第13話カワイイ俺のカワイイ不安③

「今日は髪、いつもと違うね」


 さり気なく振られた話題に、俺は思考を転じた。

 そうだ。今は、考え込んでいる場合じゃない。


「結ぶの、あまり好きじゃないんですけどね」

「どうして?」

「首元とか、肩とか。"目眩まし"が無くなっちゃうんで」


 一般男性と比べ線の細い身体つきだとはいえ、やはり"女装"でしかない俺の身体は男性としての特徴が目につく。

 カイさんは今気がついたというような顔で、数秒ジッと視線を固定した。それから前を向いて、「そうかな」と呟く。


「気にしなくても、充分可愛いよ」

「そうですか?」

「うん。お世辞じゃなくて、本当に。だからユウちゃんはもっと、自信を持ったほうがいいよ」


 励ましてくれているのだろう。再び向けられた顔には、ニコリと柔らかな笑み。

 いや、正直カワイイのだという自信は呆れられる程にあるけども、そんな本音は綺麗に心の中にしまい込んで、「ありがとうございます」と返した。


 俺がこうして『特徴』を苦手とするのは、自信がないというよりは、美学に反するといった所だ。

 だがこれもワザワザ話題に挙げる必要はない。


 気づけばすっかり常の調子を取り戻し、他愛ない会話を紡ぎながら歩いていると、見慣れた看板が目に入った。

 やはり穴場なのだろう。店周辺は、大通りの喧騒が嘘のように閑静だ。進んで、扉を開けてくれたカイさんの促すまま店へと踏み入れる。


「いらっしゃ、あー!」


 俺の顔を見て驚いたように声を上げたのは、前回情報をリークしてくれた吉野さんだ。手にしたトレーの上には、パフェが二つ乗っている。


「お久しぶりです」


 会釈した俺にパッと笑顔を咲かせると、何か言いたげに強い目力で大きく頷く。

 頑張って。そんな所だろうか。

 そんな吉野さんに気づいたカイさんが、


「どうかした?」

「ううん、なんでもなーい! 席はいつもんとこ空けてるから、悪いけど座っててくれる? 先コレ置いてくるから」

「わかった。ありがとう、里織」


(あ、本当に仲いいんだ)


 当人達から聞いていたとはいえ、こうしてさり気ない部分で急にぐっと実感が増す。


(下の名前で呼ぶ関係なのか……)


 もやり。陰った胸中を慌てて振るい、先導するカイさんの後ろをついて行く。

 別に、下の名前で呼ぶことなど友人同士でも珍しくない。現に俺だって、俊哉や時成を下の名前で呼んでいる。

 何をそんなに引っかかっているんだか。


 吉野さんの言葉通り、賑わうフロアの中で、いつも案内される奥の席だけがポツンと空けられていた。

 満席の中を進む。カイさんの姿はお喋りに夢中な中でも目立つようで、物珍しそうに盗み見る人も居た。


 確かに、なんて事ないカフェに突然スーツ姿の麗人が現れたら気にもなるだろう。カイさんは慣れているのか、気にした様子もなく落ち着いた足取りで席に向かうと、ニコニコとしながら手を差し出してくる。


 あれだ、荷物の催促。俺がいつも座るのは壁側のソファで、つまりこちらを伺う女性達の視線が、どうしても目に入る。


 やり辛さを飲み込みつつ、荷物を手渡す。俺がソファーへ腰掛ける間にカイさんはいつものようにハンカチを取り出し、しゃがみ込んで置いた荷物に被せた。立ち上がり、自身も椅子を引き腰掛けると、メニュー表を俺に開いてくれる。


 少し斜めに組まれた長い足。後ろの女の子達が一連の行動に、キャアキャアと色めき立つ。


(……今度から私服にしてもらおうかな)


 確か、スーツか私服風かを選択出来たはずだ。

 メイドが立っていても不思議ではない立地だからと今までは気にもしていなかったが、こうも様々な目を向けられては気が休まらない。


 例え私服でもカイさんの身長と纏う空気は人目を引くだろうが、明らかに会社員とは異なるスーツ姿よりは、幾分かマシだろう。


「落ち着かない? 席変わろうか?」

「……大丈夫です」


 ソワソワとしている俺に気づいたのだろう。苦笑するカイさんは、やはり自分に向けられた視線を感じ取っているようだ。

 けれども俺だって、一応、"同業者"としてのプライドがある。ここで引き下がっては負けだと背筋を伸ばし、仕草や表情にも気を配る。


 つまりはアレだ、"お似合い"だと思わせれば、こちらの勝ち。


「ほいっ! お待たせしてゴメンね! 注文決まってたら伺いますけど?」


 お冷とお絞りを置いた吉野さんに尋ねられ、既に注文を決めていた俺はメニュー表を指差した。


「イチゴのワッフルで。あと、ホットの紅茶と、カイさんはコーヒーでいいですか?」

「いつもごめんね。オレもホットにして貰える?」

「じゃあ……」


 言いながら吉野さんと視線を合わせる。妙な結託感。


「コーヒーのホットを一つ。ミルクで」


 そう付け足した注文に、カイさんが「……え?」と目を丸くした。

 吉野さんは"よしきた"とニンマリ笑んで、


「かしこまりました! 少々お待ちくださいね」


 吉野さんは踵を返し、俺に向けてこっそりと親指を上げて去って行った。カイさんは数度瞬いて、それから振り返り、吉野さんの背を視線で追いかける。

 そんなカイさんの顔を捉えた後ろの女の子達が黄色い声を上げたが、当の本人はそれどころではないようだ。


 暫くしてこちらへ向き直ると、肘を机につき、『やられた』と言うように手の上に額を預けた。


「里織だな……」重々しい問いに、

「答えは黙秘で。なんで黙ってたんですか? 言ってくれればいいのに」


 尋ねた俺に、カイさんは額を上げるも、今度は口元を隠した。気不味そうに逸らされた視線。


「カイさん?」


 その反応の意図が本気でわからず、促すように小首を傾げると、カイさんは観念したように、


「あー……と、えっと、ブラックの方が大人っぽいかなって思って、"こーゆー時"はブラックにしてて」

「……ムリして飲んでたんですか?」

「無理って程じゃないけど、まぁ、苦いなーとは思ってたかな……」

「それをムリしてるって言うんですよ……」


 カイさんは鋭いようでどこか抜けている。

 呆れたように嘆息した俺を、カイさんは不安げにチロリと見遣った。弱々しい眼。


 ヤバイ、なんか。


(……楽しくなってきた)


「……ミルク、僕が入れてあげます」

「えっ?」

「カイさんに任せたらまた誤魔化されそうなんで。いいタイミングでストップって言ってください。あ、あと砂糖も。……角砂糖なんですね。何個入れますか?」


 テーブルに置かれていた陶器のシュガーポットの中を確認しながら続ける俺は、さぞかしウキウキとしていたのだろう。

 カイさんは珍しく当惑した表情を浮かべていたが、程なくして諦めたように息をついた。

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