第84話カワイイ俺のカワイイ来店②

「そーだと思ったよ。最近ユウちゃんがお気に入りの"コウ"ちゃん!」

「うえっ!? いえ、そんな"お気に入り"だなんて……!」

「むうー、それは納得いかないですねー。ユウちゃん先輩のお気に入りはずっとおれですー!」

「お? いいねいいねー、ユウちゃん争奪戦! オレも入れてよ」


 拓さんが挙手したその手を、カイさんが「止めてください」と下ろして、


「待たせちゃってごめんね、ユウちゃん。バニラアイスとアイスコーヒーをお願いできる?」


 閉じたメニュー表を俺に手渡したカイさんは、緩慢な仕草でコウへと視線を流し、


「初めまして、コウちゃん。『Good Knight』っていう男装エスコート店で働いている、カイです。こっちは先輩の拓さん。騒がしくてごめんね」


 あー、出た出た。泣く子もオトす"王子の微笑み"≪プリンススマイル≫。

 コウはおろか、こちらをチラ見している周囲のお客様達も、息を呑んだのが気配だけでわかる。

 そんな店内の異変などなんのその、"こっち"と称された拓さんは「酷いなー」と唇を尖らせたが、いつもの軽い調子で「良かったらご贔屓に。オレとデートしよ?」と名刺をコウに手渡した。


 コウは受け取りつつも、オレへと顔を向けてくる。

 情報量が多すぎでパニック中って所だろう。

「いいよ、貰っておいて。拓さんはいっつもこんな感じだから」と言ってやれば、コクコクと頷いてエプロンのポケットへとしまった。


「じゃ、オーダー行ってくるんで、後は適当にお願いします。あいら、俊哉。カイさんに余計なコト吹き込むなよ」

「だーいじょーぶですってー」

「うん、いってらっしゃい」


 ちらりとカイさんへと視線をやると、「今日はよろしくね」と朗らかに手を振られた。

 軽く会釈を返した俺は、しっかりと背を正してパントリーへと戻り、


(だあああああーもうっ!!!)


 頭を抱えてガバリと座り込む。

 怒っては、いない。嫌なワケではない。と、思う。正直自分でも、よくわからなくなってきた。

 とりあえず今は不安が強い。さっきの微笑みで、カイさんに興味を持った人間は多いだろう。


(わかってたよ? わかってたけどさあ……!)


