第三章 カワイイ俺のカワイイ再挑戦

第7話カワイイ俺のカワイイ再挑戦①

 人の話し声で程よくザワつく店内。平日の午後にしては、客入りは上々だ。

 俺が身に着けているのは、茶色いラインの入ったミントグリーンのメイド服に、フリルたっぷりの真っ白なエプロン。オトコの娘喫茶、『めろでぃ☆』の制服だ。

 出入り口から繋がるホール内のパントリーで、キッチンスタッフが受け渡し場に乗せた、焼きたてのパンケーキプレートをお盆に乗せる。


 昨今のパンケーキブームを知り『女性客にうけるのでは』と安易な考えで初めたメニューだったが、これが意外にも、男性客にも好評だった。今や上位五位圏内に入る、看板メニューになっている。

 実のところ、男性も甘味が好きなのだろう。"普通"の店では注文するのに、勇気がいるだけで。


(少し、生クリームの甘さ抑えてもいいかもな。あるいは、ソースの酸味を強くするか)


 烏龍茶とオレンジジュースをそれぞれグラスに注ぎ、お盆の上に乗せながら、このパンケーキの改良を思案する。比較対象として頭に浮かんでいるのは、先日"エスコート"をしてもらった、あの店の絶品ワッフルだ。

 もっと客を増やすには、サービスの向上だけでは駄目だろう。フードだって、美味しくなければ。


(……後で店長と要相談だな)


 意識を切り替え"ユウ"の顔をつくり、パントリーから踏み出す。

 狭まった通路を通り、向かうのは隣部屋の半個室席。六つ並ぶそこで、右列奥の一席だけが使用中である。近づき、声をかける前に、カーテンが開かれた。

 ひょこりと現れた顔は、よく知ったる相手だ。


「わーい、ありがとうございますー」

「勝手に開けて……。お客様だったらどうするんだ」

「やだなーユウちゃん先輩。おれが先輩の足音間違えるワケないじゃないですかー」

「……」


 時成は以前より、『"ユウ"マニア』だと宣言している。こいつの言動にいちいちツッコミを入れていたらキリがない。

 ささやかな抗議として双眸を細めて無言を貫いてみるが、時成は気にすることなく「イイにお~い」と俺のお盆からパンケーキプレートを奪っていった。

 気付いていて、あえて反応しないのだ。目を合わせてこないのが、何よりの証拠である。


 そんな自由奔放な時成の前で、ハラハラと視線を彷徨わせているのがお馴染みの俊哉だ。

 先日の手応えは電話で報告済みだが、時成が「おれも『カイさん攻略プロジェクト』の一員ですし、シフト終わった後ひとりでご飯食べるのも寂しいですし、俊さん暇してたら呼んでくださいー」と纏わりついてきたため、こうして妙な相席が出来上がったのである。


「ほら、烏龍茶」

「あ、ありがと」

「せんぱーい、オレンジくださいー」

「ハイハイ、どうぞ」

「もっとちゃんと給仕してくださいよー」


 パンケーキを切り分けながら頬を膨らませる時成を「うっさい」と一瞥して、俊哉へ、


「で? 話しは進んだのか?」

「うん、俺がユウちゃんから聞いた範囲は話したよ」


 小さく肩を竦めてみせるその反応は実に不本意だが、今回は仕方ないだろう。

 間違いなく、先日の対戦は『俺の負け』だった。

 時成は咀嚼しながら、


「でもー、ユウちゃん先輩の"猫かぶり"を一発で見破るなんて、カイさんも中々の目利きですねー」

「猫かぶり言うな。ま、でもこれでカイさんの技量が高いってコトはわかったし。睨んだ通り、いい"教材"になりそうだ」

「わーお、さすが先輩。コワイコワイー」


 口では"コワイ"と表現しつつも、愉しそうに口端を上げていては、説得力など皆無に等しい。

 まあ、俺に負けず劣らず思慮深い時成の事だから、事実この状況を楽しんでいるのだろう。そして現状、特に意見はないようだ。

 時成は俺よりもネットワークが広い。なにか不穏な噂を耳にすれば、"軌道修正"をしてくれる筈だ。


「で、次はいつなんですー?」


 オレンジジュースのグラスを手に、時成が小首を傾げる。


「このシフト後の枠が取れた。三十分だけどな」

「すごい順調じゃないですかー」

「バカ言え、前回から五日も経ってんだぞ。忘れられてたらどうすんだ」

「大丈夫じゃないですかー? 話を聞いてる限りだと、カイさん記憶力良さそうですしー」

「だとは思ってるんだけどな……」


 一応、印象付いてはいたようだし、確かにまだ一週間も経っていない。

 完全に忘れられている可能性は低いが、『お得意様』ではなく『オトモダチ』を狙う身をしては、やはり数で畳み掛けたい。

 とくにまだ初期の内は三日以内にでも、と踏んでいたのだが、なんせやはり人気がある。

 俺にもバイトがあるし、カイさんの休日や予約済みの日程を省くと、今回が一番の直近だったのだ。


(……むっずいなぁ)


