第65話カワイイ俺のカワイイ贈り物④

「ユウちゃん」


 コウくんと話している間、レナさんが何度も振り返り、こちらの様子を伺っていたのは知っている。


 だからオーダーを取るまで動かなかったのだ。きっと席を離れれば声をかけてくるであろうレナさんを、最もらしい理由で回避する為に。


「すみませんレナさん。これ、キッチンに届けにいかないとで」

「……そうね、行っていいわ」

「ありがとうございます」


 チクリ。俺の良心が罪悪感に痛む。時成が警戒する理由がわからないからだ。

 だというのに……。


「コウさん、久しぶりですねー。おれも挨拶してこよっかなー」

「……時成」

「なんですかー?」


 不満げに見遣るも、時成は涼しい顔で小首を傾げる。


「……ちょっとくらいは、いいんだろ」


 これでは理不尽だと言外に含めると、じっと俺の顔を探るように見つめた時成は、数秒の逡巡のあと、仕方なそうに肩を竦めた。


「……いいですけど、ホントにちょっとにしてくださいー」


 こうして晴れて許可を得た俺は、注意深くレナさんとの接触を避けつつも、不自然にならない程度には数度言葉を交わした。


 とはいえ、レナさんからすれば全然話し足りなかっただろう。

 暫くして、「今日はどうもタイミングが悪いみたいね」と剣呑に目を細めて帰っていった。

 しっかり『置き土産』を残して。


 シフトを終え、着替えを済ませた俺は『Good Knight』へと向かいながら、浮かんだ疑問に思考を巡らせていた。

 会計に立った際、明らかに不機嫌なレナさんへ謝罪を口にすると、彼女は視線も合わせずに、


「今日はどうもタイミングが悪いみたいね。……それだけじゃないでしょうけど」

「え?」

「まぁいいわ」


 目を丸くする俺に、不敵な笑みを浮かべ、


「それもきっと、次に来る時には解消されているでしょうし、今回は許してあげる」


 一瞬、避けているのがバレたのかと、心臓がヒヤリと縮んだ。

 けれど、そうではなかった。ちゃっかり挨拶をしにきた時成にも、レナさんは至っていつも通りの笑みで「また来るわ」と手を振っていた。


(レナさんは、何を言っていたんだ……?)


 普段なら、ちょっと疑問に思うだけでここまで気に病む事はない。

 けれども店を出る前に、「今日は出来るだけ寄り道をしないでくださいー」と言ってきた時成の真剣な表情に、どうにも嫌な予感がしてならない。


「……着いちまった」


 見慣れたビルに数秒足を止め、ノロノロと階段を登った俺は、扉前で思考を切り替えた。

 レナさんの件は、一旦後だ。今は、目先の勝負に集中しないと。


 結局、『上手い言い訳』は考えないままだ。

 けれども時間は待ってくれない。突如襲ってきた緊張にすうっと息を吸って、よし、と扉を開けた。


 見慣れた店内。見慣れた受付。その奥でやはり見慣れた人物が、ひらりと片手を上げた。


「今日も気合バッチリだね、ユウちゃん」

「カワイイですか?」

「ユウちゃんはいつだってカワイイよ」


 拓さんが挨拶のように交わしてくれる軽口が、とてつもなくありがたい。知らない間に強張っていた肩が緩んでいく。


 適当な会話を紡ぎつつ会計を済ましていると、ふと、拓さんが不思議そうな目で俺を観察し始めた。


 何か変な所でもあったのか。自分でもスカートを見下ろしてみると、気づいた拓さんは「あーううん、そうじゃなくって」と、考え込むように親指を人差し指で顎を挟むようなポーズをする。


「なんか、今日は雰囲気が違うっていうか……緊張? してるっていうか。……なんかあった?」

「っ」


 どうしてこの人はわかるんだ。

 拓さんだから気づけたのか、誰からみてもわかる程なのか。……それはとても困る。

 ギクリと揺れた肩に、確信を得たのだろう。拓さんは途端にニヤニヤとして、


「えーなになに? やましい系?」

「や、ましくは、ないですけど……」


 いや。場合によっちゃあ、やましいのか?


「ふーん、そー? でもそーやって、ココでは言えないような内容なんだ?」

「っ、拓さん」


 これは内容が知りたい云々ではなく、俺をからかって遊んでるだけだ。顔がそう物語っている。


 咎めるように睨め上げるも、きっと俺の頬は赤く染まっていたのだろう。拓さんは怯んだ様子など一ミリもなく、「うん、その顔もカワイイね」とご満悦だ。

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