第63話カワイイ俺のカワイイ贈り物②

「……ありがと、あいら。レナさん、ちょっと失礼します」

「……ええ」


 話を遮られたレナさんは、不機嫌そうにしながらも渋々といった様子で頷いた。

 これは後でちゃんと話しを聞きにこないと。

 対策を練りながらパントリーへ戻るも、キッチンの担当者はまだ忙しそうに背を向けている。

 おかしいな。覗き込もうとした瞬間、強い力に手首をぐっと引かれた。


「わっ」


 トン、と背に触れた硬い感触が壁だと気づいた時には、俺の右肩は縫いとめるように掌で抑えられ、左肩の横にも腕が伸びていた。


 閉じ込めるような体制。

 眼前には妙に深刻な光を帯びた、睫毛の長い二つの双眸。少し折り曲げた膝のやや上、太腿の辺りに、ふわりとしたスカートの感触。


「っ、時成?」


 これが噂の壁ドンか! って、そうじゃない。

 あいら姿の時成に突如壁ドンをかまされるという、まさかの急展開に思考が追いつかない。


「ど、どうした?」


 僅かに高い位置にある顔を困惑気味に見上げる。

 と、真剣な眼差しのまま、時成は眉根を寄せ、


「レナさんに、何を言われました?」

「……へ?」

「さっき、何の話しをしていたんですか」

「なに、って……」


 いったい、何をそんなに気にしてるのか。

 語尾が間延びしていないのは、それだけ真剣だという証拠だ。

 俺は戸惑いつつもその瞳に気圧され、


「えっと、さっき、上手い言い訳をーって話ししてただろ? この後の事ばっか考えちゃって、うっかり席を通り過ぎちまったんだよ。だから、そんなボンヤリするほど何考えてたのかって訊かれたぐらいだけど……」

「……それだけですか」

「ああ。あ、勿論、夕食の献立考えてるって誤魔化したぞ」

「……誤魔化せました?」

「へ? えーあー、たぶん? 作りにいこうかって冗談言われたくらいだから、大丈夫だと思うけど……それがどうかしたのか?」


 時成がスッと身体を引いた。同時に、腿に触れていた布の感触がなくなる。

 どうせやるならお客様に見えるトコでやったほうが、と掠めた商売根性を喉元で押し留めたのは、変わらず時成が難しい顔をしていたからだ。


「……先輩、ちょっと休憩もらえますか。五分でいいです」

「お、おお……いってこい」

「ありがとうございます」


 重々しい口ぶりで礼を告げた時成は、早足で控室に歩いていった。

 理由も尋ねられないまま、ポカンと見送る。するとやっとの事で、キッチンからオムライスが出てきた。時成は今の話しをするが為に、方便を使ったようだ。


(つーかアイツ、あーゆー顔も出来るんだな……)


 成長した弟を寂しく思う、兄のような気分だ。

 程なくして時成はしっかりと"あいら"の顔で戻ってきた。


 合間に「なんだったんだ」と尋ねてみても、「ちょっとー」の一点張り。時成は案外頑固だ。こう言うのなら、大人しく引き下がるしかない。


 だが俺だって、意地がある。なんとかヒントだけでも探ろうと神経を研ぎ澄ませ、次に明らかな異変を感じたのは、レナさんにパンケーキを運んだ時だった。


 焼きたてだというのにナイフすら手に取らず、先程中断されたせいで殆ど交わせなかった会話を楽しむように、レナさんはひたすら言葉を紡いでいた。

 それに頷きながら相槌をうっている最中。後方から響いた、ガチャンという嫌な音。


(――っ、時成!?)


 どうやら食器を下げている途中に転び、お盆をひっくり返したらしい。


「すみませんレナさん」


 口早に断りを入れて時成へと駆け寄り、


「大丈夫?」

「すみません、ユウちゃん先輩ー。なんかツルッとしちゃってー」

「怪我は?」

「へーきですー」


 見れば転がり落ちているのは空の皿とフォークだけで、どれも元の形を保っている。


「失礼しました」


 注目する店内のお客様方へと頭を下げ、内股で座り込む時成の手を引いて引き起こした。

 二人で食器を拾い上げ床を拭き、パントリーへと持ち帰ったダスターを洗いながら、俺は『なるほど』と当たりをつけたのだ。


 全ての鍵は、レナさんだ。


 理由はわからないが、時成は俺とレナさんを極力近づけたくないらしい。だからああして、さり気なく妨害しているのだろう。

 こうしてすっ転ぶのは、いささか強引な気もするが。


(けどまあ、ほぼ当たりだろうな)


 時成が転ぶ姿など、初めてみた。

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