第四章 カワイイ俺のカワイイ不安

第11話カワイイ俺のカワイイ不安①

 週末のシフトはロングで入る事が常だ。

 せっかくの休日を利用して俺に会いに通ってくれる常連さんも多いし、観光ついでにと興味本位でやってくる『一見さん』も、やはり休日が多い。


 店の存続、発展の為にも、お客様は一人でも多く確保しておきたい。自惚れではなく事実として店一番人気である"ユウ"にとって、言わずもがな休日は頑張りどころなのだ。


 ピークが過ぎてからの昼休憩。控室でひとり胃袋に収めているのは、先日店長と相談して改良したパンケーキだ。

 スマートフォンで『Good Knight』のページを開く。カイさんの予約表は、昨夜の時点で既に二週後まで全滅だ。


 なんだか日が経てば経つほど、人気に拍車がかかっている。口コミの効果もあるのだろう。常連と新規で戦争状態の予約争奪に、俺は絶賛全敗中だ。

 今なら由実ちゃんが僅かな可能性を探って泣きついてきた理由がわかる。無意識のため息。


(こればっかりは、どうしようもないもんな……)


 個人的な"オトモダチ"とはまだまだ程遠い現状で、カイさんに繋がる唯一はこのネットワーク上の予約システムだけだ。

 まあ、そもそも論として、目的を達成すれば、こうしてカイさんに会いに行く必要性もなくなる訳だが。


「……」


 胸中に微かな靄。

 これはきっと、あの優しい笑顔を騙している罪悪感だろう。そうに違いない。


(……深く考えない方がいい)


 本能の発する警告に従うまま思考を切って、流れ作業のようにカイさんのシフトページを開く。と、


「っ、マジか」


 捉えた未予約のライン。脳で考えるよりも早く、反射で画面を叩いた。

 興奮にドクドクと脈打つ心臓。急かされるように素早く指を動かし、個人IDとパスワードを入力する。

 最初からログインしておくんだった。この間に、同じように見つけた誰かに奪われてしまうんじゃないだろうか。


 渦巻く後悔と焦燥に手の内が汗ばむ。画面遷移と共に表示された『確定』のボタンを素早くタップする。

 数秒の読み込みの後、画面には『予約完了』の文字。


「あっぶね」


 はぁー、と緊張を吐き出し、椅子の背もたれに全体重を預ける。

 これまでも時折、直前のキャンセルがないかと張っていたが、こうしてお目にかかれたのは初めてだ。まさか本当に遭遇するとは。


 ありがとう神様。胸中で両手を合わせ、届いたメールを確認する。

 エスコートの開始時間は、勤務終わりの三十分後だ。着替えの時間を考慮すると、一息つく間もなく早々に店をでなければ。


(ま、それくらいなら許容範囲だな)


 運良く手に入ったチャンスだ。文句を言ったらツキが逃げる。

 確認した時刻は休憩の終了真近。立ち上がり伸びをして、エプロンを身につける。空の皿を片手に部屋を出て、廊下を進みパントリーへと向かった。


「休憩ありがとうございました」

「あ、ユウちゃん先輩おかえりなさいですー」


 ジュースをグラスに注いでいた時成が、お盆に乗せながら俺に声をかける。

 昼入りだった時成の休憩は、まだ暫く後だ。休憩中の様子を尋ねたオレに「特にトラブルはないですよー」と返してから、思い出したように「あ」と声を潜め、


「十二番に"クイーン"が来てるんで、よろしくですー」

「……レナさんな」


 レナさんは数ヶ月前から週に二度は通ってくれている、希少な女性のお客様だ。更に付け加えるのならば、俺指名でチェキの注文をくれる、大事な"お得意様"でもある。

 時成が"クイーン"と称するのは、赤の際立つ外見と少し強い物言いが、童話に出てくる『ハートの女王』のようだという理由らしい。

 勿論、本人には内緒だ。というか、言えるわけない。


「注文は?」

「まだこれからですー。先輩いるか訊かれたんで、先輩待ちじゃないですかねー」

「わかった、行ってくる。ありがとな」


 時成に片手を上げて、ホールへと踏み出す。

 最近はこの店も少しずつ知名度が上がってきたようで、まだ目立った空席は見当たらない。変わらず談笑を続けている常連さんの「おかえり」に笑顔で会釈を返し、新しく席についている見知った顔に声をかける。

 新規のお客様は、好奇の目を向けている方を中心に。仲間内で盛り上がっている所は、邪魔しない主義だ。


「ユウちゃん」


 届いた声に視線を向ける。

 胸元まで伸ばされた柔らかなオレンジベージュの髪に、少女漫画のようにカールの強い睫毛。目を引く赤い口紅の唇で弧を描き、微笑む彼女がレナさんだ。


「おかえりなさいませ、レナさん。ご注文ですか?」

「ええ。ユウちゃんが戻ってくるまで待ってたのよ。褒めてちゃうだい」

「褒めるなんて、僕にはとても。でも、嬉しいです。お待たせしちゃってスミマセン」

「いいのよ。それは仕方のないコトでしょ?」


 ニッコリと笑んだレナさんは組んだ腕を解き、胸を乗せるように机に体重を預けた。

 広げたメニュー表のパンケーキプレートをつう、と指差す。


「コレ、お願い」


 レナさんのこういった女性の"武器"を強調するような仕草は、毎度のコトだ。

 強調される胸元の膨らみへと視線がいかないよう自身を律して、笑顔のままオーダー表へ注文を書き込む。


「かしこまりました。お飲み物は?」

「そうね……紅茶にするわ。ミルクをつけてちょうだい」


 今度はドリンク部分の『紅茶』の文字を、爪先でコツコツと数度叩く。


(……ふん?)


 注文を書き込みながらも、俺は注意深くその指先を盗み見た。

 ああ、なる程。ワザワザ俺を待っていた理由はコレか。


「レナさん、ネイル変えられたんですね」

「あら、気づいた? ココに来る前に変えてきたの」

「分かりますよ。いつも綺麗にされてますもん。今回は赤のデザインと、白ベースにドットのミックスなんですね……水玉って珍しくないですか?」


 記憶にあるこれまでのネイルは、大人な花柄が常だった。

 尋ねた俺に、レナさんは嬉しそうに両手を揃えて重ね、


「本当によく見てるのね。初挑戦なの。いつもは花柄に惹かれるんだけど、今回は少し可愛いくしたい気分で」


 少しだけ恥ずかしそうに「らしくないでしょ」と苦笑するので、俺は「いいえ」と首を振る。


「新鮮ですけど、可愛いですよ。爪も、レナさんも」

「……ホント、口が上手いわね。アナタは」

「褒め言葉として受け取っておきます」


 ニコリと純粋な笑顔で返して、「少々お待ち下さい」とパントリーへ向かう。

 このストレートな"褒め殺し"は、カイさんから学んだものだ。遠回しな物言いもウケはいいが、やはりこちらの反応も上々である。上手く使えば、それこそ新たな客層の獲得に一役買いそうだ。


 満足にホクホクと高揚しながら、キッチンのキャストへオーダーを告げる。と、お盆に空の器類を乗せて戻ってきた時成が、俺の顔をみて不思議そうに首を傾げた。


「なんかご機嫌ですねー?」

「早速カイさんに近づいたメリットが証明されてな」

「それは良かったですー」

「あ、あとさっきキャンセル分が取れたんだよ」

「おお、やったじゃないですかー。いつですかー?」

「コレ上がって、三十分後」

「じゃあサクッと帰らないとですねー」


 思案するように時成が頷く。

 上がり時間を迎えた後も、混雑状況によっては残ることもしばしばだ。

 だが今日は駄目だ。理解した時成が、フフッと嬉しそうに笑う。

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