第67話カワイイ俺のカワイイ贈り物⑥

「カイさん、何かあったんですか?」

「え?」


 まさか俺から問われるとは思わなかったのだろう。カイさんは虚を突かれたように目を丸くした。


 マジマジと見つめてくる瞳がつらい。逸したくなるが、なんとか平常を顔に貼り付けて、俺は呆れたような顔をした。


「なんか、らしくないですよ?」

「……そう? って、ユウちゃん相手じゃ通用しないよね」


 苦笑したカイさんに、俺はニッコリと微笑んで肯定してみせる。

 これまで様々なやり取りを交わしてきた俺達は、互いに下手な誤魔化しは通用しない。


 肩を竦めたカイさんは躊躇うように視線を落とすと、「とりあえず注文しよっか」と切り出した。


(……それもそうか)


 馴染みの場所とはいえ、ここは飲食店だ。注文もせずに話し込む訳にはいかない。

 今日は少し忙しそうな吉野さんと軽い挨拶を交わし、晴れて新メニューとなっていたフレンチトーストと紅茶、カイさん用のコーヒーを注文した。


「ちょっと待っててねー!」と去りゆく背が慌ただしく次に向かうのを見送り、俺は「さて」と居住まいを正す。


 それが合図だと悟ったカイさんは、気を落ち着けるように冷水をひとくち流しこむと、困ったような笑みのまま口を開いた。


「……ユウちゃんは、"らしくない"時って、どうしてる?」

「……え?」

「ごめん、突然こんな事訊かれも、困るよね」

「あ、いえ、それはいいんですけど……」


(らしくない、とき?)


 ここ最近の俺の"らしくない時"といえば、ほぼほぼカイさん絡みだ。

 そしてどれも、何とか切り抜けているといった状況で、特にこれといった打開策があった訳じゃない。

 というか。


「……"らしくない"カイさんになった原因って?」


 この返しは予想していなかったのか、カイさんは瞬時に頬を強張らせた。

 戸惑いに揺れる瞳。『カイ』の仮面が、剥がれ落ちていく。


「っ、そ、れは」


 無意識なのか、白い頬が徐々に朱色に染まっていく。

 ――ああ、もしかして。

 予感に、俺は目を細めた。


「はい! お待たせしてごめんね!」

「! 里織」

「ありがとうございます、吉野さん。今日はちょっと混んでますね」

「んー、そうねぇ、コレはちょっとタイミングが被ったってヤツかしら。ごゆっくり!」


 注文の品と取り皿を一枚置いて、吉野さんは片手を振り戻っていく。

 言葉を探すように視線を彷徨わせるカイさんを目端に捉えながら、俺は慣れた手つきでフレンチトーストを一枚、小皿に取り分けた。


「はい、カイさんどーぞ」

「……ありがと」


 いつものカトラリーの手渡しにすら思考が回らないらしい。

 カイさんはボンヤリと、俺の置いた皿を見つめている。


(まぁ、無理ないな)


 心の奥に、薄暗い靄が溜まっていく。まさしく『心ここにあらず』なこの状態には、覚えがあるからだ。

 カイさんが"らしくない"原因。


 それはおそらく、誰かに『恋』をしているからだろう。


 可能性として、頭にいれていたつもりだった。

 カイさんの仕事は多くの人と会う。その中で、いや、もしかしたらキッカケは別だったのかもしれないが、ともかくまだ空席のままだった『特定』の位置に、誰かが収まっても、おかしくはない。


(わかってた、つもりだったんだけど)


 実際直面してみると、案外しんどい。


「……この間は、ありがとうございました」

「えっ?」

「由実ちゃん、喜んでくれてました。これなら学校でも使えるって、写真、送ってくれたりして。カイさんのアドバイスのお陰です」


 カイさんは戸惑ったような顔をしていたが、話題を合わせようとしたのだろう。ぎこちなく薄い笑みを浮かべて、


「……喜んでくれたのなら、よかった。でも、選んだのは、ユウちゃんだし」

「いえ、僕ひとりじゃ、きっと失敗していましたから」


 カイさんの想う相手は、どんな人なのだろう。

 背が高くて知的な男性だろうか。それとも、色気たっぷりで優しい女性だろうか。どちらにせよ、俺には無いモノを持っているのだろう。


 ツクリツクリ。心臓がないている。

 悔しいのか、悲しいのか。この痛みの理由は、よくわからない。

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