第12話カワイイ俺のカワイイ不安②
「……なんだよ」
「いえー。ユウちゃん先輩、楽しそうだなーって思っただけですー。やっぱり何かに熱中してた方が、イキイキするんですねー」
食器を洗い場に置きながら「羨ましいですー」と続ける時成に、小さく眉根を寄せる。
確かにカイさん攻略に向けて奮闘する日々は、充実していると言っても過言ではない。
だがキッカケも目的も胸を張れる内容ではないし、仮にその点を除いたとしても、残るのは特定の"男装女子"に貢いでいるという、何とも非生産的な事実だけだ。
全てを知る時成が『羨ましい』と零した理由は、当然、そこでは無いだろう。重々承知だが、万が一という可能性もある。
「……何かに熱中すんなら、胸張って言えるモンにしろよ」
ポン、と。肩に手を置いて重々しく告げた俺に、時成は「わかってますよー」と苦笑して、
「おれは先輩みたいに頭がキレるワケじゃないですしー。危ない橋は渡りませんー」
「ったく、よく言う」
「さ、お仕事お仕事ー! ユウちゃん先輩にはバリバリお客さんを誑かしてもらわないと困りますー」
「人聞きの悪いコトをいうな、"サービス"だ"サービス"っ」
背中を押されホールへと踏み出した俺は、心中で『まったく』と嘆息しつつも、しっかり顔をつくりなおした。
他のキャストの位置を見ながら、お客様とのコミュニケーションを取りにいく。
("サービス"、ねぇ)
そう。全ては支払って頂いた『サービス料』の対価なのだ。
勘違いするなよ、と改めて自身に言い聞かせ、残りの勤務時間もそつ無くこなしていく。
レナさんは今日もチェキのオーダー入れてくれた。
ふと思い立った俺はその写真に、いつもの『ありがとうございました』の礼だけではなく、水玉を書き添えてみた。
気づいたレナさんには「もうっ」と怒られたが、その顔は嬉しそうにはにかんでいたから、喜んでくれたのだろう。
今日はいつにも増して、チェキの撮影を求めてくださるお客様が多かった。
俺はその都度、目についたモチーフを書き足した。時成程酷くはないが、俺も才能があるとは言いがたい画力なので、本当に簡単なモノだ。
それでもそれぞれの顔に溢れる歓喜を見つけてしまえば、"些細な気遣い"も馬鹿にできない。
(……これもカイさんのお陰だな)
俺は一人一人の鞄にハンカチをかける事も出来ないし、カトラリーを手渡す事も出来ない。
それでもせめて、ワザワザ俺を指名してくれるお客様に何か出来ないかと考えた結果が、この小さな"付け足し"なのだ。
喜ぶお客様から情報を掴んだのだろう。時成がニヤニヤとした顔を向けてきたので、その肩を小突いてやり過ごす。面と向かって「変わりましたね」なんて、言わせてたまるか。
店内の様子を見ながら、キャストの休憩を順に回していく。もうすぐ、俺の上がり時間だ。
やはり休日というだけあって、ティータイムの終盤に差し掛かってもまだ賑わっているが、このメンバーなら問題ないだろう。
時成も同じ様に思ったのか、時計の針が十六時を示したと同時に、
「ほらほら、ユウちゃん先輩は早くお直ししないとー」
と急かしてきた。ありがたく後を任せ、控室に下がり手早く着替えていく。今日着てきた服が、今までのエスコートで使った服じゃなくて良かった。
メイクポーチを広げ、気になる箇所を簡単に直す。長時間の勤務で乱れてしまった髪は、櫛でといてから左耳横に纏めて結んだ。髪を結ぶのはあまり好きではないのだが、仕方ない。結び上の髪を二束に割き、できた輪に毛先を通す『クルリンパ』というアレンジをしてから、バランスを整えて飾りゴムで結び位置を隠す。
(よし、こんなモンだろ)
鏡の前でクルリと周り全身を確認して、荷物を掴んだ俺は足早に控室を後にした。
目端で捉えた時刻は、ほぼ予定通り。これなら五分前には着けるだろう。
人混みを難なくすり抜け、辿り着いた目的地のビル前。
迷うこと無く階段を上がり、開いた扉の先は、もはや見慣れた光景だ。
「いらっしゃいませ。"Good Knight"へようこそ」
(……ん?)
