第90話カワイイ俺のカワイイ弟子取り②

 なるほど、『正統派クラシカル』ね。

 店内を見渡せるようにと壁側の席に腰掛け、興味深く観察していると、「失礼いたします」と声がした。

 担当のメイドさんが、メニューの案内にやってきたのだろう。仕事柄流れを心得ている俺は、出来るだけ愛想よく彼女を見遣った。

 瞬間。


「……げ」


 俺達を見下ろして、嫌そうに顔を顰めた黒髪ボブの小柄なメイド。

 反対に俊哉は「あっ」と頬を緩めた。


「千佳ちゃん!」

「ちょっ、やめてよ……!」


 声は小さいながらも唇前に人差し指を立て、慌てて制止する千佳ちゃん。

 なるほど、"千佳"は彼女の"本名"なのだろう。

「ここでの名前は?」と尋ねると、渋々といった様子で「……"のえる"よ」と答える。

 と、「あれ?」と俊哉。


「ち……じゃなくて、のえるちゃんって、もしかして十二月生まれ?」

「え!? なんでそれを……っ」

「だって、ノエルって言えばクリスマスだし。もしかしたら関係あるのかなーって」


 朗らかに訊ねる俊哉に毒気を抜かれたのか、千佳ちゃんは「う……そう、だけど」と肯定してから、


「って、そんな事どうでもいいのよ……っ! なにしに来たわけアンタ達」

「なにって、敵情視察」

「今すぐ帰って」


 びしりと入り口を指さす千佳ちゃんを、俊哉が「まあまあ」と宥める。

 俺はというと脚を組み、


「ちゃんと予約とって来たんだ。敵とはいえ、今は立派な"お客様"だろ」


 印籠代わりに予約画面を見せてやる。

 千佳ちゃんは「うっ」と言葉に詰まると、諦めたようにメニュー表を開き、重い口ぶりで説明を初めた。


「ここから順番にフード、デザート、飲み物。今月のデザートは、ピンクグレープフルーツのジェラートだから」


 多少ぶっきらぼうな接客なのは大目に見よう。

 ふんふんと俺達が頷くのを確認して、千佳ちゃんは「じゃあ、お水持ってくるから」と踵を返した。

 途端、さっと斜め後ろのテーブルへと目を走らせる。

 おやと思った次の瞬間には、しっかり作られた愛想のいい笑顔で「お紅茶、お注ぎしますね」と、女性客のカップに紅茶を注ぎ足していた。


(……ふうん)


 メニュー表を吟味しながらオーダーを決めていると、程なくして、銀のお盆にグラスを二つ乗せた千佳ちゃんが戻ってきた。


「オーダー、決まったんでしょうね」

「……苺のムースのドリンクセット」

「見た目通りっていうか、随分と可愛いの頼むのね……。まあいいけど。飲み物は?」

「ダージリンのポット」

「わかってるとは思うけど、ポット系はホットよ? いいの?」

「うん。大丈夫」

「こんな暑いってのに、物好きね。ミルクは?」

「平気。ストレートで」


 千佳ちゃんは「あっそ」と興味なさげに言いながら、オーダー用紙にペンを走らせる。

 次いで俊哉へと視線を移して、


「そっちは?」

「んーと……スコーンプレートとフルーツサンドだったら、どっちがオススメ?」

「そうねえ……飲み物は何にするの?」

「この、オリジナルブレンドのアイスティーをお願いしたいなって」

「なら、フルーツサンドね。ウチのスコーンはしっとりとした作りだけど、それでも飲み物が必須だわ。ポットティーなら丁度いいでしょうけど、アイスティーはグラスでの提供だから、全部食べ終わる前に飲み終わっちゃうでしょうし」


