第64話カワイイ俺のカワイイ贈り物③

 後始末を終えると、同じくパントリーに立つ時成が、申し訳無さそうに眉をハの字にしながら「すみません」と頭を下げた。


 俺は腕を組んで、嘆息する。

 上手に隠してみせるその手腕は褒めてもいい。が、やり方が納得いかない。


「……わかったから、あんまり危ないコトすんなよ。怪我したら嫌だろーが」


 時成は驚いたように瞠目すると、次いで困ったような苦笑を浮かべた。

 察しもいいのだ、コイツは。


「……すみません、先輩」

「ったく、本気でビックリしたんだからな」


 ジトリと見遣り不満を告げると、時成は「ごめんなさい」と呟いた。反省したのだろう。これで次はもう少し、安全な策をとってくる筈だ。


 ともかく、"先輩"として俺が出来るのは、不自然にならない程度にレナさんと距離をとる事だ。

 俺もつくづく甘い。わかっているが、信頼するカワイイ後輩の捨て身には、絆されてもいいだろう。


 チリンと鳴り響いたベルの音。

 来店か。視線を転じると、扉前には恐縮するように肩幅を狭くした、一人の男性が立っていた。

 見覚えのある顔。


「っ、コウさん」

「わっ、覚えててくれたんですかっ!?」


 そりゃアレだけ有望な人材を忘れる筈がない。という本音は綺麗に仕舞い込んで、「当然ですよ。お帰りなさいませ」とスカートの裾をつまみ軽く膝を折る。


 なんというか、ナイスタイミングだ。

 コウくんには申し訳ないが、暫く"隠れ蓑"になってもらおう。


 レナさんの座る中央席の後方側にあたる、壁側奥のボックス席へと案内する。この位置なら、レナさんは振り返らないと俺を見れない。

 コウくんが座席に落ち着いたのを確認し、メニュー表を広げた。


「お久しぶりですね。またご帰宅頂き、ありがとうございます」

「ホントは、あれからすぐ来たかったんですけど、ちょっと色々あって……」


 これは深追いしないほうがいいだろう。


「それにしても、来てくださったのが今日で良かったです。僕も毎日ここにいるワケではないので、タイミングが合わなければ、お会いできませんから」

「それは、その……おれも思いました。いるかどうか、わかんなくて、でもユウさんに会えたらいいなって、思って来たんで……」


 恥ずかしそうに小さくなっていく声とは反対に、頬だけでは留まりきらなかった朱色は顔を通り越して耳まで到達している。

 可愛らしい。ちょっと苛めたくなる雰囲気は健在だ。


 やっぱいいな……と腹の底で舌舐めずりをしながらも、しっかりと勤務にあたる。

 と、俺はコウくんのある変化に首を傾げた。


「コウさん、髪、片方耳にかけるようにしたんですね」

「っ、やっぱ、変ですか!?」

「あ、いえ、前回は確か違ったよなって思っただけで、よくお似合いです」

「……っ、に、あうって、その」


 躊躇いがちに視線を落としたコウくんが、次の瞬間、意を決したようにバッと顔を上げた。


「そのっ、カワイイですか!?」

「!」


 コウくんは泣き出しそうな潤んだ瞳で見上げ、


「っ、おれ、も! もう少しっ、自分に素直になろうって、思って……! でも、髪も、これ以上は伸ばせないんで、ちょっとだけ、変えてみようと思って……」


(……やっぱり、『こっち側』の人間だったか)


 前回の様子からしてきっとそうだろうとは思っていたが、思わぬ答え合わせに納得しながら理解する。


 もう少し言うのなら、変わっていたのは少しだけ伸びた髪と耳にかける仕草だけではない。服装も以前より、細身のシルエットになっている。


 これはいわば、コウくんの努力の賜物だ。

 俺は微笑ましさに目元を緩め、


「カワイイですよ。元から可愛らしいですけど、更に色気が増しました」

「っい!?」

「でもこうしてコウさんの魅力に気づく方が増えていくのかと思うと、少し寂しい気もしますね」


 ストレート、かつ、分かりやすく思わせぶりな物言いは、カイさんから盗んだ技術だ。

 効果は抜群。コウくんは口をパクパクとさせ、オーバーヒート気味のようだ。


 吹き出した俺は当たり障りのない会話を紡いで、ゆっくりとクールダウンさせてやる。そのまま注文をとって、パントリーへと向かった。

 その途中だった。

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