 思った通りに進まない。

 何もかもが初めてで、どうにもやり辛い。


「とりあえず、今日は前回の"ご指摘"を踏まえてやってみるつもりだから。報告はまた後でな」

「了解ですー」


 客として滞在している時成と俊哉はいいが、勤務中の俺はいつまでもココで油を売っている訳にはいかない。

 目についた机上のゴミを掴んで、カーテンへと手をかけた。と、


「ユウちゃん」


 不意に響いた弱気な声。俊哉だ。相変わらずデカイ図体して気弱なのは、なんとかならないのか。


「……なんだよ」

「……無理、しないでね」

「……しねーよ」


 下がる眉に「しょうがねぇな」と苦笑を零して、黙って見守る時成に一度だけ視線を送る。

 後は、よろしくな。

 時成が視線で頷いたのを確認して、カーテンをくぐた。振り返る事なく部屋を出て、ホールからも死角になる通路でこっそりと立ち止まる。

 焦りは禁物だ。たとえ、心配症な"親友"を早く安心させたくとも。


(俊哉には、暫くは耐えて貰うしかないな)


 そして俺も。目的の達成までは、あの大型犬らしかぬチワワな目に抗い続けなければ。

 小さく息を吐き出してから、よし、と口角を上げてホールへと踏み込む。

 お客様方には、"俺自身"の戸惑いなど関係ない。お金を払って、この空間を楽しみに来てくださっているのだ。

 一人一人の好意には応えられなくとも、出来るだけ真摯でありたい。

 そう思った刹那、脳裏を過ったのは、遠くを見つめるカイさんの姿。


(……カイさんは)


「お、ユウちゃーん! 会計いいかい?」

「っ、はい! お伺いしまーす」


 手を振って名を呼ぶ常連さんに思考を切り、笑顔を浮かべながら"ワザと"小走りでレジへ向かう。


「いつもありがとうございます」

「いやー、それはコッチのセリフだよ!」

「え?」


 その人はニコニコと晴れやかな笑顔を浮かべ、


「今日はちょっと落ち込むコトがあってな。でもココに来て、ユウちゃんの笑顔見たら元気でたわ!」

「っ」


 いつも通りピッタリの金額をトレーに乗せると、その人は扉へ向かい、


「ごちそうさん! また来るな!」

「はい! またのご帰宅をお待ちしています」


 レジを回って出入り口前で頭を下げる俺に、その人は軽く手を上げ去って行った。


 例えば。

 俺達みたいな世間一般の常識と『異なる存在』は、一部の人間からしたら嫌悪の対象で。それでもこうして"動く"ことで、小さな"何か"を受け取ってくれる人がいる。

 そして俺は。あくまでも"俺は"だが、こうして『返されるモノ』で、拭いきれない"劣等感"を癒やしているのだと思う。


(……カイさんは。あの人は、どうして)


 "カイ"と呼ばれるその奥に潜む"彼女"は、一体、何を思いながら"装って"いるのだろうか。


「ユウ先輩、そろそろ上がりですよ」

「あ、ありがと。奥に俊哉とあいらがいるから、よろしくな」

「はい、お疲れ様でした」


 ペコリと低頭した後輩に見送られ、パントリーからキッチンへ「あがります」と声をかけて控室へと向かった。

 更衣室兼荷物置場にもなっているココは、関係者以外立ち入り禁止だ。中には気にする子もいるからとカーテンで仕切られた更衣スペースも存在するが、俺は使った試しがない。


 一人だけの空間に薄く息を吐き出し、気を緩めながら首を回す。背中でくくったリボンを解いてエプロンを外し、ワンピースタイプのメイド服を脱ぎ捨てた。

 壁にかかる丸時計を見遣る。


(……少し急がないとだな)


 指し示す時刻は、予約している時刻の三十分前だ。

 店から『Good Knight』までは十分少々という所だが、入店時に行う会計を考慮すると、早めに着いておきたい。


 ニーハイソックスとティーシャツも脱ぎ捨て、下着一枚の姿になる。鞄から取り出した制汗シートを取り出し、全身を拭いた。念のため両脇と背中には香料つきのスプレーも振り、元々着用してきた衣服を身につけていく。

 前回はフリルを効かせた可愛い系の服装だったので、今回はレースがポイント使いされたワンピースとカーディガンで清楚系に纏めてみた。


 髪にブラシを通し、毛先に少量のワックスを揉み込んでから、フローラルな香りがほのかに漂うヘアミストを頭上からひと吹き。

 仕事終わりの疲労感を悟られないよう、メイク直しはミストボトルの化粧水をたっぷり肌に浴びせてから、細部まで手早く丁寧に確認する。

 最後にローヒールの靴を履いて、荷物を詰め込んだら完了だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る