第68話カワイイ俺のカワイイ贈り物⑦

 今回はと自身の横に置いていた鞄を開け、小型の紙袋を取り出す。手を入れ、青いリボンのついた小箱をそっと掴み上げ、カイさんへと差し出すように机上に置いた。


「……だからこれは、お礼も兼ねての誕生日プレゼントです」

「!」


 カイさんはこれまでで一番じゃないか、というくらい、いつもは涼やかな目元を見開いて、笑顔を浮かべる俺の顔と小箱を交互に見遣った。

 困惑。事態が飲み込めないと言わんばかりの反応に、俺はニコリと笑んで、


「迷惑、でした?」


 こんな物言いが出来るのは、痛む胸中とは反対に脳が冷え冷えとしているからだ。

 諦めにも似た感覚。もうバレてもいいと自暴自棄になっているのかもしれない。

 カイさんはあからさまに狼狽えながら、


「め、いわく、じゃないけど……」

「なら、貰ってやってください。その後は、お任せしますから」


 処分してくれたって構わないんだ。そう含ませたのだが、気づいてくれただろうか。


 斜め下に視線を彷徨わせたカイさんは、苦悶するようにギュッとキツく眉根を寄せた。と、細い指先をそっと伸ばし、小箱に触れる。


「……開けてもいい?」

「どうぞ」


 小箱を飾っていたリボンが丁寧に解かれていく。壊れ物を扱うようかのような慎重な手つきに、思わず苦笑が漏れた。

 そんなに怯えなくても。これはもう、俺の手から離れたモノだ。


 パカリと開かれた上蓋。その中から更に、一回り小さな箱が顔を覗かせた。取り出し、机上に置いたカイさんが、ゆっくりと開く。

 ピタリと止まった指先。


「っ、これ」

「……見た時、カイさんの姿が浮かんで。ピッタリだなって思ったんです。凛としてて、でも優雅さもあって。そう思ったら、つい」


 俺はしっかりと"ユウ"の顔でカイさんを見つめ、


「なのでこれは僕からの、善意の押し付けです。この場だけでいいんで、笑顔で受け取ってやってください。……カイさんなら、出来るでしょう?」


 演技で構わないから、そうして欲しかった。

 気持ちを受け入れては貰えなくとも、一度受け取って貰えれば、それだけで。

 祈りにも似た心持ちで笑んでみせると、カイさんはクシャリと顔を歪めた。


「っ、……ユウちゃんは、なんで」


(……なんで?)


 尋ねるというよりは、戸惑いが零れ落ちたような呟きだった。


(なんで、か)


 『あなたが好きだからです』なんて、何の意味も成さない言葉だ。


「……お礼と、遅い誕生日プレゼントですって。案外、人にあげるのが好きな性分なのかもしれません」

「っ……」


 カイさんが瞼を伏せる。

 下唇を噛む仕草は、初めて見るものだった。


「? カイさ……」

「嬉しい」

「え?」

「演技とか、じゃなくて。本当に、嬉しい」


 カイさんは絞りだすように呟き、綺麗に収められていたネックレスを取り出した。そのまま留め具を外し、後手にチェーンを首に回すと、数秒してから手を放し、俺をみた。


 照れくさそうな、泣き出しそうな、真っ赤な頬ではにかむ。


「……ありがとう」

「っ!」


 心臓がドクリと胸を打つ。

 冬空だった脳内が、一気に沸騰する感覚。


(っ、なんで、そんな)


 演技ではない。これは、心からの『ありがとう』だ。俺にはわかる。だから、わからなくなる。


 折角、諦めようと思ってたのに。

 そんな顔をされては、また、とらわれてしまう。


 硬直していた俺に何を思ったのか、カイさんは柔らかく瞳を緩めてクスリと笑んだ。

 はっと思考を切った俺は、その時やっと顔に熱が登っていることに気づき、慌てて伏せる。


(っ、やばっ)


 心臓がうるさい。めちゃくちゃ嬉しい。

 全身を駆け巡るこの興奮をどうやって押さえつけたらいいのか、誰か今すぐ教えてほしい。


「あ、でも」


 少し沈んだ声色。視線だけをチロリと上げてカイさんを伺うと、


「この服じゃ、あまり似合わないよね。ごめんね」

「……いえ」


 確かに今日のカイさんが纏っている男性よりの服装だと、女性的で華奢なネックレスは少し浮いているようにも思えるだろう。


 けれど俺には、そんな調和は関係ない。

 というか、贈ったモノを嬉しそうに身に付けてくれた想い人を見て、そんな細かいことを気にするヤツがいるのだろうか。


「……すごく、似合ってます」


 やっぱり顔が、というか、頭のてっぺんまで熱くて、呻くように告げた俺にカイさんは蕩けるような笑顔を浮かべた。


 ナチュラルなウッド調の店内がキラキラと輝いて、眩い宮殿に変わる。そんな錯覚に溺れてしまいそうになりながら、俺は胸中で「ああ、だめだ」と敗北宣言。


 そんな事など知る由もないカイさんは、やはり極上の笑みのまま胸元へそっと指先を寄せ、


「……大事にするね」


 大切そうな眼差しに、俺はやっぱり想いを捨てられなかった。

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