだけど、とにかくアンタの好きな人が、そーゆー言い方する人なんだ」
「!? なんっ」
「そーんな緩んだ顔してたらバレっバレよ。まあコウとか、そーゆーの鈍感系には分かんないでしょうけど。付き合ってんの?」
……どうしよう。
関係を伏せている身としては、「はいそうです」と簡単に頷くわけにはいかない。
だが千佳ちゃんはコウへの思いを吐露してくれている。俺だけ隠すのは、フェアじゃない。
けれどもやっぱり、千佳ちゃんはここ秋葉原で働いているわけで、信用していないわけではないがどこから情報が洩れるのかなんてわからないから――。
「……いいわよ、そこまで興味ないし」
不貞腐れたような声が、俺の堂々巡りを遮断した。
気を遣ってくれたのだろう。
「……ごめん。ちょっと、色々と事情があって」
「……その言い方だと認めているようようなモンだから、嘘でも"違う"って言ったほうがいいんじゃない」
「覚えておきます」
丁重に頭を下げると、頭上から「でもさぁ……」と呟くような声。
顔を上げると、千佳ちゃんは他のお客様のカップへと視線を巡らせながら、あっけらかんとした表情で、
「アンタの恋人って、大変そう」
「……え?」
「その見た目と仕事柄しょうがないのかもだけど、どーせ普段から"観察"してるんでしょ? 恋人ならそこんトコもよくわかってるだろうし、尚更よく見られたいだろうから、全然気が抜けない。私なら絶対パス。息が詰まりそう」
「っ」
たぶん、千佳ちゃんのソレは何気ない感想でしかなくて、別に俺を否定しようした物言いではないのだろう。
けれども俺の心臓は、激しく脈を刻んでいた。
ティッシュボックスくらいの三角定規が突き刺さって、とめどなく血が流れ出ているかのように。
「で、そんな事はどうでもいいのよ。結局、私の改善点はなんなの?」
俺の動揺はまだ、悟られていないらしい。
特に不審がる素振りもなく尋ねる千佳ちゃんに、起動を再開した俺は必死に"いつも通り"を張り付けた。
教鞭をふるう教師というより、親しみやすい塾講師。そんな顔で、「そうだね」と背筋を伸ばす。
「前に言ってた"ツンデレ"って部分は、今の感じでいいと思う。けど、そっちの比重が強すぎて、"妹"要素が足りないかな。例えばさっきバックヤードに下がる時、大股で歩いていったでしょ。そうじゃなくって、歩幅はあくまで狭いままで、速度だけ上げる。あとはお客様と話す時は、もう少し目を丸くするイメージで、じっと見つめる"数秒"を作ってみるとか」
「もっとロリっぽい感じがいいってこと?」
「いや、そこまで行くとお店の雰囲気に馴染まなくなっちゃうから、言うなら……"小動物っぽさ"かな」
微妙なニュアンスの齟齬に思えるが、実のところ、その細やかさが大きな違いを生む。
伝わるだろうかと様子を伺っていると、千佳ちゃんは「ふぅん、なるほどね」と納得したように頷いた。
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