聞き慣れない声。
おや、と不審に思いながらも歩を進める。と、受付後方で顔を上げた声の主に、違和感の正体を知った。
(拓さんじゃないのか……)
そういえば、カイさんの予約を取れた事に興奮していて、拓さんの勤務表までは確認していなかった。
受付といえば拓さん、という方程式が出来つつあった俺は、少々拍子抜けしながらも笑顔で名前を告げた。
身長は俺と同じくらい。スムーズな対応に中堅層なのだとアタリがつくが、なんというか。
(……足んねぇな)
綺麗にカッティングされた艶のある黒髪に、細い銀フレームの眼鏡。キッチリと着こなしたベストといい、おそらく"優等生"キャラなのだろう。
丁寧に施されたメイクも悪くない。けれどもどうにも、拓さんやカイさんと比べてしまうと、イマイチ物足りなく思える。
それは決して見た目の華やかではなく、纏う空気感の話しだ。オーラというか。
まあ、どちらにせよ、俺の個人的な見解でしかないが。
頭の中で分析しながらも、そつなく会計を終えた。奥の部屋へと歩を進めたその人はカーテンを開き、
「カイさん、お願いします」
呼びかけに現れたカイさんは、「久しぶり、ユウちゃん」と相変わらず綺麗な微笑みを向けてくる。歩を進め、通り過ぎざまに先を促し、いつものように扉を開いてくれる。
俺もカイさんに倣い、扉へと向かった。会釈して扉を通ると、閉じられていく部屋の中からお馴染みの「それでは、良い夢を」。勿論、片手を胸に添えるあのポーズだ。
そういえば、名前を確認するのを忘れていた。
まあいいか、と特に心残りもなく、歩き出したカイさんの後ろについて階段を下りる。
「店に戻ってきたら予約者の名前が急にユウちゃんに変わってたから、ビックリした」
足元の注意を促しつつ、拓さんは顔だけで振り返って柔らかく目元を緩める。
そう、コレコレ。笑み方一つでもやっぱり違う。
「キャンセル待ちで取れたんです。ラッキーでした」
「そうだったんだ。ありがとうね」
カイさんは階段下で俺が並ぶのを待って、「今日はどうしたい?」と顔を覗き込んでくる。
さて、どうしたものか。
個人的には長時間勤務の疲労もあってゆっくりお茶でもしたい気分だが、休日の夕時は既に混雑している店が多い。
事前の予約だったのなら、前回のように"念のため"を準備してくれている可能性もあっただろう。が、今回は急すぎた。
三十分という規定の中で、今から店を探すのも――。
「ユウちゃん」
考え込む俺を見て、カイさんがニコリと微笑む。
「"Good Knight"の意味は?」
「へ? えーと……そのままで良ければ、"良い騎士"?」
「うん、正解。だからね、"優秀な騎士"たるもの、可愛い"姫"のご要望には忠実に応えてみせるよ」
「っ」
まさか。
目を見開く俺にクスリと笑んで、カイさんは自身の胸元に片手を添えた。
「ご所望は?」
「……あの喫茶店に、行きたいです」
「かしこまりました」
カイさんは軽く目礼すると、「じゃあ、行こうか」と迷うこと無く歩き出す。慌てて隣に並んで、当惑気味にその横顔を見上げた。
視線に気づいたのだろう。チラリ、と向けられた双眸には、満足気な色。
俺はただただ驚愕しながら、
「予約、してるんですか?」
「この時間だし、もしかしたらと思ってね。良かったよ、ユウちゃんが予約してくれたのがまだ何とかなるタイミングで。カッコつけてみたけど、正直"ラッキー"ってヤツだね」
肩を竦めてみせるカイさんに、返す言葉が見つからない。
どうしてそんなに頑張ってくれるのかとか、他の人にもこんなに気を回しているのかとか、"無意味"な感情ばかりが渦巻く。
なんだろう。嬉しい、だけじゃない。鉛色の雲のような。
顔を伏せたまま何とか「ありがとうございます」と呟けば、「喜んで貰えたなら嬉しいよ」と柔らかな声が落ちてくる。
目を見て返せない俺を、カイさんはどう思うのだろう。
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