第61話カワイイ俺のカワイイ危機感⑩
(それもネックレスとか……重いよな)
とりあえず、もう少し考えよう。
一旦そう納得して、
「お待たせし……」
言葉を飲み込んだのは、二人の女子高生がカイさんに声をかけていたからだ。
どうやら一緒に写真を撮って欲しいと、せがんでいるようである。見知らぬ相手にも臆すること無く特攻をかけられる若さって羨ましい。
カイさんは苦笑を浮かべつつ、やんわりと断っているようだ。店の規約なのか、本人が写真嫌いなのか。どちらにせよ、"断っている"という事実があれば、俺には十分だ。
すぅ、と息を吸い込んで、めいっぱい気合を入れる。
意図的に鳴らした足音。
「ごめんなさい、お待たせして」
女子高生が何事かと振り返ったタイミングを見計らい、伏し目がちに顎をひいて、指先でそっと右耳に髪をかけた。
次いでゆっくりと視線をカイさんへ向け、ニコリと綺麗な笑顔を一回。
それから目だけで彼女達を見て、再び真っ直ぐにカイさんを捉える。
「お邪魔でした?」
言葉は必要最低限に。親密さを匂わせる為だ。
カイさんも察したようで、先程までの困り顔とは一変し、ふわりとした極上スマイルを浮かべる。
「ううん。待ってた」
女子高生達の顔が真っ赤に染まる。
(うん、まあ、そうだよな……)
あの攻撃に耐えるには、強い精神力と慣れが必要だ。
まんまと策にはまった女子高生達を心中で哀れみつつ、俺はカイさんに嬉しげな微笑みを返す。
意図的に作った『二人だけの世界』。
そうとは知らない女子高生達は俺達をオドオドと交互に見て、後ずさるように一歩下がった。
「あの、わたし達……」
「すみませんでしたっ!」
バタバタと駆けて行った背。こけなきゃいいけどと見送り、息をついてギアを通常に戻した俺はカイさんへと歩を進めた。
刹那、カイさんが堪え切れないといった風に吹き出す。片手で口元を覆いながらクツクツと、もう片手はお腹を抱えている。
彼女達を馬鹿にしているのではない。いわばこれは、"ご機嫌の最高潮"だ。
「……カイさん」
「っ、ごめん、助かったよ」
「……あんな全力の笑顔を返してくるから、どうしようかと思いましたよ」
「ユウちゃんなら、上手いこと纏めてくれるかなって」
「そんな、万能じゃないんですから……放り投げないでください」
呆れ顔で苦言を呈すると、やっとのことで落ち着いてきたカイさんが「ごめんね」と言いながら息を整える。
「何がそんなに楽しかったんですか」
「いや、久しぶりに見たなって思って。あーゆーユウちゃん。やっぱり凄いね」
「……それって、ほめてます?」
ジト目で見上げた俺に、カイさんは肩をすくめた。
「うーん、でもやっぱり、オレはいつものユウちゃんのほうがいいかな」
まったく、この人は。
思わせぶりな甘い台詞も、もう呼吸と同然なのだろう。
「知ってますよ。今回は緊急時だったので。まぁ、助けるにも"ヒーロー"がこの格好じゃあ、カッコつきませんけど」
「そんな事ないよ。でも……」
俺をみつめるカイさんが、寂しげな笑みを浮かべた。
「助ける相手を、間違えないようにね」
「え?」
「さて、そろそろ行こうか。残念だけど、時間だし」
くるりと背を向けたカイさんが、一歩ずつ遠ざかっていく。
追わなければ、と思うのに、足が張り付いたように動かない。
(……相手を、間違えるな?)
なんだろう。
この、心の中に、次々と白い靄が充満していくような感覚は。
「っ」
やっとのことで動いた足。カイさんの隣に並び、自動ドアをくぐった所で俺はピタリと歩みを止めた。
カイさんが不思議そうに首を傾げる。なんとなく、その目は見れないまま口だけを動かした。
「僕、もう少しグルグルしていきます」
「……なら、ここでバイバイかな」
「はい、すみませんが」
「じゃあ、またね。ユウちゃん」
最後だけはと無理やり顔を上げるも、カイさんは既に背を向けていて、遅かったかと視線を落とす。
頭の中には、まだ先程の言葉がベッタリとへばりついている。
『助ける相手を、間違えないようにね』
カイさんは、自分が"ヒロイン"の立場に置かれているなど、微塵も思っちゃいないのだろう。
悟られたらお終い、という視点だけに限っていえば、それはとてもありがたい。
だがあれは、"自分がなる筈ない"と最初から除外しているようで、とてつもなく気に入らない。
俺はこんなにも、"彼女"を眩しく思っているというのに。
「……よし」
覚悟を決め、意気込んだ俺は踵を返し、出てきたばかりの自動ドアをくぐった。
熱い陽射しは、ドアが閉まると同時に途切れた。
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