第25話カワイイ俺のカワイイ接客⑨

 淡々と、ただの事実として述べる拓さんの目には、カイさんが浮かんでいるのだろう。

 空虚を見つめていた拓さんはスイっと視線だけを動かして、


「あそこの彼ぐらいわかり易けりゃ、もうちょっといじり甲斐があったんだけどね」


 と肩を竦めてみせる。

 あそこの彼とは、コウくんの事だ。


「ウチのお客様をナンパしないでくださいよ」釘をさした俺に、

「わかってるって」拓さんはニコリと笑む。


「まぁ、どちらにしろ」


 拓さんが、俺の目を真っ直ぐに捉えた。

 瞳には珍しく、真面目な光。


「カイは大事な仲間で、カワイイ後輩だ。ユウちゃんで言うと、あいらちゃんみたいな存在かな。悪戯に傷付けるヤツがいたら、たとえカイが許しても、オレは許さない」

「っ」


 鋭く突き刺さる眼光に、くっと喉が締まる。

 見抜かれた。焦りに心臓が激しく音を立てる。が、グッと堪えて、拓さんの視線を受け止めた。


 まだ、だ。まだ結論付けるには早い。

 だって拓さんは何一つ、"決定的な"言葉は発していない。


「……どうしてそれを僕に?」


 あくまで心底"わからない"と。

 そう笑みに貼り付けて尋ねた俺に、拓さんはニコリといつもの笑顔を浮かべた。


「なんでだろうね。ユウちゃんが話しやすいからかな?」

「またそうやって誤魔化して。本当はちゃんと理由があるんじゃないんですか?」

「"つい"だって、ホントに」


("つい"、だ?)


 まさか。あの眼は、"つい"でするようなモノじゃない。

 だが俺はそれ以上の追及をやめた。


 もし、俺の憶測が杞憂ではなく、拓さんが俺に対して"何かしら"の疑念を抱いていた場合、これ以上の詮索は不利になる可能性があるからだ。


 好意ではなく、目的の為に近づいている。その核心に触れられてはならない。

 拓さんは涼しい顔でチーズケーキを咀嚼している。


「拓さんってカイさんのコト大好きなんですね」俺がそう微笑むと、

「あ、妬いた? ユウちゃんのコトも大好きだよ」お得意の営業トークをかましてくる。


 出来ることなら、せめて、拓さんがこの店に来た目的だけでも探りたかったが、こうなってしまっては無理だろう。

 いや、『上手く逃げることが出来た』と思っておくべきなのかもしれない。


「ユウちゃん先輩ー」


 不意にツンツンと肩をつつかれ、振り返ると、


「あいら」

「あちらのご主人様が、ユウちゃん先輩をお待ちですー」

「あ、ありがと。失礼します、拓さん。ごゆっくり」

「うん、頑張って」


 拓さんに頭を下げて、席を離れる。


(ナイスタイミング、だな)


 あのまま留まっていても、何も得られなかっただろう。

 丁度いい口実を得たと胸中で息をつきつつ、顔はしっかりと笑みを作る。


 向かった先。俺を待っていたお客様が、メニュー表から顔を上げ軽く手を振った。この人は確か、三度目のご来店だ。


「お待たせいたしました」

「ああ、ユウちゃん。オムライスを頼むよ」

「オムライスプレートですね。ありがとうございます」


 エプロンから注文用紙を取り出し、ペンを走らせる。と、そのお客様は立てたメニュー表で顔半分を隠すと、声を潜ませ、


「なあユウちゃん。あの、角のお客さん! 随分派手だけど、ユウちゃんの彼氏かい?」


 やっぱり目につくよな。

 興味津々といった様子に苦笑して、「違いますよ」と首を振る。


「確かに僕の知り合いですけど、思われているような関係じゃないですよ。それと、あの方は女性です」

「え! そうなの? いやー、全然わからなかった……。いや、言われてもわからないな」

「"あちら"では有名な方なんで、気に入ってもらえればウチの宣伝にならないかなーと思ってるんですけど」

「ハハッ! さっすがユウちゃん。したたかだね」

「お屋敷の発展に尽力するのも、メイドの務めですから」


 注文用紙を左腕で抱え、右手でスカートを摘み上げ、お伽話のお姫様のように膝を軽く曲げた。


 どうやらお気に召したらしい。ポカンとした顔で呆けるお客様に「では、少々お待ち下さいね」と笑顔を残し、パントリーへと向かう。


 先程のコウくんのように踏み入った会話にならない限り、俺の恋愛対象が"女性オンリー"だという事は出来るだけボカしている。妄想の余地は、残しておいたほうがいいからだ。

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