第74話カワイイ俺のカワイイ本当⑥

「……初めの時は」


 か細い声。聞き逃すまいと意識を耳に集中しながら、拒絶の言葉に耐えうるようにと、心中を律する。


「……普通に、いい子だなって思ってた。特別な感情じゃなくて、本当に、お客さんの一人として。ただ、『似てる』雰囲気があるのが、ちょっと気になったけど……でもそれは、単純に『同じ』だからだと思った。女だけど、男を装って、男の子だけど、女の子を装う。今までは知識だけで、ちゃんと関わるのは初めてだったけど、ユウちゃんは話しやすくって、一緒の時間はあっという間だった」


 言葉を紡ぐ彼女は、影に沈むアスファルトを見つめたままだ。


「回数を重ねる度に、次に会える時が楽しみになって。でもそれは、気の合う友達と会えるのを楽しみにしてるような、そんな気持ちだと思ってた。……そう、思ってたんだけど」

「……」

「……拓さんが、知らない間にユウちゃんと仲良くなってるのを見て、焦ったっていうか、戸惑ったっていうか……嫌だなって、思った。けど、なんでそう思っちゃうのか、よくわからなくて……。迷っている間に、里織とも仲良くなってて。……でも、ユウちゃんはまだ、真っ直ぐに見てくれてたから。理由に辿り着く前に、とにかくその目が他に向かないようにしなきゃって、思った」

「っ」


 まるで、独占欲にも似た言い回しに、心臓がドキリと跳ねる。


(それは、どうして――)


「……ユウちゃんは、優しいから。どうしてこんなに優しいんだろって思うのと、誰にでも優しいんだろうなって気持ちがグルグルして。なんでそんなにグルグルしてるのかもわからなくて。……あの時、拓さんに『客』だって言われた時、凄く苦しくなった。……ユウちゃんの事も、傷つけたんじゃないかと思って。でもユウちゃんは、ちゃんと割りきってたから。……おかしいのは、自分なんだって、わかった」

「っ、それは」

「『私』は」

「っ!」


 乗せるだけだった指先が、縋るように俺の掌の半分を握りこんだ。

 伝わる体温は先程よりも温かい。うっすらと感じる震えと、彼女の言葉に、鼓動が早くなる。


「プレゼントを真剣に選んでるユウちゃんを見て、贈られる相手を羨ましいって思った。女の子達に囲まれた時も、嘘でも『そういう』フリをして、満足感に浸ってた。……この、ネックレスを、もらえて」


 彼女がもう片方の腕を上げ、手を開く。

 千切れた鎖が、シャラリと流れた。


「っ、本当に、嬉しかった……!」


 紛れも無い『本当』の言葉。涙に歪むその顔を捉え、考えるよりも先に彼女の手を引いていた。


 上体が傾く。少し高い位置にある彼女の後頭部と背へ掌を回し、引き寄せ、濡れた瞳を隠すように肩口へと押し込んだ。


 彼女は抵抗する事無く俺へと上体を預け、静かに肩を震わせながら「……ごめんね」と呟く。


「私が、もっとちゃんとしてれば、守れたのに」

「いいんです、謝らないでください。……そんなに喜んでくれるんなら、何個でも買ってきます」

「っ、それは駄目」

「それよりも」


 抱きしめる腕に力を込めると、彼女はピクリと小さく揺れた。

 それが抵抗ではないとわかってしまうから、逃がしてあげられない。


「……どうして、嬉しかったのかって……訊いてもいいですか」

「っ!」


 彼女が顔を上げなくてよかった。

 今、俺の顔は、夕陽に負けないくらい真っ赤だろう。


 躊躇うようにモソモソと藻掻いた彼女は、やはり俺の腕を振りほどく事なく、くぐもった声で、


「……一緒の時間が楽しくて、仲の良い人に嫉妬して、プレゼントを貰って嬉しくて。……こうしてくっついて、嫌じゃないのって、『好き』ってコトだよね?」

「……俺に訊いたら、こちらに都合のいい答えしか返しませんよ? 『ユウ』も『俺』も、優しいというよりは計算高いですし」

「優しさのある計算高さだよね。だってそうやって、わざわざ忠告してくれるんだから」


 クスクスとした笑い声が肩口から届く。

 なんだか俺も気が抜けて、薄く息を吐き出した。が、そろりと背に伸ばされた指が服を握った感触に、また息を詰める。

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