続編第四章 カワイイ俺のカワイイ弟子取り

第89話カワイイ俺のカワイイ弟子取り①

 カイさんからの激励もあり、俺はコウを勝たせるべく早速とサポートを始めた。

 コウの最大の魅力は、そのビジュアルに伴う天然性だ。

 なので余計な"演技"はつけずに、まずは出来るだけお客様と接するよう誘導する。


 店一番人気の"ユウ"がいっそう可愛がりだした、という状況だけでも、お客様の新たな興味をひいた。

 俺の客は"ユウ"の綺麗に計算されたサービスの安定感に慣れているので、初々しいコウの態度に新鮮さを覚える人が多い。

 常連さんはコウのおっちょこちょいも笑って流してくれるので、安心してコウだけでも送り出せた。


 俊哉から先日の詳細を聞いた時成は、「まあ、こればっかりはコウ自身の腕によりますからねー」なんて放任主義を気取っていた。

 が、以前よりも客前でコウにちょっかいを掛ける場面が増えているのは明らかだ。

 まったく。素直に協力するって言ってやればいいものを。


 俊哉は「俺に出来ることはこれだけだから」と、客として顔を出す日が多くなった。

 コウを指名して、チェキを撮る。俺にだって指名なんかいれたことないくせに。

 つまりそれだけ俊哉も、コウを勝たせてやりたいと思っているのだろう。

 そんな俺達に、コウはひたすら恐縮していた。


「す、すみません、皆さん。おれの勝手に、巻き込んでしまって……」

「可愛い後輩が頑張ってるんだ。少しくらい協力させろ。ただし、お前が諦めたり手を抜くようになったら、すぐにやめるからな」

「は、はい! おれ、絶対に勝ちますっ!」


 コウにしては珍しく強気だ。

 それだけこの店を、俺達を、好いてくれているのだろう。

 ならば尚更、取られるわけにはいかない。


 カイさんも気にかけているようで、一日終わりの通話による逢瀬も、コウの話題が殆どを占めていた。

 そして思い出したように、本の続きを教えてくれる。


 カイさんと同じ速度で、同じ物語を追っていく。

 それが俺にはまるで二人だけの秘密を共有しているようで、特別な心地よさに浸っていた。

 だから敢えて、トシキさんの話題は出さなかった。


 逐一"ただの客"について尋ねられては、カイさんだって良い気はしないだろう。

 何か大きな動きがあれば、彼女から"報告"がある筈だ。

 だって俺達は、"恋人同士"だから。


 そう、俺にとってトシキさんは脅威でもなければ、不安要素でもない。

 変わらず"ユウ"贔屓の、ありがたいお客様というだけだ。


 そのトシキさんが、久しぶりに以前と変わらない笑顔で店にやってきた。

 俺とカイさんが"友人関係"にあると認識している彼は、「たぶん、カイくんから聞いてると思うけど」と前置きして、カットモデルを正式に断られた事、それでも諦められずに客として通いだした事を苦笑しながら話した。


「いやー、でもほんっとすごい人気なんだねーカイくん! ぜんっぜん予約取れないよ」


 肩を落とすトシキさんからはカイさんへの執着は見えても、"特別な"好意は微塵も感じられない。

 ほらみろ、考えすぎだ。

 脳裏に浮かべた時成と俊哉に、余計な心配だと嘆息する。


 そうしてお客様に悟られないようコウのサポートを続ける日々が続き、気づけばあっという間に一週間が過ぎていった。

 まだ種まきの段階だが、コウの指名率はジワジワと上がってきている。

 これなら約束の三週間後には、それなりの結果が芽吹く筈だ。


 とはいえ、これだけで安心はしていられない。

 だってこれは千佳ちゃんから提案された勝負だ。敵さんだって、勝算がなければ勝負なんて仕掛けてこないだろう。

 という事で、次に俺がやるべきは。


「へー、本当にメイド喫茶ができてるね」


 時刻はおやつ時。敵さんの本陣をしげしげと観察しながら、驚いたように俊哉が言う。

 "めろでぃ☆"と同じく、この街の裏路地らしい雑居ビルの一階。外壁はオフホワイトのタイルが艶めき、飾り窓の映えるヴィクトリアン調に仕上がっている。

 どちらかと言えば、女子ウケしそうな上品さだ。


 外壁に合わせてオフホワイトに塗られた木製の扉前には、花弁が幾重にも重なったピンクの花が植えられたプランター。

 造花ではなく生花を使う手の込みように感服しながら、レース飾りの日傘を畳む。


「ほら、行くぞ」

「うん。千佳ちゃん、いるといいなあ」


 まるで仲の良い友人に会いに来たような、そんな調子で笑みながら俊哉が扉を開く。

 今回の目的は"敵情視察"だと伝えた筈なのだが……。

 まあいいか、とハナから俊哉に期待などしていない俺は、「サンキュ」と扉をくぐった。


 所謂玄関口には、濃いダークブラウンの受付カウンター。繊細な編み目が美しい白いレースが、いかにもで目を引く。

 その横。肘を張り、両手を腹前で合わせスタンバイしていた一人のメイドが、静かに頭を下げた。

 肩の部分がパフスリーブになった、漆黒の襟付き長袖ワンピース。足首まで覆うロングスカートは、たっぷりの生地で綺麗なAラインを描いてる。


 重ねた純白のエプロンは、肩の部分のみが波状のフリルになっていて、余計な装飾がないぶん、ウエスト部分にあしらわれた編み上げがいいポイントだ。

 クラシカルながらも、こちらの心をくすぐってくる。


「おかえりなさいませ、旦那様、お嬢様。こちらではご予約の確認をさせて頂いております」


 長いダークブラウンの髪を緩く首後ろで纏め上げ、リボン付きの清楚なヘッドキャップを付けたその人が、顔を上げた。

 千佳ちゃんじゃない。

 俺は"お嬢様"という言葉を否定する事なく彼女の前へ進み出て、予約画面を表示していたスマフォを差し出した。


 ざっと目を通した彼女は、腕と腹で挟んでいた細長いスエード生地のバインダーを開いた。

 おそらく、予約者のリストだろう。

 俺の名前を見つけたらしい彼女は、「ありがとうございました」と微笑んで、バインダーを閉じる。


「当店はワンオーダー制となっております。ご注文は担当のメイドがお伺いさせて頂きますので、ごゆっくりとお選びくださいませ。それでは、お席へご案内させて頂きます」


 この店ではカイさんの所とは違い、客が"男"か"女"かなど、取るに足らない情報なのだろう。

 落ち着いた仕草で先を促すメイドさんの後に続いて、薄いレースカーテンで仕切られた隣のホールへと歩を進める。


(おお……写真で見た通りだ)


 店内に伸びる、彩度の低いオレンジ色の照明。座面がふかりとした曲線的なデザインの椅子に、大理石"風"のアンティークテーブル。机の上には背の低い花器に、切り花が数本挿し込まれている。

 席数は思っていたよりも多い。

 やっぱり"メイド喫茶"というより、ちょっと雰囲気のあるカフェのようだ。


 入り具合はさすがのほぼ満席で、驚いたことに、女性のお客様が半数を占めている。

 くそう、羨ましい。……じゃなくて。

 俺達が案内されたのは、壁側奥の二人席だった。


 側には四本足の電話台。今時にしてはかなり珍しい、黒電話が乗っている。

 暖炉を模した棚の上には、長方形の置き時計。

 時計板の下部では、金色の馬がくるくると忙しい。

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