第56話カワイイ俺のカワイイ危機感⑤

(……歳かな)


 平然を装いながら辿り着いたパントリーで、大きく深呼吸を一回。脳内が徐々に冷めて、ニュートラルに戻っていく。

 客の少ない時間帯でよかった。


(ああ、なんか)


 今ならカイさんを前に、「大好き」だと叫んでしまえそうだ。

 後先など考えず、感情の赴くまま。

 そう思ってしまえるほどに、俺は満たされていた。


 胸の奥の、ずっと奥から温かな感覚が生まれ出て、ジワジワと全身を巡り、柔らかなベールで包み込まれているようだ。

 これを、"心強い"と呼ぶのだろう。


 多分あの三人は、俺がカイさんにぶつかって砕けたら、やんややんやと集まって朝まで付き合ってくれるのだと思う。


『次があるって』

『今は泣いときましょうー』

『頑張ったね、悠真』


 そう言って、グダグダと絡んでくる姿が目に浮かぶ。

 時成はまだ未成年だった筈だから、酒はダメだ。が、ジュースでもお茶でも、時成と俊哉はきっと涙を浮かべるのだろう。


 そもそも拓さんは立場上、来ても平気なのだろうか。

 今更か。浮かんだ疑問を払拭する。

 それにその時はもう、俺はカイさんの"客"じゃない。


 程なくしてキッチンから差し出されたのは、焼き立てのパンケーキだった。レナさんの注文だ。

 必要なシルバーをお盆にのせ、しっかり取り戻した"ユウ"の顔でレナさんの元へと向かう。


 と、ソファーの背もたれから顔だけを覗かせて様子を伺っていた時成と、目が合った。俺がこっそり泣いているのではと、期待していたのだろう。途端に残念そうな顔をしたので、目だけで不敵に笑んでやれば、慌てて顔を引っ込めた。


 ざまあみろ。


「お待たせしました」

「待ってたのよ、ユウちゃん」


 レナさんは俺が皿やらフォークやらを置いている間にも、待ちきれないといった様子で、赤い唇を忙しなく動かしてせきを切ったように話し出した。


 失敗した後輩の後始末がいかに大変だったか。プレゼンが客先で高評価を受け、上司に食事をご馳走された。今回の仕事で顧客と信頼関係が強まり、大型案件受注の可能性が強まった。


 どれも素晴らしい功績なのだろうが、只の大学生でしかない俺の想像力では、残念ながらその正しい重みがわからない。


 出来るのは、それらしい表情で「そうですか」「大変でしたね」といったありきたりな相槌を打ち続けるだけだ。けど、レナさんはそれでも嬉しそうにしていた。


 さて。そろそろ一旦、離れないとかな。

 そう思った矢先、ふとレナさんの声色が沈んだ。


「……あの席の」


 視線が奥へと転じる。


「あいらちゃんがいる、あの席。仲いいの? 一緒にいる人達」


 まさか、拓さんや時成が、チラチラこっちを見てたんじゃ。


「あ、と。あいらの隣は僕の親友で。向かいは、共通の知り合いです」


 友人、と称するには些か疑問が生じるので、拓さんは『知り合い』という言葉で誤魔化した。


「スミマセン、ご迷惑おかけしましたか?」尋ねた俺に、

「いいえ、平気よ」レナさんは悠然と微笑んだ。


「ちょっと気になっただけ。ごめんなさい、変な質問して」

「いえ、それなら良かったです」

「知り合いさん、素敵な方ね」

「カッコイイですよね。あ、もしかしてレナさん、ああいう感じがタイプなんですか?」


 だから気になったのだろうか。

 納得した心地で小首を傾げると、レナさんは驚いたように目を見張った。

 次いで心底可笑しそうに吹き出し、


「そう。ユウちゃんは、そう思うのね。素敵だとは思うけれど、それだけよ。それにあの人、女性でしょ?」

「え?」


 今度は俺が目を丸くする番だ。まさか、こうも簡単に見抜くとは。

 言ってもいいのだろうか。

 戸惑いながら「……どうしてそう思うんです?」と返した俺に、レナさんはにぃっと瞳を細め、


「女はね、わかるモノよ」


 そう、なのか。

 たじろいだ俺にレナさんはクスクスと笑うと、コーヒーの入るカップを傾ける。

 レナさんは常にブラックだ。砂糖もミルクも一切入れない。

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