第79話カワイイ俺のカワイイ進捗②


 いわゆる"普通"とは毛色の異なる攻防を重ね、なんとか想いが通じあった俺とカイさんだが、どうやら互いに『恋愛至上主義者』ではなかったらしい。

 私的な連絡先を交換し、晴れて予約争奪戦に参加することなく会えるようになったとはいえ、次の"デート"の約束を取り付けるにも『空いている日』というのが前提条件だ。

 つまり、既に決まっている生活の、"隙間"に差し込んでいくスタイル。会いたいが為に店や学業を疎かにするなど、最初から選択肢にない。


 社会に順応した、理性的なお付き合い。

 別に、不満はないし、むしろこれが理想的なのだと思っている。というか、『恋人』として座しているだけでも十分に夢のようだというのに、これ以上を望んではバチが当たるというものだろう。

 ただ、少しだけ。

 ほんの少しだけ、胸中に浮遊している微かな"欲"が、時折"子供"のように囁きかけてくる。

 ――本当に、これが"正解"なの?


『ごめんね。夏は結構出ないといけなくて……』


 思い起こされる、カイさんのすまなそうな顔。

 まぁ、だよな。というのが率直な感想で、同じ界隈に従事するモノとして、「僕もです」と納得の顔で頷いた。

 反射のように過った落胆は、綺麗に隠して。


 とはいえ、短い時間ながらも定期的に逢瀬は重ねているし、回数は少ないが、メッセージのやり取りだって毎日している。

 紛うことなき、お互いの『特別』。俺も、カイさんを大切に想う気持ちに変わりはない。

 例え、世のカップルが海だ祭りだと浮かれた行事に没頭するなか、仕事に精を出していてもだ。


「あのっ、ユウせんぱい……っ!」


 必死に絞り出したような声が耳に届き、俺は思考を切り替え机上を拭く手を止めた。

 視線を上げると、自身の胸前でぎゅうと掌を握り込めた、ひとりのメイドが立っている。

 目元にかかる柔らかなくせっ毛の黒髪。太めな眼鏡フレームの奥で、俺を見据える双眸がぐにゃりと泣き出しそうに歪む。


「あのっ、デザート用のパイ生地って、ど、どこに……」


 そういえば、以前デザートの盛り方を教えた時は、俺が用意してあげていた。

 フロアに出ている手前「こっち」と先輩メイドの微笑みを浮かべ、パントリーへと彼を連れ立ち、背丈よりも大きな冷蔵庫のひとつに案内する。


「飲み物が入ってるこの冷蔵庫の、上段……パイはここな。残りが三枚くらいになったら、キッチンになくなりそうだって声かけて。そしたら、補充しといてくれるから」


 見つけたタッパーを手渡しながら告げると、彼は「ありがとうございます!」と安堵したようにへにゃりと笑む。

 うん、かわいい。今ここが客目のあるフロアではないことが、心底惜しいくらいに。


「後は任せて大丈夫か?」

「は、はいっ! 助かりました……!」

「またわかんないコトがあったら、すぐ言えな。――コウ」


 嬉しげに瞳を緩めたカワイイ後輩は、タッパーを両手で抱き締め「はいっ!」と大きく頷いた。


 以前、客として通っていたコウは、この夏からここ『めろでぃ☆』の一員となった。

 けっして俺が強引な勧誘をしたのではない。ある日、店長から新人の面接に同席してほしいと頼まれ、その場に現れたのがコウだった。


 当然、俺は即座に採用の結論を下し、履歴書に目を通した店長も特に問題ないと快諾した。面接時間は、ほんの五分程度だったような。

 その後、早速とメイド服の試着をさせると、カーテンを開けて出てきたコウは心許ない様子で視線を彷徨わせた。


「どうした? ……その制服、嫌か?」


 客として通っていたのだから、ウチのメイド服を着ての勤務は承知の上だろう。

 だがいざ着てみたら、思っていたのと違ったのかもしれない。

 恐る恐る訊いた俺に、コウは勢いよく首を横に振ったが、眉尻をへにょりと下げ、


「あのっ、ほんと、申し訳ないんですが……おれ、化粧とか、服とか、全然わかんなくて……っ!」


 ……つまり、自身がないと。

 そんな経緯があり、この店で働く『コウ』のビジュアルは俺のプロデュースだ。

 化粧は最低限に、あくまで元の素材に少しだけ『付け加える』程度で、初々しさと清楚感を。せっかく『眼鏡っ娘』というオプションがあるので、その特性はそのまま生かすように。


