第27話カワイイ俺のカワイイ接客⑪

 残された俺は拓さんから伝票を受け取り、レジへ回って番号を打ち込んだ。

 金額が表示されると、拓さんは「大きくてゴメンね」と五千円札をトレーに置く。俺は「平気です」と打ち込んで、間違えないようにお釣りを返した。


 拓さんは薄い長財布を持っていた。お釣り以外の小銭が入っている感じはしない。

 あまり細かいのは持ち歩かない主義なのか、それとも、コレも"徹底ぶり"なのか。


「仮会員カードいりますか?」


 一応、尋ねてみると、


「え!? いるいる! ちょーだい!」


 目を輝かせはしゃぐ拓さん。どうやらまた、この店に来る意思があるようだ。

 拓さんがいるとやり辛いのは否めないが、でもこれは女性客を増やすチャンスなのではと囁く自身もいる。

 したたか結構。


「この後はご帰宅ですか?」

「うん、今日はこのまま帰ってゴロゴロするよ。あー! 今夜は楽しい気分で寝れそう」

「それなら良かったです」


 仮会員カードしっかりと収めた財布を後ろポケットに差し込むと、「んじゃ、次はウチの店でかな?」と笑う。


 拓さんだって、そこまで頻繁に来るつもりはないだろう。次に会うとしたら、『Good Knight』だ。


「そうですね」


 肩を竦めた俺に、拓さんは「お待ちしております」と例のポーズを作ってみせた。

 私服姿でもキマってしまうのが、この人のスゴい所だ。


「じゃ、またね。残りも頑張って」


 扉を開けた拓さんに「またのご帰宅をお待ちしております」と頭を下げる。

 と、拓さんは少し考えた風に俺を見て、「ねーねーユウちゃん」と口端を上げた。


「さっきのアレ、やってよ」

「さっきの?」

「うん、スカート持つやつ」

「!」


(みて、たのか……)


 抜かり無いな。痛む額に指先を当てるも、拓さんはワクワクとした期待の眼を向けてくる。

 仕方ない。ならばいっそ、全力でやってやろうじゃないか。


 俺は一度瞼を伏せ、次いで拓さんを捉えた。従順で、でも微かに毒と色が香る。とびっきりの"ユウ"の微笑みで。


「お早いお帰り、お待ちしております。拓さん」


 両手の指先でスカートの裾を持ち、顎を引く程度で頭を下げる。顔が見えなければ意味がない。


 拓さんは満足そうにクックッと笑うと、「やっぱりユウちゃんはカワイイね」と片手を上げて、扉の向こうへ去って行った。

 やれ、と言ったのはアンタだろうが。そんな苦言は勿論、心の中だ。


(やっと、終わったな)


 なんだか一気に、どっと疲れた気がする。

 拓さんの姿が見えなくなったのを確認し、踵を返してパントリーに入った。と、ちょうど皿やらグラスやらを下げてきた時成が、


「二席とも片付けバッチリですー」

「ああ……ありがとな」

「いーえー。お疲れ様でしたー」


 クスクスと笑う時成。俺の心中を察して、だろう。

 グラスに従業員用のお茶を注ぎ、喉へ通す。すると程なくして、「おはようございまーす」という声と共に、次のシフト枠の子達が笑顔で入ってきた。どうやらバトンタッチの時間が来たようだ。


 助かった。注文用紙を受け渡し、キッチンへ上がりの声をかけて、時成と共に控室へ向かう。


 休憩時と上がり後には、好きなドリンクが飲める。俺の手にはアイスティーの入るグラス、時成はオレンジジュースを入れたグラスに、しっかりとストローを挿していた。


「……拓さん、何しに来たんだろうな」


 結局最後まで、振り回されてばかりだった。

 流石はカイさんの尊敬する先輩だ、と椅子に腰掛け、俺はぐったりと机に伏せた。対面に腰掛けた時成が「そうですねー」と頬杖をつく。


 じゅーっとオレンジを吸い込みながら暫し黙考し、「……考えられるのは二つですかねー」と人差し指を立て、


「そのいちー。単純に来てみたかったー」

「……無くもないな」

「そのにー。牽制しにきたー」

「……」


 "牽制"。その言葉に、『許さない』と言った拓さんの顔が浮かぶ。


 確かに核心めいた発言は無かったが、実のところ拓さんは俺の目的を察知していて、あの言葉を伝えるために、わざわざ今日ここに来た。そう考えると、向けられた鋭い眼にも説明がつく。


 バレたのかもな。そう続けようとした矢先、時成は「でもそれは違うと思いますー」と指を下ろした。

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