 俊哉が「そうなんだ」と関心したように頷く。

 特にオーダーの確認をすることなくオーダー用紙に書き込んだ千佳ちゃんは、「じゃ、大人しく待ってなさいよ」とまた席を離れた。

 結んだエプロンのリボンが揺れる後ろ姿を見送りながら、俊哉が笑む。


「すごいね、ち……じゃなかった、のえるちゃん」

「……そうだな。思ってたより、随分とこなれてる」


 オーダーする飲み物を考慮しての返答。簡単なようで、意外と難しい。

 この店は紅茶が"売り"だ。バイトである"メイド"にも一通りの教育を施しているのだろうが、千佳ちゃんのあの口ぶりは、自身で試した信頼のおける組み合わせを頭に入れている証拠だ。


 なんといっても、フードのオススメを訊かれた際に、客が"選んでいた"飲み物まで尋ねる余裕と、心遣いがある。

 まだ勤務を初めて数ヶ月だと聞いていたが……。


「……あんな勝負を仕掛けてくるワケだ」

「ん? 何か言った?」

「いーや。にしても、まじで女性客羨ましいな」

「確か、限定メニューにもあったアフタヌーンティー? だっけ。女性が好きなんだってね」

「……ドコからの情報だよ」


 俊哉らしかぬ情報に尋ねれば、俊哉はニコニコしながら「拓さん」と答えた。


「この間……ユウちゃんがシフトに入ってなかった時ね。時成くんにコウくんがいるって聞いたからお店に行ったんだけど、その時に拓さんも来てたんだ。勝負のこと、カイさんからちょっと聞いたみたい」


 なるほど、そういう。

 拓さんはコウを気に入っていたようだから、応援に来てくれたのだろう。


「せっかくだからって一緒の席にしてくれて、色々話したんだけど……拓さん、このお店の事も詳しかったよ。なんか、知り合い? がいる? とか」

「曖昧だな……。まあ、拓さんのコトだから、メイドの客でもいるんだろ」

「だったかな? ごめん、ちょっと詳しくは聞いてなくて」


 まあ、正直拓さんの"お客様"事情はそこまで興味ない。

 その話題は追求せずに、「で?」と先を促す。


「拓さん的には、どっちに分があるって?」

「んーとね、普通にいけば、コウくんが勝つんじゃないかって。"っていうか、ユウちゃんがついてて負けるわけがないでしょ"って言ってた」

「拓さんも随分と買ってくれるな……って、ん? ちょっと待て」


 "普通にいけば"ってのは、どういう意味だ。

 そう続けたかったが、「ほら、いつまでも人の悪口言ってんじゃないわよ」と降ってきた声に阻まれた。

 千佳ちゃんだ。銀のトレーに、アイスティーの入ったグラスと、ポットティーのティーセットを乗せている。


「悪口なんて言ってないよ」


 とんだ被害妄想だと呆れたように言えば、千佳ちゃんは「どーだか」と目を細めてグラスを置いた。

 話しの内容が聞こえていたワケではないらしい。

 俊哉の前にストローを置いた千佳ちゃんは、今度は俺の前にアンティーク風なティーカップを置いた。ソーサーには、銀色のティースプーンが乗っている。


 それから机の中央に近い位置に、小ぶりなシュガーポット、ティーポットと並べ置いた。

 迷いのない手付き。音も静かで、優美だ。

 俺はふと疑問に思い、千佳ちゃんをを見上げた。


「なあ、目にかけてくれてる先輩とかいるのか?」

「別に。みんな優しいけど、それだけよ」

「今回の勝負のことは?」

「……誰にも言ってない」


 言ってない? 俺は思わず眉根を寄せる。

 千佳ちゃんが勝負を提案してきたあの場には、俺と俊哉がいた。つまり、コウには最低でも二人は協力者がいる。

 そんな事に気づけ無いような"鈍感さん"ではない。


 なら何故、誰にも協力を頼んでいないのか。

 一人でも勝てると、余程の自信があるのか。それとも、


「……この勝負、最初から負けるつもりだったとか?」

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