第60話カワイイ俺のカワイイ危機感⑨
「良いのある?」
「っ」
ボンヤリとしていたせいで、覗きこんできたカイさんに反射で半歩仰け反った。
驚いたようにカイさんの目が見開かれる。
ヤバイ。避けたように見えたかも。
「す、みません! ビックリして、つい」
「……珍しいね」
(なんか上手い言い訳!)
「そ、そういえばカイさんの誕生日っていつなんですか!?」
(全然上手くねえ!!)
駄目だ。全然駄目だ。そもそも言い訳にすらなっていない。
あれだけ俊敏だった俺の機転は何処に行った!?
「誕生日はね、ちょうど二週前だったんだ」
「あ、最近だったんですね。おめでとうございま……す?」
待て待て。
今サラッと重要な事を聞かなかったか?
誕生日は、二週間前?
「……言ってくださいよ。その前後にも会ってるじゃないですか」
確認しなかった俺も悪い。理不尽なのもわかっている。が、告げられなかった悔しさに唇を尖らせた。
カイさんがクスリと笑う。
「会えるだけで嬉しかったから、すっかり忘れてて」
「またそういう……。自分から言ったらいけない規則なんですか?」
「ううん。当日も本当に忘れてて、里織から連絡きて思い出したんだよ」
成人した辺りからどうも日付に疎くなり、自分の誕生日も忘れる、という現象は俺にも数度経験がある。
言葉からは嘘も感じられない。カイさんも案外、無頓着なのだろう。
仕方ない。どちらにせよ、過ぎたことだ。
……でも、やっぱり。
「……『おめでとう』くらいは、言いたかったな」
「ユウちゃん?」
「へ? あ、いえ、コレとか可愛いですよね!」
うっかり音にしてしまった未練を誤魔化すように、目ぼしいひとつを指差して取り繕う。
なんなんだ俺は一体。うっかりだらけで目も当てられない。
カイさんの顔も見れずに「あ、こっちのほうが由実ちゃんに似合うかも」などと白々しく続けていると、小さな声がポツリと届いた。
「……ユウちゃんは、どうして」
「え?」
カイさんへと視線を転じる。と、憂い顔が瞬時に、笑顔へと変わった。
「あ、ううん、ごめんね。次はちゃんと、言うから」
(……今のは)
せっかく"彼女"の片鱗を見つけても、掴みとる前にかき消されてしまう。
変えられない距離。いや、こうして"彼女"の欠片が晒されるようになっただけでも、大進歩なのだろう。
結局、熟考に熟考を重ねた末に、ゴールドの花の中央に明るいオレンジの石があしらわれた楕円形のバレッタを選んだ。
カイさんのアドバイス通り、明るい性格の由実ちゃんにピッタリだという俺のイメージと、そろそろ大人っぽさが欲しいと呟いていた由実ちゃんの言葉を参考に"すり合わせた"結果だ。
花柄の腕時計で時刻を確認する。もうすぐ終了間近だと連絡がくるだろう。
俺はお会計に、カイさんは邪魔になるからと店外の通路で待機してくれている。
「プレゼント用に出来ますか?」
「はい! リボンはこちらの三色からお選び頂けますが、いかが致しましょう?」
「えーと……じゃあ、赤いので」
「かしこまりました。先にお会計失礼します」
後ろに控えたもう一人のスタッフに包装を依頼したお姉さんによって、会計を済まし、「お隣で少々お待ち下さい」と促されるまま壁側へと寄った。
オレンジの照明にキラキラと輝くバレッタが、薄い用紙で手際よくクルクルと包まれていく。慣れたもんだと眺めて、なんとなしに壁の内側につくられたショーウインドウへと視線を流した。
途端に、目を奪われた。
マグカップ程の大きさで造られた白いトルソーの首元で、静かな光を放つ銀色のネックレス。波のような二つの曲線がぐるりと覆う中央に、薄い水色の石が控えめに、それでいて確かな存在感をもって悠然と輝いている。
上品だけど、柔らかさのある。主張しすぎないけど、華やか。
(……カイさんに、似合いそう)
そう思ったら、もう、釘付けだった。
「お待たせ致しましたぁー! プレゼント包装でお待ちのお客様ぁー」
「っ、はい」
甲高い声に意識を引き戻され、掌より若干大きめの紙袋を受け取った。中を覗くと曲線の多い長方形の小箱。赤いリボンは右上に張り付けられている。
大事な由実ちゃんへのプレゼント。
けれどもその包装の出来栄えより、俺の意識は後方にあった。
「あの、すみません。あのネックレスって……」
「アクアマリンのやつですかぁ? かわいいーですよねーっ! アクアマリンって三月の誕生石なんですけど、その名前の通り海とも関連深い石なんで、夏生まれの方にも人気なんですよぉー。 ウチでも少し前から仕入れるんですけど、あのネックレスは元々数が少なくって! 横に置いてるブレスレットとか、その対面側のネックレスならまだ数を確保出来たんですけどねぇー」
「そう、ですか」
「私もいいなーって思ったんですけどぉー、ちょっとデザインが大人っぽいじゃないですか? 似合わないって言われちゃって、諦めたんですよぉー。やっぱ似合う人に使ってもらったほうが、向こうだって嬉しいじゃないですかぁー。あ、良かったらつけてみます?」
鍵を取り出そうとする店員さんに、慌てて手を振り、
「すみません。自分用じゃないんで、大丈夫です」
「そうですかぁー。人にあげるやつって悩みますよねぇー。もし気になるようでしたら、是非またご来店くださぁーい」
人懐っこい笑顔で「ありがとうございましたぁー!」と頭を下げるお姉さん。軽く会釈して、カイさんの元へと向かう。
数が少ない、か。あのお姉さんの感じなら、売るための口上ではなさそうだ。
けれども"プレゼント"なんて。カイさんに渡した所で、受け取ってもらえるのだろうか?
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