第14話カワイイ俺のカワイイ不安④
「ユウちゃん、楽しんでるでしょ」
「あ、バレました? カイさんいっつも隙がないから、今すっごい浮かれてます」
「そんなつもりはないんだけど」
「それだけ"徹底されてる"ってコトなんですけどね。スゴいなって思ってます」
「……ありがと」
(……ん?)
微かな違和感が掠めたのは、微笑むカイさんの顔に薄い影を見つけたから。
プロフェッショナルだと褒めたつもりだったのだが、なにか悪い事を言ってしまったんだろうか。
微妙な空気を感じたのは一瞬。お盆を手に歩いてくる人が見え、俺の思考はカイさんの後方へと移った。
吉野さんだ。
「おまちどーさま! イチゴのワッフルと紅茶、カイはコーヒーとミルクね」
置いていく吉野さんにカイさんがすかさず、
「里織……ユウちゃんに余計なコト言っただろ」
「あ、ユウちゃんっていうんだー! あたしったら名前聞くの忘れててっ! あースッキリ!」
「スッキリじゃなくて、聞いて」
(なんか、漫才みたいだな)
まったく噛み合っていない会話に吹き出しそうになるのを堪えつつ、「あとコレも」と差し出された取り皿をありがたく受け取る。
聞いていないようで聞いていたのか、伝票を置いた吉野さんは不満気に顔を顰めるカイさんの肩を、ポンッと軽快に叩いた。
「いいじゃないのミルクの一つや二つ! みみっちいコト言わない!」
「それを言うなら、いるかいらないかなんだけど……」
「そうそうユウちゃん、こっそりソース多めにしといたから、他のお客さんには内緒ね」
「あ、スミマセン、ありがとうございます」
「だから、聞いて」
「聞いてる聞いてる! じゃあ、ごゆっくりー!」
ここまで振り回されるカイさんも新鮮だ。
別のお客さんからの呼びかけに向かってしまった吉野さんに、カイさんは溜息をついてミルクを手に取った。
お、と。思ったのだが、沈黙を保ったまま見守っていると、ハッと気がついたように制止する。
本当にミルク派だったらしい。無意識で注ごうとした自身を恥じるように、カイさんの白い頬が一気に赤くなった。
なんだそれ。めちゃくちゃレアだし。
「っ、ユウちゃん、あの、」
どう言い訳したら良いのかわからない。
プチパニック状態なのか、真っ赤なまま焦り顔で必死に言葉を探すカイさん。
なんというか、コレは非常に。
(……かわいいな)
「どうぞ、僕のコトは気にせずドバッといってください」
「いや、でも、さっき」
「良いです良いです。あ、でも砂糖の投入権は譲りませんよ?」
「っ、なんかホント……ゴメンね」
羞恥をありありと浮かべる顔を隠すように俯きながら、肩を縮こまらせてカイさんはミルクピッチャーを傾ける。
もはや吹っ切れたのか、半分程をたっぷり注ぐと、真っ黒なコーヒーがキャラメル色に変わっていく。その間にシューガーポットを開け、分量を訊いた俺は、カイさんの要望通り二つの角砂糖をコーヒーへと落とした。
これだけ甘くするのなら、さぞかしブラックは辛かっただろう。よく平気な顔して飲んでいたものだ。
ゆっくりと回るスプーン。カイさんの頬はまだ赤い。
クスクスと笑みながらシューガーポットを端に寄せ、その手をカトラリーボックスへと伸ばした。が、現れたカイさんの掌が、触れるか触れないかの位置で、「駄目」と制止をかける。
こんな時でも、カトラリーの手渡しは譲ってくれないらしい。大人しく手を引いた俺はカイさんからナイフとフォークを受け取り、ワッフルを切り分け、小皿を渡した。
「因みにカイさんの好きなワッフルはどれですか?」
カイさんはグッと眉根を寄せ、
「……イチゴ、だね」
「……その反応は本当みたいですね」
「もう、ユウちゃん相手に誤魔化そうとしても、バレちゃいそうだからね」
腹をくくったように、カイさんはワッフルに生クリームとソースをたっぷりつけて口に運ぶ。
成る程。これが本来の"彼女"なのか。思わず笑みが漏れる。
見えてきた仮面の奥。俺も上機嫌でワッフルを頬張っていると、「そういえば」というカイさんの落ち着いた声が届き、視線を上げた。
「ユウちゃんは、"オレ達"にカッコ良さを求めてるワケじゃないんだね」
「っ、え?」
「いや、勿論皆がそうってワケじゃないんだけど、やっぱり"オレ達"のお客さんって、理想上のカッコ良さみたいなのを求める人が多くて。けどユウちゃんはそうじゃなくて、自然な時の方が嬉しそうにしてくれるから」
「!」
ドキリ。緊張に早まる心臓が、どうするんだと嘲笑う。
"カイ"じゃなくて、"アナタ"を知りたい。
(――違う)
近づきたい。目的の為に。
それだけ。それだけ?
「それは……」
脳内で木霊する感情の渦。
駄目だ、それは、言ったら。
「っ、カッコいいカイさんも素敵ですけど、やっぱり、普通にしてくれていた方が、話しやすいです」
それらしい誤魔化し。心臓がツクリと軋む。
だがカイさんは不自然さを感じなかったようで、目元を緩め、「そっか。オレも自然体なユウちゃんの方が好きだしね」と納得したように頷いた。コーヒーカップを摘み上げて、美味しそうにコクリと飲む。
焦った。単純に、些細な疑問だったようだ。
俺も揺れた感情を押さえつけるように紅茶を流し込んで、ふぅと密かに息をつく。
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