 メイクの指導をした翌日には、コウは俺の使ったメイク道具を全て揃えていた。

 どうやら思っていたよりも、熱心かつ行動派のようだ。


 その後、コウの仲間入りを知った時成がおもむろに「んじゃー、基本はおれとコウでユウちゃん先輩を取り合うトライアングルな感じでー」と大雑把なキャラ付けをし(コウは純粋な瞳で「が、がんばります……!」と意気込んでいた)、気づけば何だかんだ週によってはトップファイブに食い込んでくるほど人気を集めている。

 期待の大型新人。俺の目に狂いはない。

 ……のだが。


 お客様と会話を紡いでいた俺は、フロアに現れたコウのお盆上をさりげなく確認する。

 乗せられていたデザートプレートに問題点は見当たらない。が……。

「ちょっと失礼します」と会話を切り上げ、早足にパントリーへと入った俺は、目的のモノを掴み取り急いで踵を返す。


 向かう視線の先では、ちょうどコウがプレートをお客様にお出ししている最中だ。真剣な面持ちで机上に置いた次の瞬間、はたと気がついたように焦燥を浮かべた。

 やっぱりな。

 予想通りの展開に内心で苦笑しつつ、側に寄った俺は茶目っ気たっぷりにその肩を叩く。


「コーウ、忘れモノ」

「っ、せんぱいっ!」


 掲げてみせたのは、デザート用のスプーンだ。先端は紙ナプキンでクルリと覆われている。

 コウは勉強熱心で覚えもいい方なのだが、こうした"ちょっと惜しい"が時々あるのだ。

 まあ、総じて可愛いレベルであるし、それも含めて『コウ』というキャラの魅力のひとつだと思っている。所謂、"ドジっ子"というヤツだ。それも天然モノの。

 明らかな安堵を浮かべたコウを横目に笑みを浮かべ、座っていたお客様のプレート前へ、スプーンをコトリと置く。


「すみません、お待たせしてしまって」

「さっすがユウちゃん。ナイスフォロー!」


 ニカリと笑って親指を上げてくれたお客様は、秋葉原の裏路地で美容師をしているトシキさんだ。

 その職業故か、赤毛の短髪(トシキさん曰く、ピンクヴァイオレットというカラーらしい)にピアス複数個という少々派手な印象だが、気さくでカラリとした人当たりのいい男性である。

 トシキさんは早速とスプーンを手に取ると、紙ナプキンを外し、丸く盛られたバニラアイスを口に運んだ。


「うーん、暑いとやっぱこの冷たさが最高だよねー! にしても、よかったねコウちゃん! ナイス連携プレーじゃん?」


 顔を向けられたコウは肩幅を狭くして、「すっ、すみませんでしたっ!」と勢い良く頭を下げた。

 トシキさんは笑って「俺はぜーんぜん。怒られるとしたら、ユウちゃんにじゃん?」と伺うような視線を流してくる。

 確かに、"先輩メイド"として釘を差してから、落ち込むコウを優しく慰めるのも一興だが。

 別の一択を瞬時に弾き出した俺は、落ち込むコウを安心させるべく、柔らかい微笑みを浮かべた。そっと片手を伸ばし、少し高い位置にあるコウの頭を撫でながら、


「手間のかかる後輩も、可愛いものよ」

「……ユウ先輩っ!」


 感動したように頬を赤らめつつ、瞳を潤ませるコウ。

 そんな俺達の"サービス"に見惚れていたのか、数秒のあいだ停止していたトシキさんはハッとしたように、


「あっ、ちょっ、抜け駆けだー! 後であいらちゃん戻ってきたらチクっておかなきゃ!」

「え、そ、そんなつもりは……!」


 両手を振り狼狽するコウに、「だってだって、コウちゃんだけ可愛がられてちゃあ、あいらちゃんが可哀想じゃん?」とトシキさん。

 因みに、トシキさんの"推し"はあくまで俺こと"ユウ"だ。そこをきっちり把握しているので、俺は落ち着いた声で「トシキさん」と呼び止める。

 反応した二人の目が向いてから、ゆっくりと人差し指を自身の唇に寄せ、


「あいらが知ると拗ねちゃうんで、どうかご内密に」


 蠱惑的で、色を乗せた"ユウ"の笑み。目にした二人だけではなく、一連を伺っていた周囲のお客様も一斉に紅潮する。

 ついでに「ね?」っと小首を傾げてみせると、見惚れていたトシキさんは肩を跳ねさせてから、何度も首を縦にふった。計算通りとはいえ、ブンブンと振られる様はまるでからくり人形のようで、首を痛めてしまわないか心配になる。


 ともかく、こうして俺は俺で、この店で生き生きとした日々を送っているのだ。

 なんとも充実した夏休み。素晴らしいじゃないか。

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