第100話カワイイ俺のカワイイ自由③
「アンタの言う"妹"って枠組みに、"幼児っぽさ"は含まないってことでしょ」
「うん、そう。"のえる"の口の悪さは幼さ故じゃなくて、素直になれない裏返しだから。最初はうわって思わせておいて、あれやっぱりカワイイんじゃん? からの、なんかこの子の我儘はきいてあげたいな、で帰したら勝ち」
「ほんっとアンタって、"客"に対して真摯なのかそうじゃないのか微妙よね。ま、だから信用できたんだけど」
「"お客様"は皆、等しく大切だよ」
「……そーこなくっちゃ」
千佳ちゃんは俺にだけ見えるようにして、にたりと不敵な笑みを浮かべた。
もう一度、中身の減ってしまった俺のティーカップに紅茶を注ぐと、机端に置かれていた二つ折りの伝票ホルダーを手にする。
「じゃ、さっさと食べて、帰ってちょうだい」
「え?」
伝票を持ったということは、会計に来いという意思表示だ。
いくら目的を果たしたとはいえ、まさか食事の途中で追い出されるとは……!
「あっと、せめて全部食べてからに……!」
慌てて静止をかけようとすると、千佳ちゃんは「ばっか違うわよ」と眉根を寄せ、
「私が呼んだんだから、コレは"授業料"代わりに払ってあげるってこと!」
「! いやでも、元は俺が好きで言い出したことだし……!」
「なによ。年下の女に奢られるなんて、プライドが傷つくっていいたいの? 呆れた」
「そんな事ひとっことも言ってないから……!」
ダメだ、これは。
睨みを利かせてくる千佳ちゃんからは、絶対に譲らないという強固な意志が見て取れる。
「……大変恐縮ですが、ご馳走になります」
申し訳なさと感謝を込めて、深々と頭を下げる。
すると、千佳ちゃんは「最初っからそー言っておけばいいのよ」とご機嫌に伝票ホルダーを振った。
「食べ終わったらそのまま店でていいから。もうあんまり時間ないでしょ? 私のせいで遅れたって、コウに吹き込まれたくないし」
「そんなこと言わないって……。助かるよ、ありがとうね」
タイムリミットはあと七分。ポットの中身は空になっている。
たぶん、これが千佳ちゃんと最後の会話になるだろう。
「"のえる"ちゃんも、残りのお仕事頑張って」と繋げると、千佳ちゃんは踵を返しながら「ハイハイ」と手を振った。
が、思い出したように立ち止まり、
「大好きな人と上手くいくといいわね、"センセー"?」
正直この時の悪戯っぽい笑みは、是非とも"のえる"としてバンバン活用して欲しいと思う。
ともかく、こんな感じで午前中の"訪問"を終えたのだが……コウには何処まで話すか。
俺が「えーっと……」と言いよどむと、コウは眉尻を下げ、申し訳なさそうな笑みを浮かべた。
「先輩、今日ってバイトの後、ご予定ありますか?」
「ん? いや特に、これといった用事はないけど……」
「あの、ご迷惑じゃなければ、一緒に帰ってくれませんか?」
「!」
初めてだ。こうしてコウから"おねだり"をされるのは。
緊張に頬を染めるコウは、やはり弱弱し気な笑みを携えている。
何か物言いたげな面持ち。きっと、他には聞かれたくない相談内容なのだろう。
(……まあ、そうじゃなくても)
カワイイ後輩の、可愛らしいお誘いだ。
ただの気紛れだったとしても、断るわけがない。
「ああ、構わないよ」
「ほっ、ホントですか? ありがとうございますっ」
感動と安堵をない交ぜにしたような顔で、コウが息を吐きだした。
どうやら本当に、断られるのではと思っていたようだ。
俺は小さく噴き出し、
「ついでにどっか寄ってくか?」
さり気なく"時間はあるから"と示して、相談場所の思案を始める。
コウは肩を跳ね上げて、
「えっ!? えと、嬉しいですっ……けど、その前にっ」
慌てふためいた様子で、フロアへと続く扉に駆け寄ったコウ。
まだ入り時間までは、数分余裕がある。
閉ざされたそこに何の用があるのかと首を傾げつつも見守ると、コウは慎重にノブに手をかけ、「あの……」と中を覗き込むようにして扉を開けた。
