第77話カワイイ俺のカワイイ本当⑨
「あ、やっと揃った感じ?」
「拓さん! スミマセン、ご迷惑おかけしました」
駆け寄り頭を下げるカイさんに、「待ってください!」と俺も頭を下げる。
彼女に責められる理由はない。
「全て俺の責任です。カイさんも、拓さんも、巻き込んでしまって……。本当に、すみませんでした」
「カイ、怪我は?」
「え? いえ、特にありませんけど……」
「ユウちゃんも、怪我はないね?」
「へ? あ、ハイ」
予想だにしていなかった問いに思わず顔を上げると、拓さんは「ならいいよ」と大きく息を吐き出した。
「こーゆー仕事してれば、珍しいコトじゃないしね。お灸は据えてきたんでしょ?」
「あ、はい、一応……」
拓さんは頭を掻いて、
「なら一旦は様子見かな。ユウちゃんトコにはあいらちゃんと俊哉くんがいるし、こっちにはオレがいるし。あとはオレとあいらちゃんの知り合いも使えば、ある程度は平気でしょ」
「え、ええと?」
どうしよう、話しが見えない。
疑問符を飛ばしながら首を傾けると、呆れ顔の時成が受付から踏み出しながら、
「警備ですよ、警備ー。 痴情のもつれってコワイですからねー。……まぁ、レナさんはのめり込んだら周りが見えなくなる節がありますけど、基本的には話が通じる人ですし、ユウちゃん先輩にガツンと言われたなら、このまま引いてくれるとは思うんですけどねー。一応、念の為ですー」
「俺はあんまりよくわからないけど、何事も、何かあってからじゃ遅いからね」
「そーゆーコト。ウチも、人気頭のカイに離れられちゃあ、困るしね」
「っ」
労わるような声色。優しい、優しい空気。
溢れる感謝を噛みしめながら「……ありがとうございます」と頭を下げると、隣でカイさんも低頭した気配がした。
守られている。こんなにも、大切に。
こみ上げてきた目奥の熱さに耐えていると、愉しげな声が場の空気を一変させた。
「そーれーでー?」
横を通り過ぎながら俺の肩をポンと叩き、拓さんは時成と俊哉の隣へと歩を進め、
「二人は、収まるトコに収まったの?」
「いっ!?」
そ、れは……っ!
「拓さん、それ訊く必要ありますかー? めちゃくちゃ駄々漏れじゃないですー?」
「いやーでもやっぱホラ、迅速な報告はお仕事のキホンだから。ね? カイ」
「えっ、と、その……」
チラリと背後を振り返ると、当惑しながらも頬を染めるカイさん。視線を戻すと、拓さんの口角がニヤニヤと上がっている。
時成の言う通り、わかっているだろうに言葉にしろと迫っているのだ。
意地が悪い。恨めし気な俺の視線にも、拓さんはどこ吹く風で「ほらほら」と促してくる。
ここは俺が助け舟を出す場面なのだろうか。うん、たぶんそうだろう。
意を決してぐっと顎を上げる。と、フロアを進む足音がして、肩に指先が触れた。
カイさんだ。俺を見下ろす顔がふわりと緩む。柔らかく、温かく、でも、愛おしげに無邪気に。
「『特別』な人の『特別』って、嬉しいですね」
「っ!」
結局どの道、俺よりも彼女の方が何枚もウワテらしい。
真っ赤な顔で湯気をあげる俺に、「ごちそーさま!」と笑う声が重なった。
***
高く照りつける日差しに、汗ばむ肌。ナチュラルに見えるようにとバッチリ施した化粧が、汗に流れ落ちそうでハラハラする。
短い袖が薄く透けるワンピースは、今日の為にと購入したばかりだ。なんだかんだで気合が入ってしまうのは、仕方ないだろう。
だって今日は、大切な大切な、大好きなあの人との『デート』なのだから。
「……ゆうちゃん!」
現れたその人は、常よりも短いスラックスに、白いリネンで作られたノースリーブのシャツを合わせている。
露出の多い肌にうっかり心臓が跳ねたが、しっかりと心中を律して平常を装った。
「おまたせ」
甘く和らいだ瞳に、軽く首を振る。待ち合わせ時間までは、まだ数分ある筈だ。
こっそりと掌をスカートで拭い、少しだけの躊躇いを挟んでから、無防備な細い指先を握りこめた。
湿り気を帯びた高温の外気にはホトホトまいっているというのに、この体温は、心地いい。
「行きましょうか、なつきさん」
「……うん」
照れくさそうにはにかんだ彼女の薄く浮いた鎖骨の上で、銀に縁どられた海色が、キラリと光った。
***fin***
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