第58話カワイイ俺のカワイイ危機感⑦

***


「……すみません、カイさん」


 予想以上に纏わりつく人の目に、謝罪がついて出た。

 隣を歩くカイさんは、俺を見下ろしながら不思議そうに首を傾げる。


「ん? どうしたの? ユウちゃん」


 木曜日の午後三時。学生ならばまだ講義中でもおかしくないし、社会人ならば定時には早過ぎる時間帯だろう。


 けれども辺りに立つ年齢も様々な女性達の視線が、カイさんがクリーム色のタイルを進む度に数を増やしてついてくる。


 数日ぶりのカイさんとの会合。いつもと事情が少し違うのは、ここが最早定番化している吉野さんの店ではなく、キャメル色の壁に囲まれた、とある商業施設の女性向けフロアだからだ。


 俊哉の妹である我らが姫、由実ちゃんの誕生日を三日後に控えた俺は、例年のごとくささやかなプレゼントを用意しようとしていた。


 こうした格好をしている身として女性の流行りも一通りおさえてはいるが、プレゼントとなるとまた勝手が違う。相手の好みと実用性を兼ね備えていなければ、「ありがとう」の愛想笑いの次には暗い引き出しの中だ。特に『女子高生』なんて、一番ムズカシイお年頃だろう。


 中途半端な品を渡せば、使われないどころか兄(仮)としてのポイントも下がる。そんな事態は避けたい。


 いくら見た目を女性に寄せているとはいえ、心は『そのまま』である俺の感性は『男』のままだ。


 悩んだ結果、ならば女性の意見を取り入れるのが一番確実だろうと思い至り、本日のエスコートはプレゼント探しの協力を依頼していた。


 正直に言えば、『カイさんと一緒に選んだ』という一言で問答無用に喜ばれるのではいう思惑もあるが、それは最後の切り札にすべきだろうと心内に秘めている。


 ついでにこうして買い物に連れ立つ事で、カイさんの好みが知れるんじゃないかという下心も内緒だ。


「あ、カイさん、ポーチとかどう思います?」


 丸い円柱を取り囲むように配置されたポーチを見つけ、側に寄る。色はさることながら、バッグのように上部に取っ手がついているものや、マチの広い台形状のコロンとしたものと種類は様々だ。


 学生鞄に入れるのならば、小ぶりの方がいいのだろうか。


 なんと無しに黒地に数色のデイジーがあしらわれたひとつを手に取り、チャックを開けてみた。裏地は中々強いピンク色をしている。

 兄(仮)としては、もう少し落ち着いた色をと思ってしまうが。


「化粧道具を入れてもいいし、ちょっとしたお菓子も入れられるし。用途が自分で選べるから、使ってもらいやすいと思うよ」

「……お菓子も入れるんですか?」


 そんな使い方もあるのか。見上げた俺に、カイさんはハッとしたように軽く目を見張った。

 口にした事を後悔しているのか、恥ずかしそう口元を手で覆って、視線を逸らす。


「……高校生の時って、グミとかチョコとか持ち歩いてなかった?」

「ああ、僕は買ってきた袋のまま鞄に突っ込んでたんで。カイさんもお菓子、持ち歩いてたんですね」

「……三限目くらいから、どうしてもお腹が空いてきて」

「わかります。それで体育とかならまだいいんですけど、教師が淡々と喋る系の授業だとヒヤヒヤしますよね。僕、お腹鳴ったコトありますよ」


 フォローはうまくいっただろうか。出来るだけ気にしてない風を装って、別のポーチを手に取り開けた。

 こっちの裏地も濃いピンク。やはり女性は、こういった強い色が好きなのだろうか。


 ポーチを置き、「もう少し他も見てみます」と告げ、まだ回っていないフロアの奥側へと歩を進める。

 後ろから二人分の甲高い声が付いて来ているが、たまたま方向が一緒だけだったのだと思いたい。


 キョロキョロと見回した中で興味が惹かれたのは、オレンジ色の光源で取り囲まれたジュエリーショップだった。


 絵画のような額縁の飾るコルクボードには、ネックレスやらイヤリングやらが高級感たっぷりに陳列されている。近づき、そっと値札を確認してみた。『二千四百円』の隣には『三千八百円』。最近のモノは、随分と出来が良い。


 予算の範囲内だが、さすがに学校には付けていけないだろうなと考えつつ、パールの光るアクセサリーを吟味する。

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