第26話カワイイ俺のカワイイ接客⑩
キッチンへオーダーを告げ再びホールに踏み出そうとすると、小窓から会計に向かう人影が見えた。俺もレジへと向かう。
「あっ、ユウさん!」
人影の正体はコウくんだった。俺の姿を捉えると、真っ赤な顔で肩を跳ね上げた。
先程は座った状態だったため気が付かなかったが、身長は俺よりも高く、自然と見上げるような形になってしまう。時成は俺の少し上だが、そこから更に五センチほど上といった感じだ。
受け取った伝票番号をレジに打ち込みながら、「ご満足頂けましたか?」と問いかけると、「は、ハイッ! スゴく! 楽しかったです!」と背筋を勢い良く伸ばすもんだから、長めにとっていたリュックの紐が肩からずり落ちて、「あわわっ」と慌ててかけ直している。
(天然ドジっ子……眼鏡、敬語)
そのポディションは貴重だぞ、と喉元まで出かけた言葉を何とか飲み込んで、ピッタリ置かれた代金を打ち込む。
「またいつでもお帰りくださいね」
レシートと一緒に渡したのは、仮会員カードだ。
次のご来店時に正式な会員カードと取り替えるという、この業界では珍しくない代物だが、コウくんは見慣れていない可能性が高いのでキッチリと説明をしておいた。
案の定、コウくんは感心したような顔で「ありがとうございます……」と呟くと、二折り財布の一番手前のポケットに収め、満足そうにはにかむ。そして再び姿勢を正し、
「絶対っ! また、来ます!」
勢い余って、だろう。
店内の喧騒をかき分け響いた声に、数秒の間。BGMだけが流れる空間に気づき、コウくんが「あっ! スミマセっ」と涙目で慌てふためく。と、
「そー簡単にユウちゃん先輩は渡しませんよー」
「っ、あいら」
いつの間に近くにいたのか、ぬっと現れた時成が、俺の背後から腕を回して伸し掛かかってきた。コウくんは「そ! いうことじゃっ!」と耳まで赤くして当惑してしまったが、時成の登場で、お客様の視線はコウくんから離れた。
あいらがユウに絡むのは、"良くある風景"だからだ。
「あいら……変なコト言ってコウさんを困らせないの。スミマセン、気にしないでください」
「は! あ、はいっ! いえ、コチラこそ、スミマセンでした……」
コウくんはペコペコと頭を下げると、あいらへ視線を転じ、へにょりと笑った。
「あいらさんも、ありがとうございました。いっぱいお話して頂けて、嬉しかったですっ」
「……仕方ないですねー。次のご帰宅も許可します」
「コラ、あいら」
咎めるも時成は、ぷいっとソッポを向く。
コウくんは微笑ましそうに頬を緩め、「それじゃあ、また」と低頭すると、扉を開けた。
「お早いお帰りをお待ちしております」
見送りの常套句を述べながら、時成と二人で頭を下げる。
閉じられた扉。階段を降りていく姿を見送りながら、
「……ちょう欲しい人材ですねー」
「……ダメだぞ」
ポソリと呟いた時成に、息をつく。「わかってますってー」と返してくるが、ニタリと笑むその顔は、とてもお客様には見せられない顔だ。
果たして本当に、わかっているのだろうか。
「ついでもコッチも会計いい?」
「っ、拓さん」
「ごちそうさま。お腹いっぱいだよ」
そう言って拓さんは自身のお腹を撫でてみせるが、布が押され、薄い身体が際立っただけだ。
イケメンの(女性だが)お腹は膨れないのか。謎である。
「じゃーおれはホール行っときますー。拓さん、またのご帰宅をお待ちしてますー」
「うん、またね。あいらちゃん」
笑顔で手を振る拓さんに時成は嬉しそうにはにかむと、大人しく背を向けてホールへ戻っていった。
てっきり、見送りまで居座るもんだと思っていた。
(ま、席で結構話してたっぽいしな)
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