続編第二章 カワイイ俺のカワイイ来店

第83話カワイイ俺のカワイイ来店①

「あーやったあー、コウじゃなくてユウちゃん先輩が持ってきてくれたー」

「……よかったな」


 喜々として俺の手からオムライスプレートを受け取った時成は、そのまま上体を捻り「はい俊さん、どうぞですー」と隣の机上に皿を置いた。

 俊哉が「わ、ありがとう」と軽く頭を下げる。


「いいえー。さ、先輩ーおれのカレーも下さいー!」

「ハイハイ」


 だから、机を叩くのはやめなさい。何度目かもわからない小言を嘆息に変えて、俺は時成の眼前にカレープレートを置いてやる。

 夏の期間限定の、特別メニュー。時成は特にお気に入りのようで、二回に一回はこのカレープレートを頼んでいる。存外、辛党なようだ。


 早速とスプーンを手にした時成は、一口を含んで「んー! 疲れた身体に染み込んでいきますーっ」と頬を緩めた。

 開店時から昼過ぎまで勤務だった時成の、少し遅いランチタイム。

 隣に座る俊哉は、きっちり事前に上がり時間を教えられていたようで、時成の上がる少し前にやってきた。


(なんだかこの組み合わせも、随分と見慣れてきたな……)


 気づけばすっかり時成の"食事のお供"となっている俊哉は、今や一人でこの店に来れるようになっている。

 方向音痴の、素晴らしき進歩。感慨に浸っていると、後方から「あ、あのっ!」と遠慮がちな声が届いた。

 俺と同じく昼時から勤務中のコウが、ピッチャーを持ってきてくれたらしい。


「お冷っ、継ぎ足します……っ!」

「えー、どうせならユウちゃん先輩にやってもらいたいですー」

「うええ!? あ、スミマセンおれ余計なこと……っ!」

「コウ、"あいら"のいつもの意地悪だから。注いであげて」


 気にするなと肩を叩いてやれば、理解したコウは安堵したように「はいっ」と頷いて一歩を進める。

 ここがお客様の目のあるフロア席だからと、時成は"あいら"としての設定を続行しているのだ。が、まだ馴染みのないコウには瞬時に判別がつかないのだろう。


 まあ、その説明は追々でいいか……と脳内メモに記しながら、時成にちょっかいをかけられながらも水を継ぎ足していくコウを見守る。

 ソファー席の奥側に座る俊哉のグラスを「失礼します」と置いたコウは、次いで時成のグラス手に取り、あれ? といった様子で不思議そうに首を傾けた。


「あのっ、あいら先輩。どなたかいらっしゃるんですか?」

「んー? へふにははんへー」

「……飲み込んでから喋りなさい」


 モゴモゴと咀嚼しながら「うー」と返事する時成から視線を滑らせ、隣の俊哉へとバトンを投げる。

 呼び出されたのが俊哉だけなら、奥の個室を使うだろう。わざわざホールの四人席を陣取り、横並びに座る理由。

 大方の察しはついている。


「えーと、コウくん……だったよね。ユウちゃんがいつもお世話になっています」

「ちょっ、そーゆーのいいから」

「え!? あ、いえ、おれがいつもご迷惑をおかけしているばっかりで……っ!」

「コウもノらなくていいからっ」

「ユウちゃん先輩のお世話になっているのもお世話をしてるのも、おれが一番ですからー!」

「あいらっ! これ以上脱線させるな……っ!」


 全力で大声を発したい衝動を何とか抑えた俺は、やっぱりプロフェッショナルだと思う。

 そんな自画自賛でなんとか冷静さを手繰り寄せ、


「で? どうせ拓さんだろ。この配置だと」

「んーと、そうはそうなんだけど……」


 歯切れの悪い俊哉に「なんだよ?」と眉根を寄せると、俊哉はへにゃりと眉尻を下げて、申し訳なさそうな苦笑を浮かべた。


「ごめんね、ユウちゃん。俺も出て来る少し前に知ったから、事前に伝えられなくて」

「はあ?」