 フロアとを隔てる壁に張り付き、こっそり外を覗き見る。

 物珍しそうに店内を見回すカイさんの顔は、隠しきれないワクワクがはみ出ていて、時折言葉を交わす口元には、明らかな高揚が見て取れる。

 初めて見る顔だ。正直ちょっとカワイイ。だから余計に困る。


「うえっ? 先輩!? だ、大丈夫ですか?」


 遅れてパントリーへと戻ってきたコウが、壁にもたれかかる俺に駆け寄り慌てふためく。


「コウ……お前、カイさんには惚れるなよ」

「え? ほ、惚れるとか、そんな……! 大丈夫です! ……おれはユウ先輩やあいら先輩みたいにカワイイわけじゃないですし……ちゃんと自分の身分はわきまえてます」


 いや、それは違うだろ。

 俺はコウの両肩を掴み、


「いや、コウはカワイイよ。そこは自信持っていい。現に拓さんにも"ナンパ"されただろ? あの人、本当カワイイ子が好きだから」

「え、でもあれは社交辞令で」

「社交辞令なら名刺までは渡してこないよ。拓さんに興味持ったんなら止めないけど……でも、カイさんは、駄目。頼むから、止めてくれ」


 そこまで言ってから、キョトンとした双眸にハッと気づく。

 コウは俺とカイさんとの関係を知らない。何故こんな懇願をされているか、全く見当がつかないだろう。


「あ……えっと、カイさんって予約も取れないくらい人気だし」


 しどろもどろな付け足しの言い訳。ツッコミどころ満載にも関わらず、コウはふわりと相好を崩し、


「おれ、先輩が大好きです。だから、先輩が駄目っていうことは、絶対にやらないです」

「コウ……っ!」

「あ! スミマセンあのっ、大好きっていうのは、すごく尊敬してるし感謝もしてるって意味で……!」


 コウの真っ直ぐな素直さは天然記念物モノだ。

 真っ赤な顔で慌てふためくコウを「わかってるわかってる!」と抱きしめ、ひとしきり癒されてから「よしっ」と気を取り直す。


 時成とはまた違った方向だが、コウは本当にいい後輩だ。「ありがとな」と礼を告げて、ドリンクの準備を行う。

 と、フロアにオーダーを知らせるベルの音が響いた。同時にキッチンから、出来立てのカレープレートが提供される。


「ドリンクついでにプレート持ってくから、オーダー頼めるか?」

「は、はいっ! よろしくお願いします……っ!」


 オーダー用紙とペンを片手に踏み出していくコウ。

 横目で見送りながら手早くジンジャーエールとアイスコーヒーを用意した俺は、その二つとストロー類をお盆に乗せ、カレープレートを右手でつかんで注文主の元へと向かう。


「お待たせしました、トシキさん。カレープレートです」

「へ? あ、ゴメンゴメン、ボーッとしちゃってた!」


 トシキさんが照れくさそうに頭を掻く。

 プレートの次にスプーンを置いた俺は、「お疲れですか?」と小首を傾げてみせた。


「ん? あーいやえっと……ちょっと、ね」


 歯切れの悪い、曖昧な笑み。たぶんコレは、深追いせずに流してあげるべきだろう。

 判断した俺は少し膝を折り、心配そうな顔で視線を合わせる。


「ちゃんと水分とって、しっかり休んでくださいね。トシキさんが倒れたーなんて、聞きたくないですから」

「っ、うん。気をつけるよ。よーし、まずはガツッと腹ごしらえだな!」


 スプーンを挟むようにして両手を合わせたトシキさんは、「いただきます!」と発するなりカレーを大口で放り込む。

 詰まらせないといいけど。注意深く様子を伺いながらも愛らしい笑みを浮かべた俺は、「また後でお水持ってきますね」と告げ、カイさん達への元へと歩を進めた。


「お待たせしました。拓さんのジンジャーエールと、カイさんのアイスコーヒーで……なんですか」


 コースター、グラス、ストローと置く手は止めずに、微塵も隠さずニヤつく拓さんに視線を遣る。

 拓さんは慣れた手つきでグラスにストローを差し込んで、


「いやー、やっぱりユウちゃんはそうじゃないとってね?」

「……スミマセン、もう少しわかるようにお願いします。あ、カイさん。ガムシロップとミルク、二個ずつで足りました? もっといります?」


 覗き込むようにして訊ねると、カイさんは「ううん、大丈夫。ありがとう」と緩く首を振り、ポーションへと手を伸ばした。

 途端、「ピピーッ! 駄目だよカイ」と拓さんがその手を止める。


「ウチでは"メイド"が入れてくれますからー」


 言葉を引き継いだ時成が、「ね? せーんぱい」と態とらしく俺に振る。

 驚いたように「え? そうなの?」と瞬いたのは俊哉だ。

 ……まあ確かに、俊哉にその"サービス"をしたことは無かったな。


「ちゃんと"接客"してくれるんでしょ?」


 ニコリと笑む拓さんに、思わず嘆息が漏れる。

 どうしてもこの人は、"ユウ"にカイさんの接客をさせたいらしい。


(……別に、いいけど)


 なんでそこまで拘るのか。大方その絵面が面白いとか、そんな所な気がする。

 拓さんともそれなりな関係になってきたけれども、どうにも相変わらず軽薄そうで、腹が見えない。

 なんてったって、さっきの質問すら答えてもらってないくらいだ。


「そんな、いいよユウちゃん。店にこれただけでも満足……」

「いけません。"ご主人様"」


 意図的な声色で制止をかけると、カイさんは弾かれたように俺を見上げた。

 神経を張り巡らせた指先でミルクポーションを掴み上げ、至極丁寧にパキりと口を折り、蓋を開く。

 カイさんのこの表情は唖然、だろうか。違ってもいいけど。

 俺だけを凝視する双眸に、ちょっとだけ優越感。


「コーヒーはカフェインが含まれていますので、夏場の水分補給には向かないそうですよ。ブレイクタイムに楽しむのはいいですけれど、飲みすぎないでくださいね」


 パキり、パキり。四つ分のポーションを注ぎ込んだグラス。

 コースターの上に戻しながら、俺はしっかりカイさんを見つめ、


「"ご主人様"がご帰宅くださらないと、つまらないですから」


 そうして一度伏目がちに視線を落としてから、今度は恥じ入るようにチラリと伺う。

 目が合った刹那、意味ありげな微笑みで視線を奪えば完了だ。


「よく混ぜてからお召し上がりくださいね」

「……うん、ありがとう」


 差し出したストローをカイさんが受け取ったのを確認してから、俺は拓さんへと視線を遣り、


「これで満足ですか?」

「うん、オッケーオッケー! やっぱりいいねー、ユウちゃん!」

「なんかー、お客様の目線で見るの新鮮ですー」

「そっか、カフェインって利尿作用あるもんね」

「へえ、俊くんはこれでも動じないんだ?」

「俊さんの耐性はピカイチですからー」


(……これはもう、お役御免かな)


 和気あいあいとした雰囲気に、「じゃあ、アイス作ってきます」とその場を退散しようとすると、「あ、ちょっと待ったユウちゃん!」と拓さん。


「せっかくだから感想まで聞いていきなって! はい、カイ。"ユウちゃん"の接客を受けたご感想は?」


 手をマイクのようにして差し出す様に、何だか既視感……。

 カイさんはその手を「行儀が悪いですよ」と軽く叩き落としたが、時成と俊哉に「おれも気になりますー!」「実は……俺も」と促され、考えるような素振りを見せた。


 拓さん以外には優しい。それがカイさんの通常運転。

 すると、カイさんの双眸が俺へと向いた。ちょっとだけ緊張する。

 だって相手は俺の恋人だし、"装う"スペシャリストだ。

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