第23話カワイイ俺のカワイイ接客⑦
「お待たせしました。パンケーキプレートです」
「はっ! あ、はいっ」
俺を捉えた彼は「すみませんっ!」と勢い良く頭を下げるので、彼の頭突きをくらわないよう、タイミングをしっかりと見計らいプレートを置く。
ホワホワのパンケーキに乗せられているのはバターのみ。その横にホイップクリームをデコレーションし、甘酸っぱいベリーミックスのジャムとメープルシロップは、小皿で別添えにしてある。
お客様自身で甘さを調節出来るように、という配慮だ。
これまで随分と我慢していたのだろう。恍惚とした表情でパンケーキを見つめる彼に、「どうぞ、お召し上がりください」と笑顔で促す。気持ちはわからないでもないが、食べてこそのパンケーキだ。
彼はハッとしたように俺を見上げるとコクコクと頷き、再び視線を落とすと、「いただきます」と丁寧に手を合わせた。緊張の面持ちでフォークを手に取り、重ねられた上部の一枚にホイップクリームをたっぷりと乗せる。次いで少し迷ってからベリージャムの小鉢を持ち上げ、半分程をかけた。ナイフで切り分け、震えるフォークで口へと運ぶ。
「いかがですか?」
「っおいっしい、です……っ! 本当に! とても!!」
そう言って彼はメープルシロップの小鉢を手にとると、先程のパンケーキの上に半分程を垂らした。つまり今パンケーキの上には、ホイップクリーム、ベリージャム、メープルシロップの全てがトッピングされている。
いくらジャムの甘味を抑えているとはいえ、結構な甘さだろう。呆気にとられる俺を他所に、彼はその贅沢盛りを咀嚼すると、幸せそうに花を飛ばす。
こりゃ相当な甘党みたいだ。
幼子を見るようなポカポカとした心地で見守っていると、それまで笑顔でパンケーキを口に運んでいた彼の手が、ピタリと止まった。
ジワリと目尻に浮かんだ涙。
どうした舌でも噛んだか!? と慌てる俺に、くしゃりと顔を歪めた彼が「おれ……」と絞りだす。
「こんな風に、周りを気にしないで好きなの食べて、美味しくて、全然、馬鹿にされなくて。それが"普通"なココに来れて、本当よかったです……っ!」
少し長めの袖口でグシグシと乱雑に涙を拭うと、彼はまた噛みしめるようにパンケーキを口に含む。
彼がこの店を知る事になったキッカケも、どんな思いで来たのかも、俺にはサッパリだ。が、こうして"満足"して貰えたのなら、従業員冥利に尽きるというものだ。
「勿体無いお言葉です、"ご主人様"」
そう頭を下げた俺に、彼はビクリと肩を揺らした。困ったような顔で、おずおずと口を開く。
「あの、その、出来たら、なんですけど」
「はい?」
「ご、ご主人様ってのが、やっぱり、恥ずかしくって……! あ、メイド喫茶ってのは、わかってるんですけどっ!」
「ああ……よろしければお名前をお伺いしても? ハンドルネームで構いませんよ」
「い、いいんですか?」
「お名前でお呼びしている旦那様は、他にもいらっしゃいますから」
続けた俺に、彼は安堵の表情を浮かべる。
「"コウ"って、呼んでもらえると嬉しいです」
「コウさんですね、かしこまりました。他のメイドには僕から伝えても?」
「あ、はい! お手数おかけします……」
「とんでもありません。この程度、手間の内にも入りませんよ」
俺はニコリと笑み、
「では、ごゆっくりとおくつろぎくださいね、コウさん」
丁寧に頭を下げた俺に、彼は「ありがとうございます」と会釈して、再びパンケーキへと向き直った。
大好きなモノを食べて、「美味しい」と笑う人の顔が好きだ。
コウくんの表情に、ワッフルを嬉しそうに食むカイさんの顔が重なる。
彼女は今頃、"カイ"ではなく"ホントウ"の自分として、どこかで誰かとお茶でもしているのだろうか。
コウくんの席を離れた俺は別のお客様と言葉を交わし、それを細かく繰り返して、時成の元へと近づいていく。
ある程度の距離まで行くと、予想通り、時成の方から「ユウちゃん先輩ー」と抱きついてきた。撫でて撫でてと強請る子猫のような仕草を見せる時成に呆れ顔をつくり、「よしよし」と飼い主よろしく頭を数度撫でてから、その耳元に手を添え顔を寄せた。
表情は少し大人っぽく、悪戯な艶を造ったほうがウケがいい。テーマは『メイド達の秘事~ご主人様にはナ・イ・ショ~』だ。
まあ実態は、単なる業務連絡だが。
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