第九章 カワイイ俺のカワイイ贈り物

第62話カワイイ俺のカワイイ贈り物①

 例えば眼前まで詰め寄られ、『"やっちまった"とは一切思わないのか』と問われたら、即座に『はい』と胸を張って頷けはしないだろう。

 迷いを捨てられない。俺の悪い所だ。


 けれども一切後悔はない。

 手元にやってきたネックレスは、何度見てもやはり彼女の首元で揺れる姿を彷彿させた。


「とうとう今日がきちゃいましたねー」


 感慨深そうに呟いたのは、パントリーでフード待ちをしている時成だ。

 俺はグラスに氷をジャララと入れながら、注文されたドリンクを注いでいく。


「勢いがついたら急に思い切りが良くなるのって、先輩のいいところですよねー」

「"ありがとう"って言っておけばいいか?」

「複雑なんですー! 体当たりかますくらい気持ちが固まってくれたのは嬉しいですけど、ダメだったら、先輩、粉々になって再起不能になっちゃうんじゃないかってー……」

「……否定はできないな」

「そこはかっこ良く『大丈夫だ心配ない』って言ってくださいよー」


 やるせないような顔で、時成がはぁ、と息をつく。


「プレゼントを渡すコトがイコール告白ってワケじゃないですけどー、何かしら意識させる可能性が高いですからねー……。まぁ先輩なら、おれが言わなくたってわかってるんでしょーけど―」


 別に俺を止めたいのではなく、時成も緊張しているのだろう。だからこうやってグチグチと言葉を紡いでいないと、不安なのだ。

 まったく。苦笑して、時成の頭をポンと撫でる。


「わかってるって。上手い誤魔化し方でも考えておくよ」

「……ていっても、もうそんなに時間ありませんよー」

「だな」


 決戦の場であるエスコートは、このシフト後だ。控室に置いている俺の鞄の中では、あのネックレスが静かに眠っている。


 世間一般的には、単なる"誕生日プレゼント"でしかない。だが俺の立場上、こうしたモノを渡せば、少なからず好意があると伝わってしまうだろう。


 その好意に"恋情"が含まれているのだと知られてしまえば、お終い。カイさんは俺を拒絶し、距離を取り始める。

 つまり勝負をかけるなら、ココしかない。


(やっぱ決め時だよなぁー……)


 ドリンクを乗せたお盆を持ってホールへと踏み出す。頭の中では忙しない攻防戦。

 言うか、言わないか。ラストチャンスだと背を押す俺と、いやまだ知られるずに済むのではと躊躇う俺。

 だからつい、うっかりだったのだ。


「ユウちゃん、どこいくの?」


 艶のある高い声に、はっと思考が途切れる。このドリンクをオーダーした、レナさんの声だ。

 気付けばレナさんの座る卓を数歩通り越している。

 しまった。失態を理解するなり慌てて戻り、頭を下げながらドリンクを置いた。


「すみません、レナさん」

「別にこれくらい、構わないわ」


 クスクスと笑うレナさんは、ゆっくりと机に肘を付き、「それよりも」と組んだ手にもたれながら上目遣いで俺を見上げた。


「どんな考え事?」

「そんな、大したことじゃないですよ」

「あら、言えない事なのね?」


(……なんだ?)


 あくまで軽い口調なのに、ピリリとした違和感。


「……夕食を何にするか、冷蔵庫の中身を思い出してたんです。帰りに何か買っていこうかなって。こんな現実味のある話、わざわざ、恥ずかしいじゃないですか」


 微苦笑してみせた俺に、レナさんは「……そう」と瞳を細め、


「なんならご飯、作りに行ってあげましょうか?」

「え? っと」

「冗談よ。そんなに狼狽えるなんて、やっぱり"らしくない"わね、ユウちゃん」


 赤い唇で弧を描きストローを咥えたレナさんは、氷をカラリと鳴らしてアイスコーヒーを吸い込んだ。

 今はもう、からかうような雰囲気だけで、先程の違和感はない。


 怒らせてしまったのかと思ったが、どうやら違ったようだ。何はともあれ、機嫌が直ったのなら、それでいい。


 レナさんは次の言葉を発しようとしたのだろう。唇が開かれた刹那、俺のエプロンが後ろからくんと引かれた。

 何事かと振り返ると、犯人の時成がニコリと可愛らしい笑みを向けてくる。


「ユウちゃん先輩ー。もうすぐ五番テーブルさんのお料理が出るそうですー」


 こうしてわざわざ呼びに来るなんて、珍しい。

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