「……そーゆーことなんですけど、ユウちゃん先輩をお借りしてもよろしいでしょうか?」
「っ、時成」
開かれたそこには、不満顔で腕を組んだ"あいら"姿の時成。
(全然気が付かなかった)
いつから聞いていたのか。というか、今は勤務中の筈では。
俺が口を開く前に時成は大きなため息をつき、「……仕方ありませんねー」と大げさに首を振った。
「おれの気配に気づいた洞察力に免じて、許可しますー」
「いや、なんで俺とコウが一緒に帰るのに、時成の許可が必要なんだよ……」
「あ、あとおれに許可を取ろうって思ったその心意気に免じてー」
「たぶん、それは心意気とは言わない」
「そーゆー細かいことはいいんですー! コウにはちゃんと伝わってますし!」
可愛らしく片頬に指を立てながら「ねー? コウ」と同意を求めた時成に、コウは勿論だと両手を組み「はいっ」と大きく頷いた。
まあ……この二人はこの二人で、いいコミュニケーションを取れているようだ。
それならいいか……と絆されそうになった俺はハッとして、
「っていうか、なんでここにいるんだよ? まだ俺達の入り時間でもないだろ?」
時計を見やれば、針は勤務時間の五分前を指している。
今が入り時間ジャストだ。
同じように時計を確認した時成はあっという顔をして、「さっ、コウ! ちゃちゃっと準備しちゃってくださいー!」とコウを扉の中に押しやった。
(……なんなんだ?)
コウが「はっ、ハイ!」とパントリーに進んでいったのを見送ってから、時成が顔を向ける。
真剣な眼だ。ますます意味が分からない。
眉根に怪訝を映したおれに、時成は苦笑を浮かべた。
「おれも結構しっかりしてきたと思うんですけど、まだまだ先輩には敵いませんねー。……コウのこと、よろしくお願いしますー」
「!」
コウがこの店での勤務を始めてからずっと、時成はコウを目にかけていた。
それは俺が時成にしてきた、いわば師弟関係のような、特別な可愛がり方だ。
だからきっと、心の中では、少しだけ複雑なのだろう。
コウが"相談相手"に自分ではなく、俺を選んだことが。
(……時成も、そーゆーコト思うようになったんだな)
時成の後に新しいバイトが入ったのは、なにもコウが初めてではない。
だが何人"後輩"が出来ようと、時成はこれまで通り俺の"弟分"というポディションから踏み出す素振りはなかった。
一緒の勤務になればそれなりに面倒は見るが、それだけ。
率先して指導にあたることも、ましてや、プライベートに興味を持つだなんて皆無だった。
そんな時成が、コウとの出会いをきっかけに、変わろうとしている。
「時成……」
それこそ親鳥が雛の巣立ちを見守るような。
嬉しいような寂しいような、感動が溢れんばかりの眼差しから、そんな俺の心情をきっちり汲み取ったのだろう。
時成はちょっとだけ照れたように頬を染めつつも、「……いっておきますけど」と不満げに唇を尖らせた。
「先輩があまりにもお人好しなんで、少しでも先輩自身の時間を確保させなきゃーって思ってるだけですからねー! このままカイさんのコト放置して、フラれた時にコウや仕事のせいにはされたくありませんからー」
「うんうん、ありがとな」
「むきーっ! せっかくカワイイ後輩が心配してあげてるのに、なんなんですかー! 先輩なんてフラれちゃえば……でもそれはおれも悲しいんで、なんかこうぐちゃぐちゃっとした感じの喧嘩でもしちゃえばいいんですー! そんで泣きついてきても知りませんからねー! ぜーんぶ先輩が悪いんですか――」
「ってか時成、お前、結局俺に何の用なんだよ?」
明後日の方向に向かい始めた時成を遮って、俺は時計を横目に腰に手をあてた。
いい加減、そろそろ俺もホールに出ないと。
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