 その瞬間、鳴り響いた来店の鐘。

 反射で振り返った俺はきっちりユウの顔を作っていたが、立つ人物をとらえた瞬間、驚愕に仮面が崩れ落ちた。


「やっほー、ユウちゃん。久し振り!」


「今日もしっかりカワイイね」と片手をヒラヒラ振るその人は、予想通りで何の驚きもない。

 問題はその後ろ。おずおずと扉を閉めたその人は、唖然とする俺に気付いて、


「ごめんね。来ちゃった」

「……カイさん!?」


 今度こそ冷静さを欠いた俺の叫びが、情けなくも店内に響き渡った。


***


「いやー、やっぱり外は暑いね! 去年どうやって夏を乗り越えてたのか、毎年わかんなくなっちゃうよ。あ、ユウちゃん。オレはジンジャーエールね」

「わかりますそれー。ウチもそろそろカキ氷とかメニューに加えてくれたらいいんですけどー、コスト面で中々踏み切れないみたいでー。あ、先輩。オレンジ追加でお願いしますー」

「カキ氷だと、氷を削る機械が必要になるもんね。ユウちゃん、俺はウーロン茶をお願いできる?」

「カイは何にする? あ、メロンソーダとかいいんじゃん? アイス乗ってるし。ねえ、ユウちゃん」

「説明を……お願いします……っ!」


 脳内は混乱で絡まった糸が脱走している。

 それでもきっちりオーダーを用紙に書き留めながら、俺は喉奥から動揺を絞り出した。

 カイさんとは昨夜も『おやすみ』までメッセージのやり取りをしていたが、今日店に来るなど一言も聞いていない。


「えっと……」と申し訳なさそうに笑んだカイさんの隣。

 開いたメニュー表をカイさんへと押しやった拓さんが、「だあってさー?」と頬杖をつき、


「カイさ、結構前から"店でのユウちゃんってどんな感じですか?"ってしつこくて。なら自分で見に行けばいいじゃんって言っても、全然そんな気配ないし。だーかーらー、引っ張ってきた」


 まるで語尾に星マークでもついているような調子だ。

 確認の意味を込めてカイさんを見遣ると、気づいた彼女はすまなそうな笑みを浮かべた。

 つまり、肯定。……それなら言ってくれればいいのに。


「えーなになにユウちゃん、怒っちゃう?」

「……怒りませんよ」

「だーよねえー。元が"ああ"だったし、今更見られて困るってコトもないでしょ。ちゃーんといつも通り"接客"してね」


 たぶん、拓さんのコレは挑発だ。

 別に、わざわざ釘を差さなくとも、手を抜くつもりはないのに。


「……カイさん、注文決まりました? アイスがご所望なら、普通のデザートとしてもありますよ」


 気合、とは少し違った感情で腹底が冷え行くのを感じながらも、俺は意識的に蓋をして"ユウ"の仮面を貼り付ける。

 カイさんは一瞬戸惑ったようにも見えたが、俺のめくるメニュー表へと視線を落として「ん、と……」と選び始めた。


 拓さんとの外出だからか、今日のカイさんの装いはどちらかと言えば男性的だ。

 それでも開かれた鎖骨の上、キラリと光る水色を見つけた途端、本当の意味で冷静さが戻ってきた気がした。


 どうしてカイさんが店での俺を気にしていたのか。確かに、よくよく考えてみれば俺は"エスコート"でのカイさんを知っているのに、その逆は全くだ。

 不公平だと感じていたのか、たんなる好奇心か。何せよ、カイさんが店での"ユウ"をご所望だと言うのなら、応えるまでだ。


(ま、しっかり接客させていただきますよ)


「あのっ、先輩、お冷お持ちしました……!」


 拓さんとカイさんのお冷を、コウが運んできてくれる。

「ありがとうね、コウ」と視線を上げると、すかさず拓さんが「あっ、やっぱりねー」と片目を眇めた。

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