第95話カワイイ俺のカワイイ揺さぶり③

「……どうすっかなあ」


 トシキさんに本当の関係を告げる? いや、それはリスクが高すぎる。

 いい人だとは思うが、"うっかり"がないとは言い切れない。

 ましてや職場は同じ秋葉原。彼の客の一人にでも流れてしまえば、きっと、簡単に広まってしまうだろう。

 と、なると。


(……"ユウ"としては、応援するしかないか)


 どんなおとぎ話だって、人の恋路を邪魔する者は、強制的に排除されるのが通説だ。

 とはいえ、このまま指をくわえてただ見守っているだなんて。冗談じゃない。

 ましてやあんな……カイさんへの想い故に、あからさまに変わってみせたトシキさん相手に。


「……変わる?」


 口にした瞬間、思考が色づいた。

 そうだ。どうして忘れていたんだ。

 ――"変わる"は俺の、専売特許じゃないか。


「……よし」


 手繰り寄せた蜘蛛の糸。しっかり気持ちを整理した俺は、スマホを鞄に戻して全身鏡の前に立つ。

 見つめ返してくるのは、良く知る"ユウ"の姿。


「……ん、カワイイ」


 返信は仕事が終わって、落ち着いてからだ。早く戻らないと。

 希望を見出した俺はこれからの算段を立てながら、しっかりと胸を張ってバックヤードを後にした。


***


 目的の改札を抜け、周囲をぐるりと見渡す。

 どうやら俺の方が早かったらしい。よかった。予定通りだと小さく安堵を零して、同じような目的の数人が立つ壁側でスマホを取り出した。

 表示されている時刻は、十七時五十二分。約束の時間までは、あと八分ある。


 カイさんとのデートは一週間ぶりだ。

 今日は早織さんの店ではなく、水道橋にでも行ってみようと提案したのは俺で、仕事終わりになるというのにカイさんは二つ返事で了承してくれた。


 これまでの経験から推測するに、きっとあと三分程度で現れるだろう。

 どうにも落ち着かない俺は内側カメラを起動して、それを鏡代わりに前髪を指先で直す。

 久しぶりの緊張感。もちろん、家でもしっかりと全身を確認してきたけども……。


「え、と……ユウちゃん……?」

「!?」


 戸惑いがちに呼ばれ、勢いよく顔を跳ね上げた。

 すらりと伸びる脚のラインが眩しい白のスキニーパンツに、鎖骨の見える解禁襟のカットソー。

 首元にはあのネックレスが揺れていて、ああ、今日も付けて来てくれたのかとこっそりと心が躍る。


 目元を飾るべっ甲色の伊達眼鏡は、日々増え続けているファンの視線を避ける為の目くらましだろう。

 スマホを鞄に入れて「お疲れ様です」と笑むと、「あ、うん。ありがとう」とやはり困惑の瞳が向く。


 それもそうだろう。

 だって今、俺の身体を纏うのは清涼感たっぷりの膝丈ワンピース……ではなく、黒いスキニーにゆったりとしたTシャツ。足元はネイビーのキャンパスシューズで、勿論ヒールなど付いていない。

 カイさんがカワイイと言ってくれた髪は首後ろで纏め、レザーのトートバックを肩にかける姿は、どこから見ても"男の子"だ。


「行きましょうか」

「え、あ、うん」


 ニッコリと微笑んで歩き出すと、カイさんは面食らったようにしつつも隣に並んだ。

 向かうのは駅から歩いてすぐの大型商業施設。大通りを渡るため、大勢と共に赤信号で足を止めると、横からは言葉を迷うようにして俺をじっと見降ろす気配。


「……ビックリしました?」


 もし、この姿が受け入れられなかったら。

 そんな不安心を抑えつけて悪戯っぽく尋ねると、カイさんはハッとしたような顔をしてから、


「うん、何も聞いてなかったから。その……急に、どうしたの?」


 ドキリ。素直な心臓が大きく跳ね上がる。

 それでも俺はケロリとした顔で、「そういえば、"こっち"の恰好で会ったことって、まだなかったよなあって思って」とうそぶいた。

 信号が青に変わる。

 人波に乗って歩き出すも、カイさんの探るような視線は離れない。


(……失敗、だったか?)


 緊張と後悔で、みぞおちの辺りが痛い。

 ギャップとか、新鮮さとか、なんでもいいからカイさんに"俺"をもっと刻みつけたかった。

 あわよくば、惚れ直してくれたら……。そんな期待を抱いていたのだけど、どうにも、これは。

 横断歩道を渡り切った辺りで、早くも居たたまれなくなった俺は、「あの」とカイさんを見上げ、


「"こっち"じゃなくて、"いつも"のが良かったですか?」

「え? あ、ごめんね。ちょっと、見慣れなくて」


 慌てたように頬を掻いたカイさんは、ニコリと綺麗な笑みを浮かべ、


「いつものユウちゃんも可愛いけど、こっちのユウちゃんも素敵だよ」


(……素敵、かあ)


 "カッコいい"ではないんだなと。

 ちょっとだけ、落胆。


(……まあ、今更か)


 化粧を落としてしまえば、俺の容姿はいわゆる"フツメン"だ。おまけに"かっこいい"と判別されるだけの、身長もない。

 もし、カイさんとの出会いが"ユウ"ではなく"悠真"だったなら、付き合うどころか興味すら持ってくれなかっただろう。

 世間一般に浸透する"男"というカテゴリで勝利を勝ち取れないことは、俺自身がよく心得ている。


 そうこうしながら目的の商業施設に辿りついた俺達は、半円形を描きながら並んだレストランを流し見ながら、「何食べたいです?」と店を吟味する。

 あ、ちょっとデートっぽい。

 最近は早織さんの店に入り浸っていたせいで、こんな些細なやり取りすら気分がはねる。


 まだ夕食時のピークには少し早いようで、どの店も席には余裕があるようだ。

 のんびりとした足取りでショーケースを順に覗き込みながら、最終的に、小鉢が数種類付く和食プレートが人気の店に決めた。


 店内に踏み入れるとすぐに席に案内され、俺達はそれぞれのメニュー表で選び、注文をする。

 店員のお姉さん達がこちらを見遣りながらひそひそと沸き立っているのも、なんだか懐かしい感覚だ。

 カイさんも気づいているのだろう。早織さんの店では外す伊達眼鏡も、今日はそのままにしている。

 窓の外を見遣りながら、冷たい水で喉を潤す。


「…………」

「…………」


 ……そろそろ、いいだろうか。


「…………カイさん」


 無言のままじっと見据えてくる双眸に、耐え切れずホールドアップ。

 カイさんは「ああ、ごめんね」と肩を竦めると、


「なんか、貴重で。……しっかり見ておこうかなって」

「……カイさんがご所望なら、いつでも"こっち"で来ますよ」


 効果があったのなら、喜ばしい限りだけども。

 そう、真っ正面からまじまじと見つめ続けるのは勘弁してほしい。なんというか、こちらの気力が持たない。


「そんなに気に入ってくれるのなら、花の一輪でも用意しておくんでした」


 その方がカッコ付いただろうにと後悔を口にした俺に、カイさんは何故か「良かった」とクスクス笑い、


「うん、やっぱりユウちゃんだ」

「……なんだと思ったんですか」

「実は双子で、その片割れさんとか」

「そんな少女マンガみたいな……。双子なら双子だって、最初に言ってます」

「確かに、私の知ってるユウちゃんは、そうだよね」


 ……うん、"いつも通り"の感覚だ。

 楽し気なカイさんと、やっとの事で調子づいてきた自身に、こっそりと胸を撫で下ろす。

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