第15話カワイイ俺のカワイイ不安⑤

 "目的"の比重が、変わってきている。利用する為という口実を抜きにして、知りたいと思う気持ちの方が先立っている。

 情が移ったのだろう。

 さすがにただの好奇だけでは無いと、認めざるを得ない。


(……まぁ、仮初の"オトモダチ"じゃなくて、本当に友人関係になってしまえばいいだけの話しだし)


 何も問題ないか。

 更に疑問を投げかけてきそうな脳を無理矢理納得させて、その後もカイさんと他愛ない会話を交わしながらワッフルを咀嚼していく。


「今日、拓さんじゃなくて残念だったでしょ」


 尋ねるカイさんはニコニコとしていたので、


「はい、ちょっとだけ。寂しがってたって伝えてください」


 そう頼んでみたら、「うーん。その要望には応えられないかな」と笑顔で却下されてしまった。

 『可愛い"姫"のご要望には――』というコンセプトは何処に行ってしまったのか。

 恨めしげにジトリと見つめた俺に、「だからこそだよ」とカイさんは笑う。


「可愛い"姫"は、簡単に手放したくないからね」

「……カイさんってほんっと口が上手いですよね」

「褒め言葉として受け取っておくよ」


 穏やかで暖かい空間。

 まるで、春のひだまりのような。


「あ、ちょっとゴメンね」

「はい」


 ああ、もうか。


 店内がいつもより混雑しているせいか、携帯電話を取り出したカイさんは今日は立ち上がらずに耳元に当てると、口元に手を添えて簡素なやり取りをしている。


 そういえば、すっかり忘れていた。

 後ろの女の子達はどうなったかと盗み見ると、既に自身達のお喋りに夢中のようだ。


(……勝った、てコトでいいんだよな)


 うん、そうだと最期の紅茶を流し込んで、通話を終えたカイさんに視線を戻した。


「あっという間ですね」苦笑した俺に、

「うん、ホント」カイさんも肩を竦める。


「って思っていつも一時間枠狙ってるんですけど、カイさん予約埋まり過ぎです」

「あー……ゴメンね」

「冗談ですよ。カイさんが悪いワケじゃないですから」


 人気があるのは、良いことだ。


「行きましょうか」


 立ち上がると、カイさんはしゃがみ込んで鞄を取り出し、受け渡してくれる。もう慣れたもんだ。


 伝票を手に会計へ向かう。女の子達の視線は再びカイさんを捉えていたが、入店時と比べ随分密やかなのは、連れ立つ俺に遠慮しているからだと思っておく。


 会計に立つのは勿論、吉野さんだ。そこまで広くない店舗とはいえ、休日に一人でホールをさばくのは大変だろうに、明るい笑顔は変わらない。


「色々ありがとうございました」

「いーえーっ! あの子が"カイ"の時にあんなに取り乱してるの、初めて見たわよ!」


 あの子。指し示されているのは、"カイ"さんの"ホントウ"の方だ。つまり吉野さんは、カイさんと本当の意味の友人関係という事である。

 "カイ"として知り合ったのか、そもそも、そう名乗る前に私的に知り合った仲なのか。


「……カイさんとは、学生時代の知り合いとかですか?」

「ん? んー、まぁそんなトコかなー。知り合ったのはココだけど、お互い学生だったし。あ、あたしはあの子の"客"じゃないわよ?」


 意味ありげにニヤッと笑んだ吉野さんに、「はいお釣り!」と小銭を手渡される。俺は財布にしまい、更に鞄へと戻しながら、思考を巡らせた。

 どっちとも取れる言い回しだが、おそらく、"ホントウ"の時に知り合ったという方が有力だろう。


 羨ましい。とはいえ、俺が自力でこの店を見つけられていたとは思えないし、万が一通っていたとしても、ワザワザ他人に声をかける性格でもない。

 つまり俺は、どう足掻いても"カイ"ではない"彼女"と知り合える筈がないのだ。


「頑張んなさいよ」

「え?」


 突然の激励に、間の抜けた声が出た。

 吉野さんは腰に両手を当てて片目を眇めると、ニイッと意地悪気に笑み、


「ユウちゃんだけじゃないわよ。あの子狙ってるの」

「!」

「あたしはユウちゃん推しだけど、選ぶも選ばないも、決めるのは"あの子"だからね」


 これは、確定だろう。

 俺は意を決し、


「……あの、吉野さん」

「ん?」

「僕のコト……男だと思ってます? 女だと思ってます?」

「んー、よくわかんない! 可愛い女の子に見えるけど、そう訊くってコトは男の子かしら。一人称も"僕"だし……あ、でも女の子でも"僕"っていう子もいるわね」


 んんん? と考えこむポーズをとった吉野さんのあっけらかんとした物言いに、つい呆気にとられる。

 よくわからないで、"応援"してくれたのか。心が広いというか、大らかというか。

 ポカンと口を開けたままの俺に気づいた吉野さんは、「そうねー」と笑って、


「どっちでもいいのよ、あの子を大事にしてくれる人なら。そういった点で、あたしの目からはユウちゃんがベストかなって。是非また来てちょうだい!」

「あ、はい。是非! ごちそうさまでした」


 手を振る吉野さんに頭を下げる。と、「すみませんー」と届いた誰かの声。返事をした吉野さんは「またね」と俺にウインクして、小走りで去って行った。


 店の外に出る。待っていたカイさんの眉間には、微かな皺。

 どうやら、中々出てこない俺を心配してくれていたらしい。


「里織のお喋りに付きあわせてゴメンね」すまなそうに言うカイさんに、

「パワフルな人ですね、吉野さん」笑って返す。


 それから、あ、と気がついた。

 吉野さんは、俺がカイさんを『恋愛対象』として狙っているのだと思っている。誤解だと、伝え忘れていた。


 まあ、その話しはまた今度会った時でいいだろう。そう結論づけて、カイさんを見上げた。


「カイさんは、また店に?」

「うん。まだシフトがあるから」

「お疲れ様です。身体、壊さないでくださいね」

「大丈夫。こうして息抜きもさせて貰ったしね」


 少し屈んで俺に視線を合わせ、カイさんが微笑む。

 なんだか、いつもの"カイ"さんよりも無邪気さが強い。


(……おかしい)


 どうして俺は、こんなにもドキドキしてるんだ。

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