続編第五章 カワイイ俺のカワイイ揺さぶり
第93話カワイイ俺のカワイイ揺さぶり①
オトコの娘喫茶"めろでぃ☆"では、開店の一時間前から準備を始める。
俺の左手には、消毒用アルコールの入った霧吹き。
右手で専用のダスターを握り締めて、フロアの椅子とソファーを順に拭いていく。
半個室席の並ぶ隣部屋では、コウが同じ装備で勤しんでいる筈だ。
着々と開店準備を進めていく最中、メイド服姿でフロアにモップをかける時成が、おもむろに「ほんっと先輩って面倒見がいいというかーお人好しというかー。まあ今回は完全に後者ですかねー」と言い出す。
独り言、ではないだろう。
千佳ちゃんの件はまだ話していない。のに、明らかに揶揄している口ぶりだ。
何故知っている。
ちろりと探るように見遣ると、優秀な後輩サマは「先輩が来る前にコウから聞きましたー」と肩を竦めて可愛らしく微笑む。
なんだか圧を感じるような……。
報告がまだだったのを、怒っているのか?
「な、内容が内容だったから、後で落ち着いてから話そうと思ってたんだよ。今日の上り時間、一緒だったろ」
「そうですかー? ってコトは、今日もカイさんとのデートはなしなんですねー」
「うっ」
痛いところをついてくる。
思わず動きを止めた俺は、なんとか「……今度、別の日に約束あるからいいんだよ」と反論した。
そうだ。三日後には久しぶりに、カイさんと食事をする予定がある。
というか、そもそも動揺する必要だってない。
今の付き合い方は俺達が互いを尊重し合った結果で、これが"大人な"付き合い方なのだから。
そんな俺の葛藤を察したのか、時成は呆れたように「……意地っ張りー」と呟いた。
聞こえている。けど、反応なんてしてやるものか。
「それはいいとしてー、千佳ちゃんの件ですけどー」
「……お前から言い出したんだろ」
「正直俊さんから"敵陣視察"に行くって報告が来た時点で、大体の予想はできたんですよー。でもちょっとだけ、今回は思いとどまるかなーとも思ってたんですよねー。先輩は何よりも、コウの気持ちを優先すると思ったんでー」
「……コウに勝って欲しいって気持ちに、変わりはないよ」
「でも結局先輩は、千佳ちゃんも手助けするっていうー、お人好しかつ面倒な道を選んだじゃないですかー。おれはそれが嬉しいですー」
「…………は?」
ニコニコと笑む時成から、嫌味や嘘は感じられない。
心底意味がわからないと手を止め眉根を寄せると、時成はやはり嬉しそうに、
「おれの好きな先輩は、そーゆー先輩ですからー。コウの援助は、おれももっと頑張りますー。だから先輩は遠慮なく、千佳ちゃんのコトも気にかけてあげてくださいー」
「時成……」
お前、本当に良いやつだな。
ジン、と痺れる胸中の感動をそのまま口にしようとしたが、
「これで相手にとって不足なしですねー。ちょう燃えますー」
ギラギラとした瞳を見て、やめた。コイツはコイツで、楽しんでいるみたいだ。
清掃を再開した俺は、「ほら、さっさと終わらせて、テーブル拭くぞ」と嘆息をひとつ。
「はーい」と動き出した時成が付け足しのように零した、「……でも、気をつけないと、知りませんよー」という注意も、「ハイハイ」と適当に受け流していた。
その、バチが当たったのだろうか。
賑わう店内はいつも通り。常連であるトシキさんが来店するのも、何もおかしい事ではない。
けれども出入口まで迎えに立った俺は、トシキさんを見上げ、唖然としてしまった。
おかしい。というか、何があったのだろうか。
赤かったトシキさんの髪が、黒い。なんならいつも上手にセットされている短い髪も、以前より毛先の遊びが減っている。
英字や装飾で飾られていた服も、シンプルで落ち着いた色合いのコーディネートに変わっているし、耳を覆うほど存在感を放っていたピアスも、小ぶりのモノが数個だけ。
「い、一体何があったんですか!?」
きっと俺の顔面は真っ青だろう。
あまりの変わりように声を上げると、トシキさんは照れたように片手を頭にやり、
「どうよ? 似合う?」
「そ、れは、似合いますけど……っ!」
見た目起因のとっつきづらさが無くなり、完全に明るく爽やかなお兄さんになっているけども。
「えへへー、ユウちゃんにそう言って貰えるなら、思い切ったかいがあった!」
トシキさんはそう笑んでガッツポーズをしてみせるが、俺は未だに混乱が解けない。
と、とりあえず席に案内せねばと、なけなしの仕事脳が身体のネジを動かし、「えと、ひとまずお席に案内しますね」とトシキさんを促した。
向かったのはフロアの二人がけ席。ソファー側に腰かけたトシキさんは受け取ったメニュー表を開くと、「いやー、実はさ」と切り出した。
「これね、カイくんに見立ててもらったんだ」
「…………え?」
「ほら、カイくんってめちゃくちゃカッコ良いじゃん? センスもいいし。だから俺自身もカッコ良くなるには、カイくんのアドバイスが一番だと思ったんだよね!」
トシキさんはニカリと歯を見せ、楽しげに笑って語る。
喉の奥が、冷えていく感覚。
「……なにか、心境の変化でもあったんですか?」
「えっ? とお……」
あからさまに視線を泳がせるトシキさん。
ああ、嫌な感じだ。こうして浮ついた瞳も、頬を染める熱も。
その背後にある感情を、たぶん俺は、よく知っている。
「……なーんか、怪しいですね」
動揺は腹底に押し込んで、"ユウ"として悪戯っぽく瞳を細めて口角を上げる。
途端、トシキさんはギクリと肩を揺らした。
もとより赤みがかっていた頬が、更に濃さを増す。
「それは! ね! アハハッ! んーとそうだなあー、きょ、今日はカレープレートをお願いしようかな!」
嘘の苦手なトシキさんらしい、下手な誤魔化し方。
口内の苦さを自覚しながらオーダーを受けた俺は、「わかりました」と余裕たっぷりに微笑んだ。
酸素が上手く吸えない。心臓が本来の位置からせり上がって、喉元で詰まっているみたいだ。
『気をつけないと、知りませんよー』
頭をガツガツと叩いてくる、時成の忠告。俺は必死に平常を保ちながら、オーダーを告げにパントリーへと向かった。
やっとの心地で踏み入れ、キッチンに伝えてから、俺はヘタリと膝を折る。
「…………マジかよ」
予感はしていた、んだと思う。トシキさんがカイさんに興味を示したあの時から。
それでも俺は、無理矢理目を逸していた。ああそうだ。認めるさ。
けれど誰だって、あの状況では"まだ違う"と思い込むしか出来ないだろう。
「……まだ、違う?」
そこで俺はハッとする。
トシキさんからは"まだ"、確定的な発言はない。
誰かに恋をしているのは明らかだ。けど、相手がカイさんだとは限らないじゃないか。
「――よしっ」
そうだ。トシキさんは交友関係も広そうだし、相手はきっと俺の知らない"誰か"だろう。
早とちりで落ち込むなんて、らしくない。
再び気合を入れ、すっくと立ち上がった刹那、
「やーっと危機感を察知したかと思えばー……。そんな変な方向に前向きでいいんですかー?」
「うっ、あいら……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます