第9話カワイイ俺のカワイイ再挑戦③

 そっと視線だけで隣を歩くカイさんを伺う。

 進行方向だけを見つめる、バツが悪そうな顔。落ち着かなそうに彷徨う手。明らかな動揺に、俺の中の悪戯心が疼く。

 このまま逃してあげるのが、ちょっとだけ惜しくなった。


「……それで、怒ってたんですか?」


 あくまで自然を装った追求に、カイさんの肩がピクリと跳ねた。

 片手を口元に添え、言い難そうに「あー」と間延びした声を零す様も、スマートなカイさんらしくない。

 らしくない、けど。


「……先に、謝っておくね」

「カイさん?」

「その……ユウちゃんも拓さんのこと気にしてたの知ってるし、拓さんにあんなこと言われたら、本当に取られちゃうような気がして……」

「っ」


 頬と耳を真っ赤にして口元を覆うカイさんに、心臓がキュッと締まる感覚。


(……可愛いじゃん)


 自分でも予想外。そうありありと示す恥じるような表情は、雰囲気からして演技などではない。

 反射で感じたのは何とも言えない愛らしさ。それと。


『俺を、取られたくなかった』


 そう揶揄した言葉が、胸中に染みこんでいく。

 そして同時に湧き出る疑問。


(そう、言ってくれたのは)


「……それは」


 "俺"が、カイさんの"客"だから?


「ん?」

「……いえ、何でもありません」


 笑顔で首を振り、喉元まで出てきていたその言葉を飲み込む。


(だって、おかしいだろ)


 俺の目的はカイさんの"オトモダチ"になる事で、"特別"になる事じゃない。

 この質問は、無意味だ。


「大丈夫ですよ」


 自身の心に生まれた僅かな引っ掛かりを意図的に無視して、真っ直ぐにカイさんを見上げた。


「僕は、カイさん以外を選ぶつもりはありません」


 何であれ、この言葉は紛れも無い真実だ。

 たぶん、これからも。"嘘"を積み重ねる俺の、揺るぎない"本当"。


「……そっか。ありがとう」


 俺の隠した邪な計画など露知らず、カイさんは安心したような笑顔を向けてくる。

 チクリ。針を刺したような微かな痛みは、きっとその笑顔を裏切っている事への罪悪感だろう。


(裏切り? いや)


 "オトモダチ"になった後も、この打算的なきかっけを伝える必要はない。

 真実を知るのは、俺と俊哉と、時成だけ。誰も損をしない。誰も、傷つかない。

 そう。ただの、小さな"嘘"だ。


「なんか、重いよね。本当ごめん」

「そんなコトないです。嬉しいですよ、僕としては。カイさんの貴重な照れ顔も見れましたし」


 満足気に頷く俺に、カイさんはしまったというように再び口元を覆った。

 演技ではなく自然と変わる表情。"本当の"カイさんは、感情豊かな人なんだろう。


(また一歩、近づけた)


 その事実が、なんだか嬉しい。


「今日はパフェを頼んでみようと思ってるんで、カイさん手伝ってくださいね」

「……ユウちゃんの頼みなら、喜んで」


 不本意に乱されたペースに、いつもの"カイ"さんを取り戻そうとしていたのだろう。

 返答前にこっそりと繰り返されていた深呼吸は気づかないフリをしてあげて、見覚えのある路地を二人で進んでいく。

 前回よりも少しだけ色が濃く見えるのは、気のせいだろうか。


「はい、お疲れ様」

「そんなに歩いてないですよ」


 以前のように、ドアが開けられる。「ありがとうございます」と通り過ぎ踏み入れた店内は、前回よりも賑やかだ。見れば席は七割ほど埋まっている。

 満席じゃなくてよかった。

 危なかった、と息を付きながら、何と無しに捉えた前回の席。優良すぎるそこは当然埋まっているだろうと思いきや、座る人の姿はない。


(……変だな)


 飲食店で優良席を開けておくのは、イメージダウンにも繋がりかねない。

 他の予約でも入っているのだろうか。


「いらっしゃいませー。あ、お待ちしておりました! また来てくださったんですね」


 明るい笑顔で先を施すのは、前回も世話になった店員さんだ。後頭部で結上げられたブラウンのポニーテールが、印象に残っている。

 案内されるままついていくと、通されたのは。


(っ、なんで)


 衝撃に固まる最中、遠くに「ご注文、お決まりになりましたらお呼びくださいね」という声が届く。


「ユウちゃん、鞄と手提げ貰うよ」

「っ、あ、すみません。あの、もしかして……」


 差し出された手に荷物を受け渡しながら、浮かんだ可能性にカイさんを見上げる。

 綺麗な仕草で促され、ポスリとソファーへと腰掛けると、やはり荷物にハンカチを被せてくれたカイさんはクスリと小さく笑んで、



「もしかしたらと思って、念のためにね」

「っ」


(おいおいマジかよ……)


 つまり、俺がこの店を選ぶ場合を仮定して、先に予約をしておいたということだ。

 サラリと言ってみせるが、俺が『また』と望まなければ、只の手間でしかない。

 それならせめて、リクエストを聞いてからその場で店に連絡を入れたほうが、遥かに効率がいいだろう。

 椅子を引き、カイさんが腰掛ける。ポカンと呆け続ける俺にメニューを広げながら、カイさんは小さく吹き出し、


「さっきの店員、知り合いなんだ。だからちょっとした"ワガママ"なら、融通が利くんだよ」

「! そう、なんですか」


 ドキリと。

 心臓が強く跳ねたのは、示された関係がまさに俺の"目的"そのものだったから。


「今日はパフェだっけ?」

「っ、はい。いちごのパフェがこの間から気になってて……」

「いちご、好きなの?」

「え?」


 見つめる瞳がふわりと緩まる。


「ワッフルもいちごだった。あ、飲み物は?」


 カイさんは通りすがった店員さんを呼び止め、「いちごのパフェを一つ」と注文を告げた。

 店員さんは用紙に書き留めると、促すような視線をくれたので、


「紅茶のホットを。カイさんは?」

「そんな、いいのに」カイさんの眉尻が下がる。

「ダメです。パフェ、手伝ってくれないと困ります」

「水でいけるよ?」

「どうせなら美味しく食べてください」


 譲る気はないと腕を組めば、ペンと用紙を手に見守っていた店員さんが、「ありゃ」と破顔して、


「こりゃカイの負けだね。はい、ご注文は?」

「……コーヒーの、ホットで」

「かしこまりましたっ!」


 なるほど、"知り合い"か。

 彼女はポンッと軽くカイさんの肩を叩くと、「少々お待ちくださいね」と俺に笑顔を向け去って行った。

 明るい人だ。カラリとした笑顔がとても清々しい。


「仲、いいんですね」

「……なんだかんだで付き合いが長いからね」


 グラスを手に取り一口を含んだカイさんは、薄く息を吐き出した。置かれた拍子に、木製の机がコトリと鳴る。

 次いで気を取り直したように、机上に肘をついた。指先を顎前でゆるりと組み、


「それで?」

「へ?」

「いちご、好きなの?」


 お得意の柔らかな笑みで尋ねられたのは、先程の問い。

 ただの言葉遊び程度に捉えていたが、どうやらキチンとした話題の提供だったらしい。


「そんなに気になります?」

「うん。ユウちゃんの好きなモノ、オレも知りたい」


(すっかりいつもの調子だな)


 返された甘い台詞に、つい肩を竦める。

 人は『特別感』に弱い。

 それも、常連ならばともかく、たった一度通っただけの馴染みない『ご新規さん』からすれば、前回の注文を覚えていると言うだけでも、十分に『特別』を感じるだろう。

 なるほど。正しく俺には、相応しい演出だ。


(さて、どうしたもんかな)


 露呈した新たなスキルをきっちりと心のノートに記して、次の選択肢を思案する。

 照れたように頬を染めて視線を流してみようか。それとも、拗ねたように唇を尖らせて上目遣いでもしてみせようか。


(いや、どっちも却下だな)


 今回はそういった"ワザと"は禁止だった。

 思い出した俺は、ただ微笑んで首肯した。


「好きですよ。たまには他のをとも思うんですが、ラインナップにいちごがあったらやっぱり選んじゃいますね」


 因みにこの間ほんの数秒。

 不自然さはなかったのだろう。カイさんは満足そうに双眸を細めて、


「甘いモノは好きだけど、飽きやすいタイプ?」

「いえ。しいて言うのなら誰かと共有したいタイプですね。なのでカイさんにも、一緒に食べてほしいんです」

「そっか。ユウちゃんは優しいね」

「……今の文脈に優しい所なんてありました?」


 不可解な返答に、思わず眉を顰める。

 そんな俺の皺を見つけて、カイさんはクスクスと零し、


「うん。オレに気を使わせないようにって返してくれるから」

「そんなつもりじゃ」

「でも、そう取れる言葉を選んでくれるのは、ユウちゃんの優しさだよ。ありがとうね」

「……」


 周囲に花を撒き散らすような暖かい笑顔に、たまらず視線を落とした。


(くっそ、勝てねー……)


 こうした切り返しが自然と出来るのは、経験値の差なのだろうか。それとも勉強量の違いなのだろうか。

 いや、おそらく"彼女"は、他者の感情に敏感なのだと思う。

 ひざ上でひっそりと拳を握り、悔しさを逃がす。カイさんには、気づかれたくない。


 程なくして、カップと皿を乗せたお盆を手に、店員さんが向かってきた。


「ほい、お待たせしました。いちごパフェと、紅茶とコーヒー」

「ありがとうございます」


 目の前に置かれていく陶器を見つめていると、彼女は最後に俺に向き直り、


「それと、取り皿も。必要でしょ? これで全部かな」


 前回の『お願い』も、しっかり覚えていてくれたらしい。

 彼女はニッと爽やかに笑んで小皿を置くと、机上をざっと確認して、「ごゆっくり」と伝票を伏せた。


「ありがとうございます」会釈した俺に、

「いいえー!」と去って行く。


 俺の目の前には、ガラス製のパフェグラス。カットされた真っ赤ないちご達が、白いクリームと半円のアイスを鮮やかに飾っている。

 今回は専用のパフェスプーンが添えられているため、カトラリーを手渡しされる心配はない。スプーンの先端に巻かれた紙ナプキンを外しながら、綺麗に積み重なる層とにらめっこをして、今更な疑問に頭をひねる。


(……パフェって、どう分ければいいんだ?)

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