第57話カワイイ俺のカワイイ危機感⑥

 質問の答えは特に必要としていなかったようで、レナさんが拓さんの話題を出したのはそれきりだった。


 その後はディナータイムが近づくにつれて客足も増えていき、対応に追われているうちに、レナさんは帰っていった。


「今日は沢山話せて嬉しかったわ。また来るわね」


 そう微笑んだレナさんの纏う雰囲気に微かなひっかかりを覚えたが、きっと、後半あまり時間を割いてあげられなかったからだろう。

 拓さん達が帰っていったのは、それから十五分ほどが経ってからだった。


「やっぱここはオレが奢らないとね」


 財布を手にした時成と俊哉を強引に店外へと押し出し、拓さんは後ろポケットから財布を取り出した。


「良かったんですか?」

「ドリンク二杯じゃ足りないくらい、面白い話しを沢山聞けたしね。主にユウちゃんの」

「……」


 アイツら一体何を話したんだ。

 剣呑に瞳を細めた俺の顔を捉えた拓さんは盛大に吹き出し、「仲良しっていいね、羨ましいよ」と腹をかかえる。


「大丈夫、ユウちゃんの沽券に関わるような悪い話しはなかったし」

「『沽券に関わらない程度』の悪い話しはあったんですね」

「ちょっとした失敗談だって。オレの知るユウちゃんっていっつも完璧で、そーいった隙がない感じだったから、何だか安心したよ」

「……そのイメージを死守してた僕からすれば、『余計なことを』って所なんですが」

「えー、むしろ好感度上がったよ? 努力してる子って、カワイイし」


 その『努力をしている』という事実が露呈するのが嫌なんだ。

 眉根に複雑を乗せると、拓さんは肩を竦め、


「オレの『カワイイ』って言葉には、あっけらかんとしてるのにね」

「え?」

「同じ言葉でも、使う人間によって重みが変わってくるのって、何だか不思議だよね」


 おそらく拓さんは、俺のカイさんに対する反応との差を示しているのだろう。

 それにしては、からかうような雰囲気ではなく、少し寂しそうな笑みを浮かべている。

 俺はただ戸惑いながら、


「拓さん?」

「あーいやゴメンね、何でもないから」


 拓さんはトレーに乗るお釣りとレシートを財布にしまうと、「あ、そうだコレコレ」と仮会員カードを差し出した。


 俺は尋ねられないまま、本会員カードと引き換える。受け取った拓さんはそれも財布に入れると、後ろポケットに突っ込んだ。

 扉へと歩を進めていく。手をかけ、開ける直前に振り返り、


「さて。ユウちゃん応援団の一員として、ちょっとしたお節介。これはあくまでオレの"勘"だから、ただの思い過ごしかもってのを前提として聞いてほしいんだけど」

「え?」

「ユウちゃんが思っている以上に、ややこしいコトになってるかもしんない。出来るだけ"気をつける"よう、オススメしておくよ」

「!」

「じゃ、ごちそーさま。また来るね」


 言葉が上手く処理出来ず、ポカンと立ち竦む。拓さんはそんな俺にいつもの軽薄な笑顔で手を振ると、扉をくぐっていってしまった。


 ややこしい? 確かに、カイさんを好きになった時点で、十分ややこしい状況になっている自覚はある。


 だが、そんなのは拓さんだって百も承知だろう。わざわざこんな勿体ぶった言い方はしない筈だ。

 今のはどちらかというと、不安要素に気づかないでいる、俺への"忠告"。


(頼むから、忠告してくれるんならもっと分かりやすく言ってくれ!)


 伝わらなければ意味がないだろうと胸中で叫んだ俺は、この拓さんに出された"なぞなぞ"に、暫く頭を悩ませる事になった。


 それでも未熟な俺は、この時既に取り返しの付かない事態を招いていたのだと、気付けないままでいた。

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